自民で改選過半数、改憲勢力も議席数の3分の2を維持する結果に終わった参院選。各陣営が街頭やネット上で政策をアピールする熱い選挙戦が展開された一方で、投票率は低調で国民の関心が高いとはいえないのが実情です。また、安倍元首相が演説中に銃撃されるという、選挙活動のあり方を問われる事件も発生しました。日本の選挙について、現状どのような問題があるのか、海外の事例で参考にできることはあるのか、ベルリン在住経験があり千葉工業大学変革センター研究員を務める武邑光裕氏にインタビューしました。
選挙ドットコム編集部(以下、編集部):
安倍元首相が銃撃されるという痛ましい事件がありました。平和な日本で起こったということに衝撃が広がっています。
武邑光裕氏(以下、武邑氏):
ベルリンに7年住んでいた経験からすると、選挙期間中に元首相が候補者の応援に駆けつけ、有権者に近い距離で語りかけるというのはとても日本的といえます。ヨーロッパではまずありません。
ヨーロッパで街頭演説が全くないわけではなく、マーケットや教会などで行われることも多少はあります。しかし、街のいたるところにポスターが貼られたり、選挙カーが大きな音を出して街中を走ったり、日本のような選挙活動はヨーロッパでは考えられません。
安全神話のある日本で起きた事件なので衝撃が走ったと思いますが、ヨーロッパではテロを防ぐ意味でも有権者と対面で語り合うようなことはしません。日本も選挙活動のやり方を根本的に見直す時期にきているのではないでしょうか。
編集部:
日本ではおなじみの街頭演説などは、ヨーロッパではほとんど見かけないということですね。
武邑氏:
選挙期間なのにすごく静かだと、ベルリンに住み始めたときに感じました。なぜだろうと思って調べてみると、投票支援ツールのような、日本とは違う手段によって政治と市民をつなぐ関係構築ができていることがわかりました。
編集部:
投票支援ツールとして「ボートマッチ(※)」がヨーロッパで普及していると聞きました。ドイツにも「ヴァールオーマット」と呼ばれるボートマッチがあり、国政選挙だけでなく州議会選挙でも使われているようですね。
※ボートマッチ
いくつかの政策に関する設問にユーザーが「賛成」「中立」「反対」から選んで回答していき、最終的に自身がどの政党の考え方に近いのかを参考にできるツール。オランダが発祥。
武邑氏:
ドイツでは地方分権が確立されており、1つの州が1つの国のような機能を持っています。政策や予算などについて大きな自治権が制度的に認められているので、地方選挙といえども国政選挙のような意味合いを持っていると言っても過言ではありません。
編集部:
ヴァールオーマットは「連邦政治教育センター」が実施しているようですが、ドイツではボートマッチに国が関わっているということでしょうか。
武邑氏:
その通りで、国とソフトウェア開発会社が連携してボートマッチのシステムを作っています。設問は大学生のボランティアが考えています。
武邑氏:
ボートマッチはもともと、1985年にオランダ・アムステルダムの「公共政治問題研究所」が、オランダの政治教育の一環として作ったものです。最初は紙で作られたものがフロッピーディスクになり、1998年以降にインターネットで公開されるようになりました。
オランダの人口は2022年現在で約1750万人ですが、2017年の2度の選挙でボートマッチを約700万人が利用していたといわれ、人口比からしても突出した数字だといえます。
オランダで現在最も成功している投票アドバイスアプリケーション(VAA、ボートマッチで使用するアプリ)は、他のヨーロッパ各国におけるボートマッチのプロジェクトで展開されているほか、アジアやアフリカでも展開されている例があります。
編集部:
日本では弊社(選挙ドットコム)の投票マッチングなど、メディアがボートマッチのサービスを提供しました。ヨーロッパではメディアがボートマッチにどう関わっていますか。
武邑氏:
ドイツのボートマッチは、有名なニュースキャスターが番組で紹介したことで、多くの市民が関心を持つようになりました。また、公共放送など既存のメディアで頻繁に紹介されることもあります。
ただ、政策を分析して設問を考えるのは大学生のボランティアの役目であるので、設問の考案に企業やメディアが関わるということはありません。
編集部:
ボートマッチに対して「特定の政党にマッチしやすいように作られていないか」という懸念を持つ人もいると思います。ドイツではそういう懸念は持たれていないですか。
武邑氏:
まず前提として、ドイツでは個人が政治的な意見を言うことが尊重されています。また、市民を前提とした政党政治、政治的表明、マニフェストが非常に成熟している社会です。一方で、設問を考えるのは社会的な経済構造に属していない大学生のボランティアなので、中立性が担保されています。
政党や候補者の政治的な声明が非常に重要な指標になるのがドイツの選挙です。教育・健康・社会・防衛・気候変動対策など、喫緊の大きなトピックについて政党がどう考えているかマニフェストを市民に提示します。市民はボートマッチによって、「賛成」「中立」「反対」というわかりやすい3つの選択肢から選ぶことで、各政党と自分の意見が一致しているかどうかを判断できるという仕組みが広まっています。
事前に政治的な操作がなされるのではないかという懸念については、そのような訴訟もいくつかありましたが、市民がボートマッチを支持し問題を乗り越えてきたという歴史があります。
編集部:
日本のボートマッチの問題点はありますか。
武邑氏:
詳しく使ったことはありませんが、まだ利用率が低いということを考えると、ドイツやオランダの成功事例を深く分析するべきだと思います。
また、日本のアプリやツール全般にいえることですが、ユーザーインターフェースやユーザーエクスペリエンスが練られていないように思います。見栄えをよくすることだけがユーザーインターフェースではなく、シンプルに使い勝手をよくするというインターフェースデザインが弱いため、使ってみたいという気持ちにならないのではないでしょうか。
編集部:
日本人の政治に対する意識は、ドイツと比べて違いますか。
武邑氏:
かなり違うと思います。まず日本では個人主義が確立されておらず、同調的な社会です。多様性や異質性があるわけではなく、同じ民族・文化・言語であることから生じる同調圧力や同質性社会によって、個人主義が短絡的なものであると考えられてしまいます。利己的で協調性に欠ける人のことを個人主義と呼んでしまうような国のあり方が、障壁となっているように感じます。
ヨーロッパの場合、個人主義は長い歴史をかけて市民が勝ち取ってきた権利です。まず利己的に自分自身を発見し、その後に自分が社会にどう貢献できるかという利他性を見つけ出していくというのが個人主義です。日本の場合、まず利己的であることだけを見つけられ、否定されてしまいます。利己的であるということを排除されてしまうと、個人というものは全体主義に向かう以外なくなってしまいます。同調社会であるということに加え、ポピュリズムを含め全体主義に向かいやすいということが日本の危険性だと考えます。
同質性社会である日本の選挙では、情緒とか情感に訴えがちになり、「あの人は良さそうだ」「あの人は親切だ」というように政策抜きで展開されている感覚があります。ヨーロッパではまず政策が非常に重視され、その上で人柄が一つの判断基準になることもあるのでしょうが、日本は同質性社会であるがゆえに情緒や情感に左右されやすいということが、今の選挙のあり方を作り上げている気がします。
政党にしても候補者にしても政策が一番にあるべきです。自分の考えを知ること、政党や候補者の考えに自分は賛成なのか反対なのかを知ることがボートマッチの重要な役回りとなります。ヨーロッパではボートマッチが浸透してきたことによって、政党や候補者が政策をより真摯に考えるようになってきました。市民のための政治を考え、それに市民が応えていくという良い循環が生まれています。
編集部:
日本の選挙の問題点や、今後どうあるべきかという意見はありますか。
武邑氏:
よく「愚民政治」と言われますが、有権者は何もわからないというわけではありません。いまの選挙のやり方は、大衆という幻想を一つの基軸にして作っているシステムといえます。高度な意識を持った人が離れてしまい、政党が(ある意味で底辺とする)大衆として設定した人々にすり寄っていくという、ある種の愚民政治やポピュリズムが日本の政治の姿のように思えます。
個人主義というものを持っていない人たちをターゲットにしており、ヨーロッパ的な個人主義の考えを持った人は離れていってしまいます。選別されたターゲットの有権者層に対して街頭演説や選挙遊説をしているようなもので、そのための移動も全国をまわりすごくお金をかけています。そうやって成立している選挙制度のあり方が、(安倍元首相の銃撃もあり)問われている状況だと感じています。
また、政党の政策そのものが市民と直結していません。政見放送をやったり、マニフェストを公開したりしているとは思いますが、目にする人がどれだけいるでしょうか。結果として有権者に届いていないのが現状です。政策を市民にどう届けるかという一つの手段として、ボートマッチの普及も考えていくべきです。
編集部:
日本でボートマッチが普及するためには何が必要でしょうか。
武邑氏:
ボートマッチのほかに日本で有効と思われる仕組みがあるかというと、今のところ代替案はないと思います。いかに広めていくかについては、ドイツでは有名なニュースキャスターがボートマッチの有効性をプレゼンするなどの努力があって市民に浸透してきたという歴史があります。ボートマッチは国を挙げて仕組みを考えていく必要があり、いち新聞社やいち企業が行うだけでは成功することは難しいでしょう。
ドイツのような、官民が連携してボートマッチの精度を上げる、大学生が設問を考えるという成功事例がヨーロッパ中に広まっているので、それらを参照すべき事例として考えていくといいと思います。
メディア美学者・「武邑塾」塾長、千葉工業大学変革センター研究員。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりカウンターカルチャーやメディア論を講じ、VRからインターネットの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。2017年、Center for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。著書に『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)、新著に『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)がある。2015年より7年間ベルリンに在住した。
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