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安倍首相の在任中の振り返りと、次期首相に期待する事(国際政治学者・三浦瑠麗)

2020/9/17

三浦 瑠麗

三浦 瑠麗

2019年のG7でイギリスジョンソン首相と会談した安倍首相(右)=首相官邸Facebookより

左右の分断は野党を弱体化させた

安倍晋三政権の7年8か月余りは、日本が分極化した時代として語られています。多くのメディアは安倍政権による分断を指摘します。私も大枠ではその分析に同意するものの、ニュアンスにおいては多少異なる実感を持っています。現在の日本政治における党派性は小選挙区制度の導入によって必然的に生じたものであり、そこへ2009年選挙で下野したことによる自民党の変質が加わったもの。分極化した日本社会という言い方だけでは、正しく含意を伝えきれていません。世論調査で見えてきた、7割以上の人が安倍政権の成果を評価しているという事実との間に乖離が存在するからです。

分極化したのは、人口のごくわずかを占める政治的にアクティブな左派と右派にすぎません。左右の分断が進んだ結果として、政権支持者による強烈な左派バッシングが起きるとともに、反政権感情に基づく激しいバッシングも起きました。それらに嫌気がさした有権者はますます政治の話題から遠ざかっていきます。しかし世論調査を見る限り、日本の有権者の多数は安倍政権の政策の方向性を是とした。まさにそれゆえに、自民党は選挙で繰り返し勝利を重ね、長期安定政権が可能になったのです。

政権に反対する言論がかえって中間層の人びとを遠ざけたのは、そうした世論調査が出た時に、安倍政権を評価する人びとを「知性がない」「忘れっぽい」「見たいものしか見ない」人びと、という見下した目線でしか語らなかったからです。識者は自民党政権に対して苦言を呈しはしますが、たいていはそれがすなわち野党評価にはつながらないという本質を手厳しく指摘したりしません。それゆえ、野党への支持が集まらない理由はそのたびに「主張がきちんと伝わらないから」と総括されてきた。これは大きな間違いです。

右派からの攻撃を除けば、野党はいわば「大目に見られ」てきたのです。すでに弱い野党をバッシングすることは弱い者いじめにしか映らないためです。議席数を大幅に減らしてしまっても、最大野党としての注目は得られる。その結果、野党は縮小均衡状態に十分な危機感を抱かず、また周囲から適切な助言を与えられなくなるという、自らの成長を阻むマイナスのスパイラルに入ります。バッシングされるリスクをわざわざ負ってまで野党に苦言を呈することは、徒労でしかないからです。

自民党や安倍政権が評価された最大の理由は、外交安保や経済成長における目標設定が有権者の多数とずれていなかったことでした。もしも、野党が外交安保政策や経済成長において有権者の大半の価値観と合ったところに目標を立て、民主党政権時代の負のイメージを払しょくするような活動を見せていればまた物事は違ったことでしょう。

 

安倍政権のレガシー

安倍政権の政策的なレガシーは、内政においては第一に、雇用や企業収益の改善と、株価の上昇をもたらした成長志向の政策をとったこと。第二に、「女性の問題」を「経済の問題」へと変えることで保守的な日本社会に男女共同参画を受け入れさせた政策に象徴されるように、社会的課題に取り組んだことです。外国人労働者の受け入れ拡大や、幼児教育の無償化など保守政権が支持基盤の説得に困難を抱えるはずの政策領域がこれにあたります。第三に、消費税増税を通じて高齢者にいくばくかでも税を負担してもらったこと。少子高齢化社会においては現役世代が高齢世代を支えるだけでなく、余裕のある高齢世代にある程度の負担を求めざるを得ないからです。また、経済へのダメージはさておき、消費増税を通すと政権がつぶれてしまうというジンクスを二回にわたって乗り越えたことも、安倍政権ならではの実績と言えるでしょう。抜本的改革が行われず、消費税増税が先行するという意味で税制改革はまだまだ不十分ですが、方向性としては正しかったということです。

外交面においてはTPPに結実する多国間協調を主導し、安保においては集団的自衛権の部分行使を容認しました。韓国との慰安婦合意は対外的な問題解決にはつながりませんでしたが、日本国内における見解の収斂をみました。戦後70年談話においても、最保守の政権がリベラルに歩み寄る形で国内合意を果たしました。後世からは、日米首脳外交を進め、広島と真珠湾の相互訪問を経て日米歴史和解を完成する最後のピースをはめた政権であると評価されることでしょう。

安倍政権にはマイナス面も存在します。安倍内閣では閣僚が十分に手柄を立てられず、後継者も育ちませんでした。総裁選で菅さんが圧倒的な支持を集めたのは、党の主流派が安倍路線の継承を望んだからです。競争の不足は結果的に党を弱くすることにつながります。政策面では、官邸主導によって一部の施策が高い推進力を得ましたが、同時に安倍政権下では官僚機構が委縮し、時に思考停止に陥る状況を生み出しました。情報公開の不足、透明性の欠如が指摘されることの多い安倍政権ですが、その最大の理由は官僚機構の変質にあると言えます。

トップダウンにはトップダウンの弊害というものがあります。官僚を使いこなすことで知られる菅さんですが、もし菅政権が不安定化するのだとすれば、それは官邸主導の政策で大きな失敗が起き、その際の危機管理的な対応を誤った場合ではないかと予想します。

安倍政権の経済政策における最大の問題点は、三本目の矢として打ち出した成長戦略とそのための構造改革において踏み込み不足が目立ったことです。保守の支持基盤に配慮した政権運営が行われた結果、生産性の向上を目指し、既得権にメスを入れて競争を促すための改革は先送りされました。外交安保の分野においては憲法改正を打ち出しながら果たせず、同じ程度の熱量でもって憲法改正を推進する同志を増やすことはできませんでした。これも、長期安定政権を優先した結果です。

菅政権人事

さて、いよいよ菅義偉氏が自民党新総裁、新総理に選出され、次期政権を担うことになりました。菅さんの勝利は、早期に有力派閥の支持を得たことで決定的となりました。党と内閣の人事は、その力学に配慮したもので、幹事長の二階俊博氏、国対委員長の森山裕氏、財務相兼副総理の麻生太郎氏はいずれも現ポストに留任しています。

顔ぶれを見ると、下村政調会長をはじめ最大派閥の細田派、つまり安倍前総理に配慮した布陣ではありますが、それ以外の菅カラーにおいては非イデオロギー的で実務家を重用する人事であることが分かります。派閥を超えて安倍政権や菅さんに近づいた能吏タイプの人が多く重用されています。菅氏に近い梶山経産相は官房長官候補としても取りざたされましたが留任となりました。政策の推進にあたり重要な押さえとなるポストを引き続き腹心に任せるということでしょう。河野太郎氏を防衛相から横滑りで行革担当相にしたのも、適材適所で人を見る目があると考えるべきでしょう。

官房長官には、竹下派所属ながらも安倍前総理と近しく、一貫して重用されてきた文句なしの能吏である加藤勝信氏が厚労相から抜擢されました。今後の展開によっては、ポスト菅レースにおいてより大きな存在となるかもしれません。空いた厚労相ポストには田村憲久氏が再登板することになりましたが、これは菅さんが改革志向の田村氏の意気を買っている事実を示すとともに、石破派を草刈り場とする彼の意図が透けて見えることも確かです。

 河野太郎氏を行革担当相にし、小泉進次郎環境相を留任させた人事は、次世代の修業がまだまだ足りないことを認知しながらも、彼ら若いエースを育てようとする菅新総理の意図が窺えます。菅氏はこれまで総理タイプとはみなされず、一貫してキングメーカーとして活躍してきました。だからこそ、この二人に関して政策面あるいは政治を読む力の面で多少同意できない点があったとしても、自身にはないカリスマを高く評価する菅さんの傾向が見て取れます。

 

菅政権の最優先課題は経済復興

菅政権誕生の原動力は、コロナ禍の最中に再発した安倍さんの健康問題によって沸き起こった安倍路線の継続を望む声です。したがって、アベノミクスのマクロ的側面は変わらないでしょうし、外交では日米同盟基軸という常識的なアプローチをとるはずです。とはいえ、安倍さんを失ったことによる外交上のダメージは大きいでしょう。

国内の最優先課題はコロナ対策であり、安倍さんが辞任表明会見で強調したように、経済と感染対策の両立を図ることです。もっと言えば、経済復興に全力を挙げつつ、いまだ不安が去らない世論への対応を間違えないこと、でしょうか。この路線を敷くにあたっては菅さん自身が官房長官として主導的役割を果たしたため、菅さん自身の思いとも重なります。新政権では、過剰とも言える感染症対策を緩和することが期待されます。これから冬にかけて、インフルエンザとコロナの感染が重なることも懸念されます。その時期に備えてコロナ医療の体制を拡充し、患者を適正配分する必要があります。

緊急事態宣言下で見えてきたことは、公選されている地方自治体の首長がゼロリスクを求める世論を気にするため、適切な判断を下せないということでした。であるのならば、中央主導でそれぞれの地方に最大限の努力を引き出さないといけません。具体的には、軽症者や無症状の方には自宅待機を原則とすべきでしょう。もっとも、世間がそろそろコロナ報道に飽きてきたとはいえコロナに関する恐怖がしっかりと根付いてしまっていることも確かです。いかにして世論の反発を押さえつつ、正しく方針転換を果たすかに新総理の手腕が期待されます。

同様に重要なのは、追加の経済対策を練り上げて短期間で効率的に実行すること。コロナ対策は、直接的な自粛・休業要請といった制約のみならず、経済のマインドを相当に押し下げてしまいました。流れを変えるためには、国民のマインドにも影響を及ぼしうる対策を短期間に練り上げ、実行までもっていかなければいけません。さんざん批判されたGO TO トラベルキャンペーンは、その政策目的を着実に果たしつつあります。ホテルや旅館などに薄く広く直接おカネを配るような焼け石に水の対応ではなく、消費者の選択によって補助金を生産性の高い企業に配分し、同時に消費者の財布を緩ませて倍加する市場効果を生み出すというのがその目的でした。生産性は高いが零細規模にとどまる業者が割を食っているという批判も当然ながら生じましたが、急ごしらえ故に突っ込みどころ満載の政策をボコボコに叩かれながらもひとまずやり切るというのは、政権が持たなければいけない能力のひとつです。

また、医療を提供する側の病院の経営が傷んでしまっていることも見逃せません。医療体制の充実と言っても、コロナ診療に直結しない医療業界そのものへの支援抜きには絵に描いた餅になる可能性が高いということです。そして、医療に資源を傾斜配分するとすれば、国民負担の観点からも改革抜きに進めることはできません。

9月16日に誕生した菅内閣(首相官邸Facebookより)

天下国家論の不足

菅氏の特徴は、天下国家論よりも、具体的にどの政策がおかしいか、どの政策を動かすと波及効果が高いか、というあたりに重点を置いていることです。ふるさと納税、インバウンド強化、ダム行政の縦割り排除は、いずれも日本全体の行く末を表すような政策ではありません。そこに物足りなさは感じますが、安倍政権を継承するといいつつも、当初から「戦後レジームからの脱却」や「アベノミクス」などの明確なビジョンによらない態度を示しているのが菅政権の大きな特徴でしょう。

それがゆえに、今まで必然性なくメスを入れられてこなかった具体的な改革が進む効果は当然あるでしょう。妊娠出産・不妊治療への保険適用や待機児童問題の解消などがそれにあたります。子宮頸がんのワクチンの義務化も合理的に進めるべき政策にあたります。日本に存在する「おかしいこと」を見つけ、果断に実行するという菅政権の良い部分が出ることを期待します。

一方で、菅さんが掲げた公約には中途半端な努力では実現できないものが揃っています。看板政策として掲げられたデジタル庁の創設がその代表格でしょう。行政組織をいじらなくてもできることはあるというのも事実ですが、コロナ禍をきっかけとして大きく物事を変えることができる可能性があります。しかし、検察庁法改正に批判が集まったことでいったん引っ込められた菅官房長官(当時)主導の国家公務員法等の改正案が不十分なものだったように、生煮えの改革に陥る危険も十分あります。これらの公約は菅政権が短期のリリーフではなく本格政権とならない限り、いずれも中途半端なものとして終わってしまうでしょう。

構造改革への期待

総裁選の中で消費税が話題となったとき、菅さんは(のちに今後10年は必要ないと立場を後退させつつも)将来の増税の必要性から逃げることはありませんでした。コロナ禍で多くの企業が倒産危機に直面し、経済恐慌に陥らんとしているときに、消費税を上げたり公約にあった最低賃金を上げたりするのはやめておくべきですが、長期的に見れば課題設定は適切です。日本の財政の状態と世代間の不公正を見れば、抜本的な税制改革を期待したいところです。不人気を承知でそれを言うあたりに、自民党、仕事師としての良い部分が出ていたと思います。

安倍政権の経済政策の最大の欠点は、ミクロ・プレイヤーの生産性を継続的に上げていくための構造改革への踏み込みが不十分であった点ですが、それは歴代最長政権を維持するために「保守が割れる論点」を徹底して避けたからでした。菅氏自身は上げ潮派の重要プレイヤーとして総務大臣となり実績を積んできました。総裁選でも、「行革」「規制緩和」「既得権と戦う」などの構造改革路線のキーワードを多く発しています。携帯電話料金の値下げや、マスコミが利用する電波のオークションなどの具体的な議論も出ていますし、コロナ禍の下で緊急的に認められたオンライン診療等の果実が失われることのないように布石を打っているようです。

規制改革の分野において、個別の玉は出揃っています。新政権はそれに大きなストーリーを与えて、国民世論を喚起する必要があります。おそらく重要な視点は3つでしょう。第一はデジタル化、第二はグリーン化、第三は日本企業の体質改善。デジタル化は様々な改革の端緒となり得ます。コロナからの回復をグリーン・リカバリーとするというのは欧米先進国や中国が重視している点でもあり、世界的な潮流です。

最終的な目標は、日本企業の体質改善をすることであり、それは一言でいうと経済の新陳代謝をよくすることです。そこを避けては、日本の生産性は上がっていかないし、人口減少社会においては生産性が上がらなければ成長はないからです。企業の合従連携をやりやすくし、コロナ禍明けには中小企業支援の発想を見直し、人材を流動化しやすくする。

山猫総研の行っている「日本人価値観調査」をはじめとする意識調査からは、中道の有権者の多くは改革マインドが高いことが分かっています。この分野で実績を積み上げ、「頑張っている」という印象を与えられるかどうかが、緊急登板の1年をめどとした政権なのか、それ以上を見据えた本格政権なのかの運命を分けることになるでしょう。

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三浦 瑠麗

三浦 瑠麗

国際政治学者 ・ 山猫総合研究所 代表。 1980年10月神奈川県茅ケ崎市生まれ。 内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。 東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了、東京大学農学部卒業。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て2019年より現職。

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