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コロナの影響は女性と若者を通して日本の将来を左右する【三浦 瑠麗】

2020/6/10

三浦 瑠麗

三浦 瑠麗

緊急事態宣言が解除されて街に人が戻ってきました。日本は独自のやり方で行動制限や休業要請に罰則規定を設けずに、他のアジア各国並みに死者数を抑えました。日本は「運がよかった」と表現する専門家も少なくありませんが、その意味内容がはっきりしないにせよ、クラスター班の粘り強い手法、医療現場のプロフェッショナリズムと、私権をなるべく制限しない日本のあり方は正当に評価されてしかるべきでしょう。

にもかかわらず、被害が大きかった欧米のメディアの日本に対する評価はややもすると「奇妙な国」というトーンになりがちです。

欧米メディアは基本的に透明性を評価します。仮に間違っていたとしても、仮に副作用があったとしても、透明性がある方が評価を得やすいということです。つまり、日本に対する偏見を差し引いたとしても、政治文化の違いが日本に対する低い評価を生んでいるのでしょう。国内では、政府の情報開示やそのスピードに限らず、リスク・コミュニケーションそのものがうまくないという指摘も存在します。

そこで、本日はあらためて日本の利点と言うべきものが何であったのかを、今後の日本社会のレジリエンスと国際競争力まで含めて考えたいと思います。

 

日本のアドバンテージは 社会が崩壊しにくいこと

まさに不思議なほど、日本をはじめアジア諸国の死者数が少ないことの原因解明は研究結果を待つこととして、日本のコロナ対応における長所やアドバンテージは、社会そのものが崩壊しにくい構造にあることだったと思います。米国のブラック・ライブス・マター(BLM)デモに便乗して暴徒化した人々の破壊行為を見ても、つくづく日本社会の安定性を感じるところです。

もともと治安が良く、社会の信頼度がそれなりに高い結果として、罰則がなくともルールが守られる。業界内に規律が作られやすく、企業文化として雇用維持に責任を持とうとする。生活に必要な経済的コストが低い。最低限の社会保障の仕組みを整えており、医療へのアクセスが容易である。これらはよく指摘される点です。ただし、社会が崩壊しにくいのは脆いところが一部に集中し、その脆さを引き受ける担い手がそれなりにいるからということでもあります。

例えば、日本社会には多数の引きこもりの人がいると指摘されています。もちろん、重度の鬱などの精神的障害があり、働くこともままならなければ障害者年金を受給できる仕組みもありますが、大方の引きこもりの人びとは家庭によって養われています。個人社会を前提とすれば働けない人々はすぐに貧困層に転落するのに比べて、日本では広範なバッファが存在しているということです。社会のレジリエンスは、ときに損害を見えにくくする効果があります。

その結果として生じるふたつのマイナス点を挙げましょう。ひとつは、長期的な成長や豊かさを損なう政治決断のコストが見えにくいこと。もうひとつは、既に存在する社会の不平等が見えにくい結果として、格差の拡大が放置されがちだということです。以下では、失業や経済再開をめぐる各国の対応の差が、コロナ禍からの経済復興をどのように左右するのかについて見て行きたいと思います。

 

失業率の内実と経済復興のスピード

日本の企業文化に加えて、雇用調整助成金や持続化給付金をはじめとした経済政策がかなりの雇用を救ったことは確かです。しかし、一度傷んでしまった企業のバランスシートはすぐに元には戻りません。誤解されがちですが、人為的なロックダウンや強度の自粛策の効果はあとあとにまで尾を引くものです。2、3カ月のあいだ活動を休んで再開したのだから大丈夫、というように単純に理解してはならないのです。多くのエコノミストがすでに指摘しているように、需要はV字回復しません。新型コロナウイルス自体が消え去ることは期待できないのですから当たり前です。一部では、2021年末にはコロナ禍前のGDPの水準を回復するという観測も存在しますが、長引くコロナ不況のあとに本格的な不況がやってこない保証はどこにもない

また、完全失業率は経済政策が成功しているかどうかをはかる一つの重要な指標ですが、国によって企業活動や雇用をめぐる法や慣習は異なります。一概に完全失業率の指標だけで経済復興政策の当否を論じるのは危険です。

例えば、厳格なロックダウンを行ったユーロ圏では各国の雇用維持政策が奏功して完全失業率の上昇が比較的抑えられていますが(4月時点で前月から0.2ポイント悪化して7.3%)、経済的損失は非常に大きい。欧州中央銀行が発表した最も厳しいシナリオでは、2020年のユーロ圏の実質GDPは―12%と予測されています(感染の今後の状況に応じて-5%、-8%、-12%の三つの予測)。

対して、失業率で歴史的な高水準を叩き出してしまった米国は(4月の完全失業率は14.7%)、早期経済再開路線でV字回復を見込み、2020年の実質GDP成長率は-5%台ではないかと予測されています。欧州中央銀行のシナリオでは、大きな第二波が来た場合に再びロックダウンを想定しているため、-12%を見込んでいるわけですが、米国の現在の政治的雰囲気を考えると、第二波が来たとしても4月並みに経済活動を抑制するとは考えにくいのです。

解雇を許容して失業手当の加算で手当てするのか、それとも正規雇用の労働者を非正規化したり短時間雇用に切り替え、また政府による給与の肩代わりを通じて完全失業率を抑えるのかは、各国によってまるで方針が異なります。米国はそもそも企業が自由に解雇できる国です。政府が失業手当を大幅にかさ上げしたため、場合によっては失業した方が収入は上がったというケースもあるほどです。

日本はと言うと、4月の完全失業率は2.6%と各国に較べて圧倒的に低い。年内に4%台になるのではと言われていますが、リーマンショック期を超えた経済停滞に突入すると、さらに数ポイント上がる可能性も指摘されています。ところが、完全失業率自体は低くとも、今後、経済のV字回復を見込む意見は国内でも少数派です。秋から冬にかけて第二波が来ないと仮定した最も楽観的な想定でさえ、2020年の実質GDPは-5.7%成長という予測が出ています。第二波が来ると想定すれば、日本も欧州の悲観的予測並みのマイナス成長をたたき出してしまうという点においては変わりないのです。

さらに、完全失業率だけを見ていると見誤ることがあります。就業者自体の人数が減少している場合があるからです。最悪の健康被害を被ったイタリアでは失業率が大幅に減少していますが、それは3~4月の2か月間で、労働人口の約5%にあたる116.5万人もの人が労働市場から退出してしまったためです(高山武士「ユーロ圏失業率(2020年4月)—イタリアで失業率が大幅低下?」ニッセイ基礎研究所レポート)。日本でも、景気の調整弁に使われた非正規雇用の労働者数が大幅に減少しているほか、把握されない隠れ失業の存在が指摘されています。総務省の統計によれば4月の完全失業者数は178万人(季節調整値)と前月から6万人の増加にとどまっていますが、その裏で107万人(季節調整値)もの就業者が減少しています。解雇された非正規雇用の労働者が家庭内の非労働力人口に吸収され、静かに労働市場から姿を消してしまう。すでに113万人の人が職を失ったと考えるべきなのです。

 

女性のエンパワメントの逆行

ここまでは、日本が感染者や新型コロナウイルスそのものによる死者を限定でき、表の完全失業率を抑えたにもかかわらず、経済的損失はウイルスによる打撃がひどかった欧州とさほど変わらないだろうということについて振り返ってきました。では、未曽有の経済的損失が日本社会特有の「安定」に及ぼす影響はいかなるものでしょうか。

家庭がある程度、非正規雇用労働者の失業を吸収できることは社会の安定を支えます。一方で、いくつかの根本的な問題が見過ごされてしまう可能性があります。まず、第一に労働者人口の4割を占める非正規雇用の人びとのうち、7割は女性であるということです。女性全体の可処分所得が大幅に低下する結果として、エンパワメントの逆行現象が起こってしまうのです。女性の社会進出や所得の改善が進んでいたところ、ふたたび逆行現象が起こると女性の地位向上の風潮そのものが停滞する可能性があります。

女性の地位を向上するうえでもっとも効果を上げるのは経済的な自立であり、対等な購買力を獲得することです。女性問題になじみのない人は個人的な感覚から物事を捉えがちですが、日本の女性はいまだに家庭内の家事育児の8割程度を担っており、共働きでも例外ではありません。また、家庭内の意思決定においてはだいぶ平等性が増してきたものの、車や耐久消費財等の大物の消費については相変わらず男性の決定力の方が強いことが調査で分かっています(国立社会保障・人口問題研究所2018年全国家庭動向調査)。

女性がいまだに家庭内の家事育児の8割を担っているということは、コロナ禍に際して女性の賃金が最も減らされただけでなく、女性の生産性がもっとも損なわれたということを示唆します。実際、休校要請が下されたあたりから、女性は優先的に家庭に籠らざるを得なくなりました。実は、世界的に見て、コロナ禍の期間中、女性の研究者だけ投稿論文の数が大幅に減った報告されています。ホワイトカラーの男性はリモートワークや合理化で雑務が減って自由にできる時間が増えたが、同じホワイトカラーでも女性は自由時間が減ったということを示しているでしょう。

輪をかけて深刻なのが、衝撃を吸収するバッファがないひとり親家庭です。ひとり親家庭は仕事と育児の掛け持ちが難しく、収入が限られ不安定な雇用形態にある人が少なくありません。そんなひとり親を直撃したのが、コロナ禍の休業要請であり休校要請でした。

このように女性の労働力や収入が影響を受ければ、将来的な経済成長にも支障が生じます。アベノミクスの一部に位置付けられたウーマノミクスは、女性のエンパワメントと経済成長が相互が連関して進むという政策思想に裏付けられています。表立った法制度上の性差別はなくとも、法が踏み込めない家庭内の古い慣習に影響されることで、感染症対策のための政策が望まざる社会・経済的インパクトを生んでしまうということを重く捉えるべきでしょう。

 

ふたたびロスジェネが生まれる

第二に、今回労働市場から退出してしまった人の中には、若者が多く含まれます。高齢者のなかにもコロナ禍で打撃を受けた人はいるはずですが、深刻なのは単身世帯でずっと非正規雇用で働いてきた高齢者であって、退職金をもらった後に再雇用された人ではありません。

若者の場合は格段に深刻です。コロナ禍で3月~5月期の需要が人為的に削減されただけでなく、かなりのレベルの不況に突入するであろうというのが大方の見方ですが、それによって失われた世代=ロスジェネが生じることは明白です。一世代分の若者の自己実現の機会が阻まれ、生涯にわたる経済的不安定がその層に集中します。そして新たなロスジェネ世代は経済不安から出生率も低くなるでしょう。

今後の経済的見通しやそれにまつわるリスクは感染症の情報と比べてまだあまり社会に共有されておらず、丸々一世代がロスジェネ化することの意味については十分に論じられていません。就職氷河期に当たったロスジェネ世代の非正規雇用やフリーランスの人びとが、コロナ自粛において最も経済的打撃を受けているという指摘が散見されるのみです。

自粛による経済的打撃がどれほどつらいかも、世代によって傷み方は当然異なります。弊社(山猫総合研究所)が4月末に行った意識調査では、18-19歳の大学生を中心とする若者ではなく、30代の人びとがもっとも経済と感染拡大防止策のバランスにおいて、経済を意識する度合が高いことが分かっています。彼らは貯蓄も少なく、管理職ではなく現場の実働部隊として働き、またちいさな子ども育てている世代に当たります。しかし、社会の安定にも寄与している同調圧力によって、日本には若年層による反発というものがほぼ存在しません。新型コロナウイルスによる健康リスクは、世代によって大きく異なるのに、健康不安においても、自粛の必要性においても、それほど意見の違いは見いだせないのです。全体として、約9割の人びとが自身や家族に対する健康不安を抱え、多くの人が緊急事態宣言を歓迎している

よく、世代間対立を煽るのは危険だと言われますが、それは反対で、世代間の不平等を意識させずに格差を拡大する政策を漫然と続ける方がよほど危険です。なぜならば、社会的な弱者や不利な年代は、政策当事者が思うように「もう無理だ」「何とかしてくれ」などと声をあげることなく、黙って潰れていってしまう可能性が高いからです。その結果残るのは、高齢者にばかり配慮した言説と、明日の日本をつくっていく世代のロスジェネ化です。それが、Black Lives Matterのデモに便乗して、ここぞとばかりに打ち壊しをしたり、ブーマー・リムーバーなどといって自由に出歩く若者が多いアメリカと日本の大きな違いなのです。

 

アフターコロナに貧富の差は拡大する

アフターコロナで格差は縮小するか、拡大するか。現時点では、格差は圧倒的に拡大すると私は予想しています。貧富の差の行方を左右する要素は感染症そのものではなく、生産設備が影響を受けているか否か、あるいは、権力による積極的な再分配政策が行われるか否かなどの二次的な要素が重要だからです。経済を人為的に麻痺させるロックダウンや自粛政策は、主に低所得層や子ども、そして先進国よりも発展途上国の弱者を直撃します。第二次大戦後とは異なり、新規投資は冷え込み、第二波を恐れて緩やかにしか経済は回復しません。

経済恐慌を人為的に作り出してしまう以上、その影響は社会の広範に及びます。税負担を担うべき層すらも傷んでしまった社会では、中産階級までもが窮乏のリスクに恐れおののくことになる。そのような状況下で、彼らの負担度を高めるような再分配政策を通すことはおよそ不可能だろうと思います。

日本の感染症対策とその結果は、一見して社会のレジリエンスを示しているように思えます。けれども、その裏で、この国の明日を更新し、未来の社会を形作っていく人々を犠牲にしている国の目指すべき方向を、感染の波がいったん収まったいまだからこそ議論しておくべきです

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三浦 瑠麗

三浦 瑠麗

国際政治学者 ・ 山猫総合研究所 代表。 1980年10月神奈川県茅ケ崎市生まれ。 内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。 東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了、東京大学農学部卒業。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て2019年より現職。

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