衆議院議員の松平浩一氏が自身のブログで「競争法の国際的潮流と日本の課題」について語っています。競争法とは、資本主義の市場経済において健全で公正な競争状態を維持するため、独占的または競争方法として不公正な行動を防ぐことを目的とする法令の総称です。この分野に関心のある方は、松平氏の関連ブログ記事「独占禁止法改正への準備と残された課題」もあわせてお読みください。
(松平浩一氏のブログ本文は以下の通り)
通常、ある国の法律はその国の領土内において適用され、外国には及ばないというのが原則である(属地主義)。しかし、経済活動のグローバル化により、外国で行われた行為が、自国の市場に重大な影響を及ぼす場合が増加している。そこで、外国で行われた行為であっても、その行為が自国の市場に競争制限的効果が及ぶ場合には、自国の競争法を適用することが一定程度行われている。
その背景には、米国をはじめ、EU等先進諸国の多くが採用している「効果理論(effect doctrine)」という考え方がある。効果理論とは、外国における行為が、自国の領域内に影響を与え、行為者がそれを予見することができる場合に、当該行為に対して自国の立法管轄権を行使できるという考え方である。これは、自国への影響を根拠にして、属地主義を拡張するという考え方ということもできる。かかる「効果理論」は、競争法を域外適用する際のグローバル・スタンダードになっているといってよい。
周知のとおり米国は、米国競争法(反トラスト法)について積極的に域外適用を行ってきた。特に、米国司法省が1992年に効果理論の解釈を拡大し、領域内市場に実質的効果を及ぼすかどうかに拘わらず、「領域内の輸出者に悪影響を与えている」場合にも、反トラスト法の適用を行う方針を発表して以来、その傾向が顕著である。効果理論を発展させてきたのは主として米国であったが、米国の域外適用の姿勢はもはや効果理論の枠を超え、他の国には全く例が無いものとなっているといえよう。
各国も、当初は米国の域外適用に対し抗議し、対抗立法(counter-legislation, blocking statute)を制定するなど反対する立場を示していた。しかし、現在では各国がそれぞれ競争法を域外適用することを認め合いつつ、相互協力していく方向へと向かっている[1]。
まず、EUの競争当局である欧州委員会は1969年の国際染料カルテル事件において効果理論を採用して以来、一貫して効果理論を採用してきた。その後、1988年のウッドパルプ事件判決においては「実施理論(Implementation doctrine)」と呼ばれる理論が採用されるに至った。しかし、効果理論と実施理論は、分析的に見れば規制のアプローチ方法等において差異はあるものの、実質的にはほぼ同一のものとの評価がされている[2]。
また、近年は途上国においても新たに競争法を制定する動きが活発となっており、その際に、効果理論に基づく域外適用を明文化する動きも見られる。例えば、韓国では、独占規制公正取引法第2条の2において、「この法律は、国外においてなされた行為であっても、国内市場に影響を及ぼす場合には、適用する」と規定する。そのほか、中国、BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)などでも、明文の規定を設けている[3]。
日本はこれまで競争法の域外適用について対抗立法を制定したことはないが、1992年の米国司法省の方針変更に対して、「国際法上許容されない米国内法の域外適用にあたるとの立場」から遺憾の意を示すとともに、個々の事案に対してもアミカスブリーフ(amicus brief)を提出して意見表明をしている[4]。その中では、外国事業者同士が外国市場において行った取引に米国の管轄権を行使することは、我が国の主権を間接的に侵害するものであり、国際礼譲に反するということを主張してきている。
日本としては、今後も競争法の過度な域外適用に関しては、一方的に自国法を適用することは慎むよう求めるとともに、多国間協力や二国間の協力を進めるなど、相互の理解に基づく執行を目指す立場を協調していくべきである。
日本の域外適用にかかる運用については効果理論の考え方に沿っていると一般的に言われてきたが、公正取引委員会のスタンスは現在も明確とはいえない[5]。司法判断としては、2017年のブラウン管カルテル事件最高裁判決[6]が、国外で合意されたカルテルであっても、我が国の自由競争経済秩序を侵害する場合には日本の独占禁止法が適用されると判断したことが注目された。しかし、同判決も効果理論を採るかについては明言を避けており、同判決に関する学説も、効果理論を採用したと理解する見解[7]や、効果理論の議論からは距離を置いているとする見解[8]等があり、評価は一様ではない。同判決については、一般性のある法解釈を示す法理判決ではなく、当該事案限りの判断を示す事例判決と理解するのが正しいように思われる。
このように、日本の域外適用に関する考え方は、効果理論に沿うものなのか、それとも別のものなのかという点については、論者の間でも一致していない。また、それはブラウン管事件のようなカルテルの場合と他の違法類型の場合で異なるのかなど、議論すべき点は多い。しかしながら、どういった理論を採るにせよ、事業者からすれば基準が明確であることが望ましいのであって、公正取引委員会が主体となって国内の議論を整理し明確化していくべきであろう。
日本としては、先に述べたアミカスブリーフ等で外国の域外適用に関する日本の姿勢を表明するだけでなく、日本の域外適用の理論(効果理論なのか、別のものか)を国際社会に対し明らかにしていくことも必要である。国際的潮流として域外適用が進むのであれば、日本も同じレベルで域外適用をする形でのハーモナイゼーションを行っていくことが不可欠となるからである。
そのためには、先に述べたような国内の議論を整理したうえで、域外適用の理論的根拠と適用範囲について明文化することが望ましい。明文のない域外適用は、相手国・企業に対する不意打ちとなりかねず、法的安定性と予測可能性を害するからである。先に述べたように明文化している国もあるのであり、将来的には独占禁止法その他の法令において、域外適用の理論を明文化する改正がなされるべきであろう。
競争法の話からは少し逸れるが、日本の法律は日本国内のみで適用されることは当然の前提であり、特に日本領域外にも適用する必要があるときには、その旨明文で定めることがある(最近の立法例では個人情報保護法75条がこれにあたる)。しかし、国外にも適用すべきであるのに明文の定めがない法令も多い。これは、これまでの法制実務おいて、域外適用についてあまり意識されてこなかったためではないかと思われる。以前はそれで良かったのかもしれないが、インターネットの普及等により容易に国境を越えてビジネスを行う事業者が増加する中、国外事業者に適用されるべき法令が適用されない不都合が多くの分野で生じている。国外事業者は日本法の規制に服さず、国内事業者だけが規制に服している状況はフェアではないとの声が上がっている[9]。
これは一つのアイデアであるが、法令の制定・改正作業において、域外適用すべき条項の有無を検討し、ある場合には可能な限り明文で規定することを法制執務におけるルールとすべきではなかろうか。そうすることで、いずれは全ての法令の域外適用の可否が明確になるであろうし、適用を受ける国外事業者の理解と協力も得られやすいであろう。
あるいはもっとドラスティックに、「域外適用をデフォルト化」する関係法令一括整備法を制定するという考えもある。これについては、既に政府の検討会において経済界からも提案がなされている[10]。一括整備法の制定は容易な作業ではないが、その必要性は十分にあるように思われ、今後前向きな検討がなされることを期待したい。
域外適用の明文化は、国外事業者の日本におけるビジネスのしやすさにつながるだけではない。国内ルールを対外的に明確化することで、国際的議論の場での存在感を示すことができるほか、ルール未整備の国や地域に対しルールを輸出するという戦略的な側面もある。日本の実務の蓄積を国内でガラパゴス化させるのか、国外に積極的に発信し国際ルールの先導者となるのか、日本政府の姿勢が問われている。
域外適用によって立法管轄権の問題が解決しても、外国に対して執行管轄権はないので、執行上の問題は残される。独占禁止法上の処分の執行にあたっては、当該処分にかかる文書等の書類を送達することで効力が生じると定められている(法61条2項、62条2項、63条4項等)が、この点は、違反事業者が国外事業者であっても同様である。ブラウン管カルテル事件においては、韓国企業及びそのマレーシア子会社が、法的措置の発令の直前に日本国内における全ての代理人を解任したため、公正取引委員会は公示送達の手続を踏まなければならなかったが、この事例のように国外事業者に対する執行が問題となることは決して少なくはないであろう。
現行法上、国外事業者に対して送達を行う手段としては、①直接送達する方法、②当該外国の領事を通じて送達を行う方法、③公示送達による方法の 3 つがある。当然ではあるが、①直接送達の方法が迅速かつ確実な方法である。そして、直接送達の具体的方法として公正取引委員会がよく利用するのは、日本国内に所在する弁護士を代理人として指定させ、その代理人に対して送達を行う方法であるといわれる。しかし、要求を受けた国外事業者がこれに従わない場合等には、当該企業が日本国内に文書の受領権限のある事業所を有しない限りは、②領事送達や③公示送達によるほかはない。この場合、迅速かつ確実に送達することができないおそれが生じる。なお、こうした送達の問題は、執行場面のみならず、調査段階でも問題になるため、この点の手続上の困難性の克服は重要な課題である。
これに関しては日本政府も問題意識をもっており、各国の競争当局の非公式な国際組織である「国際競争ネットワーク:ICN」等において、執行手続面と実体面の収斂を目指す取組に参加するなどしている[11]。しかしながら、これは非公式な組織であるため、実際に執行を行う際には、各国法や条約でのオーソライズが必要であり、各国間での独禁協力協定や執行援助協定等を結ぶ等の作業は別途推し進める努力が必要である[12]。
また、日本が今後積極的に域外適用を行うのであれば、実際に調査・執行等を行う公正取引委員会の組織人員体制や予算の充実は不可欠であろう。さらに進んで、競争法に限らず各省が所管する業法等についても域外適用を進めていくのであれば、国外事業者への調査・執行等を横断的に所管する組織の設立が検討されるべきである。現行の縦割り行政のまま、諸外国の事業者に対し日本法の適用・執行に打って出ることに限界があることは、誰の目にも明らかであろう。
[1] 星正彦「法令が国境を飛び越える」『経済のプリズム』
[2] 王威駟「EU競争法の域外適用における規制アプローチの発展」『早稲田法学会誌第69巻1号』、経済産業省「競争法の国際的な執行に関する研究会 中間報告」
[3] 経済産業省「国際カルテル事件における各国競争当局の執行に関する事例調査報告書」
[4] 感熱紙カルテル事件(1999年)、 2004年6月の連邦最高裁判所の判決、ビタミン剤カルテル訴訟( 2000年)等での日本政府の意見書については、「第Ⅱ部 補論2 国際的経済活動と競争法」『2017年版 不公正貿易報告書』
[5] 令和元年5月22日衆議院経済産業委員会における松平浩一衆議院議員に対する諏訪園政府参考人答弁において、効果理論に関し、「当委員会としては、こうした用語を用いて法運用を行っているというわけではございません。」と答弁している。
[6] 最高裁第三小法廷平成29年12月12日判決(平成28年(行ヒ)233号、審決取消請求事件)
[7] 白石忠志「ブラウン管事件最高裁判決の検討」『NBL No.1171』、若林亜里砂「国外で行われた価格カルテルにつき独占禁止法の適用を認めた事例」『ジュリスト 1519号』
[8] 滝澤紗矢子「我が国市場の競争機能が損なわれたとして独禁法適用を認めた判決:ブラウン管事件最高裁判決」『ジュリスト 1516号』
[9] 経済産業省「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」におけるヤフー株式会社配布資料 、同楽天株式会社配布資料
[10] 一般社団法人新経済連盟「越境経済下での海外デジタルプラットフォームを巡る諸課題と対応策~越境経済下での対等な競争環境の整備について~」
[11] 令和元年5月22日衆議院経済産業委員会における松平浩一衆議院議員に対する杉本政府特別補佐人答弁
[12] 前掲星
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