「女性議員が増えることで、本当に、暮らしやまちは良くなるのか?」(柿沼とみこ埼玉県議会議員へのインタビュー・聞き手:池田麻里)

2019/03/06

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現地ルポ・インタビュー

池田麻里

2018年5月に成立した「候補者男女均等法」では、女性候補の割合を50%にするよう政党に努力義務を求めている。女性議員の増加は、政治や社会にどんな変化をもたらすのだろうか。

今回は埼玉県議会議員の柿沼とみこ氏。自由民主党所属の2期目。高校卒業後に埼玉県庁へ入庁、働きながら、子育てをしながら、嫁業もこなしつつ、学業を続け、埼玉県庁で女性初の環境防災部長に就任した元祖スーパーウーマン。知事特別秘書を務めたのち、2008年3月、県内初の女性町長として大利根町町長に当選。加須市、騎西町、北川辺町との合併を成功させる。2011年から埼玉県議会議員。私が最も尊敬する女性です。2019年の仕事始め、埼玉県新年会の後にお話を伺いました。

今回お話を伺った埼玉県議会議員の柿沼とみこさん

一日24時間では足りない毎日からプロ意識を育む

-では最初に、高校をご卒業後、県庁職員を目指されたきっかけをお聞かせください。

私達の時代-50年以上前の話になりますと、女性が働ける場がそれほどありませんでした。そこで、伯父から「公務員なら試験を受ければ社会進出できる、男女関係なく働ける」と埼玉県庁を勧められ受験して入庁しました。
今、思い返すと、県民のためという思いを基本路線にすれば良いので、私に適していたのだと感じています。

-当時の女性職員は毎朝同僚にお茶を出していたと聞きましたが・・・。

お茶くみには全く抵抗はありませんでしたね。私も毎日出していました。お茶どころかコーヒーとか、あらゆるものを出していましたよ(笑)その分、重い物とか高い所の物を取るということが私は苦手なので、男性職員がやってくれましたしね。

ただ、私が公務員としてのプロ意識を認識するきっかけが何度かありました
ひとつは労政事務所へ異動になった時。その頃、人事異動の着任日は5月1日でした。
でも、5月1日ってメーデーですから。労政事務所の全職員が出払ってしまっておりました。
私にとっては勤務初日です。勤務場所の労政事務所へまいりましたが、誰もいない訳です。
当時は労使の対立も激しかった頃だから、ストライキもあちこちで起きていて「俺が今日勤めに行けない分の賃金をどうしてくれるんだ!」とか苦情の電話がじゃんじゃんかかってきました。でも私はまだ辞令も受け取っていなくて、どこへ配属になるかも、業務内容ももちろん分かっていません。だから「今、誰もいなくて留守なのですが・・・」と答えたら「あんた、県職員だろう?あんたがいるだろう。」と返ってきました。その言葉を聞いた瞬間、私はもうプロなのだと自覚しなければ!と思い知りました

その後のことですが、私が電話に出ると「何だ、女か。男は誰もいないのか。」と言う人もいるのです。そこで「私がおります。何でも仰ってください」と応じると、「あんたに分からないだろう」と返ってきて。だから、「分かるか分からないかは用件を伺ってみなければ分かりません」と頑張ってどんどん仕事を受けました。

もうひとつは海外での経験です。
私が労政事務所の主任になった頃、海外研修へ派遣する職員の対象が主任にまで広がりました。私は「女性・若年労働の現状と労使関係への行政の介入について」というテーマで論文を書いて応募しました。海外研修に選ばれるのは、部から一人です。
当時、上司は直接私には言わないけれど「うちの部には男はいないのか…」とぼやく状況です。とはいえ、私は最終審査に通り、論文のテーマに沿った勉強をするため、ヨーロッパへ行きました。
訪問先では「あなたはどんなスキルを売って給与を得ているのか?」「仕事の基本は何か?」など色々な質問を受けました。大平内閣のときでしたので「日本では大平内閣が成立したが、あなたはそれについてどう考えているか?」とも聞かれました。日本の公務員、それも一主任が、なかなかそういう観点で物事を見ないでしょう?
はっとさせられました。どこへ行っても、どんな時でも、日本の代表という自覚を持ち、どれだけ自分が仕事をできているかと意識しながら取り組まなければならないなと実感させられました。

同時に、私はもともと読書好きでしたので、シェイクスピアやルソー、モンテーニュなど世界の思想史とか文学全集を読んでいました。けれど、ヨーロッパで相手が尋ねてきたのは、近松門左衛門や井原西鶴について。とにかく自国の歴史文化をきちんと捉えておくことが大前提だとも気づかされました。それからは、東洋思想を勉強し、現在も安岡正篤研修会などを続けています。

そうやって、仕事と人間としての土台について認識を改めさせてもらい、プロとして、公務員として生きていくのだという覚悟ができました。

私達の頃は産休が産後の3ヶ月のみでしたから3ヶ月したら出勤しました。産前は休まなくてもよいのです。法的には「休んでもよい」と書いてあるだけで休まなければならないとは書いていませんからね。産後3ヶ月は休まなければならない、だからその分は休んだ。けれどそういう時に同僚が私の仕事を代わってやってくれるわけでしょう?それは、県庁に対する私の借りだ、仕事の借りだと。この借りはいつか返す。そう思いましたね。そういう思いで仕事に取り組んでいました。

一番大変だったのは、子どもが百日咳になった時。百日という通り3ヶ月ほど、生きるか死ぬかの状態が続くのです。預けていても、時にはチアノーゼ状態のように真っ青になったり、自宅でも、いよいよ息を引き取ったかというようにわなわな震えているところを脚を持ち上げてさかさまにして、叩いて、息を吹き返させるなんて場面が何回もあったので、毎日毎日医者に連れていかなければならない。相当大変でした。水疱瘡やおたふく風邪のように、1、2週間ではないでしょう?でも、子どもの病気で休めないから大変でした。今と違い、夫は子どもが病気をしたことなんか全く気付かないくらいでしたから。

-うーん、ちょっと時代が・・・。

そうね、だからお産以外で休んだことが無いわね。病気したことがありませんね。

-気力が体力を補っていたんですねぇ。すごい。
-ご入庁の同期には女性はいらっしゃったのですか?

います。沢山いましたよ。
でも定年まで残っていた人は本当に何人もいませんね。昇任試験を受けるのは当然だと思っていました。
当時の係長試験、受けた人は沢山いましたが、女性の合格者は私一人でした。試験が大変だったのは確かです。その頃の新聞に「妻子を帰して試験勉強」というコラムが出たほどだから。だけど、私は妻子を実家へ帰すどころではないでしょ。育児、家事も全部引き受けて難関を突破しました。

-ご家族は結婚後も仕事を続けることにはご理解があって?

当初、夫はいつまでもやるのではないだろうな、というスタンスでした。
働き続けることは承知の上で結婚しましたが、近所に工業団地があったので、そこへパートに出る程度と思っていたようです。私自身は埼玉県庁で当たり前にフルタイムの仕事をやっていくという姿勢でしたので、そのズレはありました。
「うちはお前ひとりを食わせられないわけじゃないんだから・・・」とか「柿沼家の嫁はおまえ一人で、県庁には代わりがいっぱいいるのだから、勤めよりも長男の嫁として舅と姑に気を使い、柿沼家の家風は絶対に守ってくれ」と。

-お嫁さんとしてのプレッシャーもありつつ、子育ても・・・。その上、お勤めされながら勉強も続けられたと以前に伺いましたが。

えぇ、そうね。
私の通った女子校では良妻賢母教育はここで十分習得できますから、女の子は大学へ行く必要はないという風潮でした。
しかし、県庁に入庁後、やはり法律をもう少し勉強しなければと通信教育を受けました。毎日の通勤中に法律書を勉強する日々でしたね。電車の中では大抵本を読んでいました。あとは、座れれば原稿を書く。それは今でも続いていますけれど。本当に当時は、自然と目が覚めるまで寝てみたいというのがひとつの願望でしたね。

-女性初の環境防災部長に就任されましたね

同時期にもうひとり女性部長なった人がいますが、彼女は健康福祉部長で、私は環境防災部長。制服を着て、警察や自衛隊の人達とヘリコプターに乗ったりしていました。

-労政事務所もそうですが、硬派な職場ばかりですね(笑)

そうね。いわゆる女性が担当していそうな部署ではないわね(笑)
環境防災部が所管している廃棄物だって色々あるじゃない(笑)土屋知事には「ひとりで夜道を歩かないように」と心配していただきました。「俺の手を見ろ!」なんて言ってくる人には「あら、まだ右手が残っているじゃない」と返してみたりね(笑)
最終処分場などの現場に行くと、10メートルもの穴が掘ってあったりするから、そしたら、わざと大声で「記念写真撮りましょうよ」「ここで後ろからドンとやって埋めたら全然分からなくなっちゃうね」なんて言ったりもして。


女性たちよ、覚悟を持て!

-管理職をご経験されての思いをお聞かせください

管理職試験を前にすると、受験しない言い訳に「偉くなりたくない」と言う女性がいます。
でも、管理職って、偉いとか偉くないということではなくて、自分のやりたい仕事に対するエリアが広がるってこと。
係長より課長、課長より部長の影響力が大きいわけでしょう?
本当に県民のために、日常を担い生活を支えている女の人の視点を活かそうとするなら、少しでも影響力を広げようとするのが普通でしょう、と私は思うわね。

女性自身も35歳過ぎて可愛いだの何だのと思われようと思ってはいけません。
仕事として、人間として、どう遇していくかという話なのだからと私はよく申します。女であることを売りにするとか、わざわざ吹き込むとかそういうことを良いと捉えている女性自身もいるにはいるのです。総合職でも「さあ皆さん舞台は同じです。どうぞお好きに」と言ったところで、何だかんだと言い訳をする人達もいます。私は県庁の試験を受け、試験官も務めました。その時にだって、なぜ自分が受験しないかの言い訳をわざわざしに来た方もいました。公務員は特に、給与が男女同じで、徴収兵でなく志願兵。
入庁時には、県民や市民のために尽くしますと試験を受けて入ってくるわけですから、給料は同じで仕事だけ控えめにならないでいただきたい。私はいつもそう言っています。企業は利潤だけれど、私達は皆さんの税金をお預かりして仕事をさせていただいているのですから。当たり前に、女性がもっと自覚しなければ。日本は諸外国と異なり、役場にいるとよほどの専門職でない限り人事異動があるでしょう?それは企業だって同じです。けれど、私にはこの仕事は易しすぎるとか向いていないとか我儘を言うのは女性が多いです。男性は泣いても笑っても歯を食いしばって、動いていかなければ次のステップはないと思っていますから。そういう覚悟が女性には薄い、それはあると思います。法律を活かして、次の担い手になっていく女性には、もう少し覚悟を持っていただきたいです。

決定権者を見極めよ!

私が政策課長の時に埼玉県男女共同参画推進条例を作りました。
前例がなかったので、何を作っても良いのだと解釈して、セクシャルハラスメント対策や苦情処理委員会を盛り込みました。
国が定めた男女共同参画社会基本法は「男女の人権の尊重」「社会における制度または慣行についての配慮」「国際的協調」「家庭生活における活動と他の活動の両立」「政策などの立案および決定への共同参画」の5本の柱だけれど、埼玉県の条例は6本目として「健康」を加えたの。
女性にとっての健康は全体に影響があるから。社会の中で女性が長生きするといった場合に、健康は個人のことですが社会全体に繋がります。その思いで「健康」を柱に加えましたが、すごく抵抗もありました。今でさえ、苦情処理委員会を潰そうという動きは無きにしも非ずですから。

けれど、先程も申しました通り、ないものを作るということは何でもありなのです。法律が却下しない限り、作って良い。最初は、セクハラというカタカナ、セクシャルハラスメントというものを入れるといったって、埼玉県の法規係からは日本語で書き直せと言われました。私はセクシャルハラスメントとは何かを説明して、この言葉を入れなければ、県民には分かってもらえないのだから必要だと訴えました。

-国の法律が規定していない部分は自由だ。条例の上乗せ、横出しという考え方自体が、公務員の発想としては出てきにくいと思います(笑)

「ホウキなんて掃除機で吸い取っちゃえ」なんて冗談をよく言って、課内の人達を叱咤激励していました(笑)
うまくいった時のシミュレーションを自分で作ってそれに向けて動く-皆に安心感を持って仕事をしてもらわなければ、組織力としていけないので。誰かが不安を抱いて怯えながら進めていったって、良いものはできません。責任は課長の私が受けるのだから、何の心配もするなと言いました

-部下としては心強いですね。
-条例づくりの際、県議会との関係はいかがでしたか?

埼玉県議会には女性が10名程度しかいないでしょう?でも、議会の総意、もしくは賛成多数をいただかなければ条例になりません。ですから、男女共同参画議員連盟を設置していただき、自民党を中心に60名以上の男性議員にも参加していただきました。
そして、「今はこういう状況です」と報告する勉強会をたびたび開催し、事細かに現状を報告していきました。おかげで、条例の必要性を理解していただき、最終的には全会派一致で条例ができました。

仕事を成功させるには、誰が決定権を持っているかを頭に入れておかなければなりません
それは課長など管理職の責任です。沢山の職員がいても、その課の責任者は県内で課長ひとりしかいないのです。全責任を持つのです。自分がここでやったこと、やらなければならないことは、各市町村にも影響する。全県民に影響があるなら、どういう基軸で取り組むべきか分かるはずです。けれど、決定権という点では議会が議決しなければなりません。ですから、議会にどれだけご理解いただき、一緒になって制定していくかという考えになります。出来上がった条例案を議会へ提案しても「こんなもの知らないよ」と言われればそれまでで、可決していただけません。一緒に考えていただいて、疑問点が出たらその都度解消しながらなるほどと納得していただいて、作り上げていくことが大切です。

-うーん、うちの市の職員で議会をそういう風に理解していらっしゃる方は少ないですね

全て議会に賛同いただかなくてはダメなのです。それからもうひとつは、やはり庁内。庁内で「あの課長、ひとりだけ張り切ってやっているよ」と周りが冷めていてはダメ。
男女共同参画も、担当部署だけでやっていれば良いのではなく、土木、衛生、医療・・・全ての分野が自分のことだという共通理解を持ってもらわなければなりません。共通理解を得るために、情報公開をして、議会とのやりとりもおこないます。誰にどの仕事を依頼して担当してもらっているかの進捗状況と、今どこが手薄かを把握して対策することが、管理職の役目です。

-そういう俯瞰的なというか、広い視点を持つことのできる女性は少ないと思います

確かに、熱心で几帳面なのだけれど視野が狭いというのはありがちですね。でも、それでは止まってしまうのです。動きながら考えることも必要ですし、全方位で見ていくことは必要ですね。


全ては県民のために

今回お話を伺った埼玉県議会議員の柿沼とみこさん

-さて、県庁で部長、知事特別秘書とお務めになって、そのあと、地域、ご地元へお戻りになろうと思われたのは、何かきっかけがおありだったのでしょうか?地元から、ぜひ戻って欲しいとの声が多くあったかと思いますが

地元の声は強かったです。
最初はお断りしていましたが、どうしてもと何年も懇願されているうちに、ふと地元を振り返ってみると、確かに放っておけない状況だと思いました。
個人的にも、姑を94歳で看取って嫁としてのひとつの役割を果たしたので、お世話になった地域のために働かせていただきたいと思うに至りました。

-その時の地域の課題としては?

私が町長に就任したときの課題は、財政健全化、地域力の向上、合併など、いくつかありました。町の借金も相当多かったですし、いろいろなことに手詰まり感もあり、これほどまでかとの驚きがありました。もっと早く着手すべきだった、地域の方はどんな思いで私に託していただいたのだろうと。当時の大利根町には既に加須市、騎西町、北川辺町との合併の話が出ていたので、それを進めていくことにも意義があると捉えて動いていました。

合併についてですが、東日本大震災後の地域の復興を見ていて、自治体の基礎体力にはある程度の規模がないと無理だと考えていましたし、職員の人事異動も、何十人かの職員数では庁内同士で結婚している人がいたり、親子だったりするので異動の幅が狭くなります。それでも、異動は必要ですし、庁内の備品などを揃えなければいけないのは自治体規模に関わらず同じです。
そういったことが合併によって強固になるのです。合併したのは東日本大震災発生前でしたが、後の東北の自治体の復興を見ていて、基礎体力のあるところの方が立ち上がりも早いと感じたのです。ですから、やはり合併して良かったと思っています。もちろん合併して終わりではなく、そこから始まりですから、どのように動かしていくのかが大切です。

-埼玉県内で初めての女性町長の誕生でしたね

女性の町長としては埼玉県初でした。
就任後、町議会で「町長!」と答弁を求められたので、当然のこととして答弁に立ったり、多くの方に町議会の傍聴にいらしていただいたり、町長室のドアを開けっぱなしにしたり、どうも型破りなことをしたようで、町の職員は目を白黒させていましたね(笑)

また、その年が教育委員の交代の時期で現委員には女性が1人しかいなかったものですから、次期は女性を増やそうと考えていました。ところが「次は元〇〇学校長の順番なんですけど・・・」と言う人が現れたのです!そんなことを誰が決めたのか、女性を増やしたいと提案したところ、「女性ってどこにいるのですか?」と言うしまつで。町の半分は女性じゃないかと反論し、いろいろ手を尽くして女性に委員になっていただきました。その委員の方々は、現在も大活躍しておられます。

どこまでいっても男性だけという発想は論外です。女性達は普通にしていても、男性達に思い込みがあるんですね。

-県庁職員として、幹部職員として、町長として、大きな仕事を成し遂げられた後、県議会議員としてもう一度県政に関わろうと決意された訳ですが、立場による考え方、視点の違いはありますか?

あります。私自身の仕事の軸は変わりませんが。私が県議会議員になって戻ってきたものだから・・・。

-ざわつきますね、きっと(笑)

えっ今度はどっち側?って(笑)今まで答弁していたのが、質問するのですから。どこがどうだというのは分かりますしね。
でも、記者に「何で県議会議員になったのですか?」と聞かれたので「あなたが『埼玉県には女性議員が少ない』という記事を書いたからでしょう」と答えておきました(笑)全国的にみても割合が低いじゃないですか。

-しばらくぶりの保守系女性県議会議員だなと思いました

そうですね、自民党にはずっといなくて。だから、何で自民党に入ったのかともよく聞かれました。

-結果を出すためには、議会は数だと誰よりもご存知でいらっしゃるので。

やはり中から声を上げないとね。
はっきり言って、犬の遠吠えみたいにただ喋っていたって意味がないので。議員は議会を動かして、どれだけのものを成果として共有してもらえるようになるか。消費生活やJK(女子高生)ビジネスだの、やはり女性ならではの視点が反映されます。

自民党県議会議員団として日常的に意見交換をしている間柄ですから、だいたいこの方はこういう考え方だという基礎があって、お互い様のやりやすさがありますね。だからこそ、私は中から少しでもと、自民党にいることが重要だと考えています。幅が広いですし。

-保守系の議員は県議会にも自治体議会にも少ないですが、それはどういう理由があるとお考えですか?

組織で議員を出しているところの方が、女性は乗りやすく動きやすいのではないでしょうか
けれど、保守系は一人ひとりの集まりなので、自分自身の責任でこなしていく、風でも何でも受けて。揺るぎない信念を持っていないとね。
逆に、自由に活動できます。全てが自己責任。それに対してどれほどしっかりと、揺るぎなく活動を続けられるかというところだろうと思います。身内の協力も巻き込んでね。

-県議会に戻ってこられて、これからの埼玉県政の課題は何でしょうか?

埼玉県は地の利があります。さいたま市なんかは自分でどんどん発展していくような地理的状況ですよね。県全体としてみて、さいたま市の状況を県というオブラートで包んでみた場合はプラスが大きくなっているけれども、いざふたを開けてみたら県の中は南北問題など発展しているところばかりではなくて、衰退しかけている地域もあるでしょう?そこの地域の未来をどう構築していくかということが大事だと思います。高齢化しているから悪いとかではないし、賃金の高低についても、賃金の安い地域は物価も安いと見ることもできます。それぞれ地域ごとの暮らしやすさ、どこにいても不安感のない生活を提供できるかが、県全体としてのモチベーションになるかと思います。

今、地方自治体がそれぞれですと言われ、独自性を持たせられますが、人もいてお金もあるというところがどこにでもあるわけではありません。そういう時に、行政の区域が異なるからといって、県民の受ける幸福度に格差がないように。そこをならしていくのは、やはり県議会議員の仕事だと思います。

それから、納税者を増やす。一生涯、税金で暮らし続ける人が多くならないようにする。人生のうち、いつの時点かは納税者として、税金で共益を受けさせてもらったものを地域還元して、社会の一員としての役割を果たせるように。障害のある人も無い人も、その人がやれる仕事をして社会と関わっていく。
そういう物事を様々な切り口から見て、市町村でできないことを県がきちんとフォローしていく。広域的な視点を持って「県」が仕事をしていく必要があります。ソフトだけでなく、ハード面でも。

-自民党県議団は県議会における圧倒的多数としての責任が大きいですね

自民党県議団はすごく勉強しています。他会派の方々ももっと勉強した方が良いと思います。論争に勝たなくては議会が進みません。ですが、今見ていて論争に勝っているように見えません。政策も、議会運営も。はっきり申し上げて、数ではなく中身です。国会を見たってそうでしょう?人の粗をつついている暇があったら、それに代わる政策を、もっと国民が納得するような形で提案したらどうでしょうか。
例えば、今、日本の森林や水などが外国資本にこれだけ狙われているのに、人の粗探しばかりに注力していて良いのか。もっともっと深く勉強して、国として国民に分かりやすく提示できるように、政策をどんどんぶつけるべきだと思います。それが何もなくて、余分なことをどうのこうのと・・・。そうすると国民は、あなた方はそれしかないのかと思うわけですよ。せっかく投げかけている議案が消えてしまいます。「自民党にはそれだけしか案がないのか?我々はこれだけ勉強して、こういう案を出す」と、相手が「参りました、それには気づきませんでした」となるような政策を出すべきです。それは議席の数だけではありません。

首長の覚悟、そして生活者の視点

-職員も、首長も、議員もなさっていますが、どの立場が面白いですか?

それぞれ良さがあります(笑)

-議会は議決権を持っていますが、議員は多数のうちのひとりです。首長としての決定には非常に重い責任があって、その決断力を尊敬します。住民の要求すべてに応えられる事態ではないので。

財源と負担は兼ね合いがありますからね。
例えば山で遭難した方に救助の実費を請求することに私は賛成で、救急車の出動にも実費をと主張するほどですが、それでもし本当に困窮するなら返せば良いのです。
税収は決まっています。税収は上げないで、でも自分の生活は100%保障してくれなんて、あり得ないわけですよ。ですから、なぜ値上げが必要かの説明が求められますね。
私が町長の頃、「家の前に落ち葉があるから掃除に来い」とか「庭にハチの巣があるから撤去してくれ」という苦情がきましたが、「あなたの庭先まで掃除するなら、追加で500円ずつ税金をいただくような事態になりますよ」とお話ししました。

災害に備えた要援護者名簿を作ろうとしていたときにも「個人情報があるので自分のマンションに立ち入られるのは困る」という意見がありましたが「では、足の不自由な入居者や目の見えない住民を、誰がどうやって救助するのか?事情を知らせないで最初に助けてくれなんてありっこないのだから」「自治会長さんに町長名義で通知しておきますから、それが嫌ならいざというときの助けも不要と捉えますよ」と、きちんと言いました。
言わなければいけないことはきっぱりと言わなくてはなりません。良い顔ばかりしようとしていたら、自分が行き詰まります。負担できない人に無理強いしようというのでなく、ある程度、毎日コーヒー1杯くらいなら何とかできるでしょうという人にお願いするのです。

-ひとりで決められない、という女性も多いと思うのですが

でも、全ての責任が自分にあるというのは良いですよ。他の人に迷惑をかけませんから

-深い・・・。重たい一言ですね。

自治体規模が大きい方が有権者の考え方も広がり、女性が選出されるチャンスが多いからかもしれません。
私も2年に1回開催される全国町長会議に、毎回出席していますが、まちの規模が小さくなればなるほど女性町長は出にくいです。女に音頭を取ってもらいたくないという意識がまだあるのかもしれません。でも、今は、女性が音頭を取らなければ、日本の未来はないのです。

そこにもっと力を尽くすべきなのに、女性が女性を支えない問題もあります。女性が女性を支えて神輿を担ぐとなった場合に、神輿に乗る女性の勇気もありません。サポートしようという配偶者もいません。家庭内協力は、男女どちらが出るにしても大事です。そこが十分でないと。

就任した瞬間に、全部公人だと思わなければなりません。そのことを当たり前に受け止めていくことができないと。ここからここまでが町長ですとはいきませんので。

-本当にそうですね。夜中だっていつ何があるかわかりません。

その対応ができるよう備えておかなくてはならないし。このことは、地域を預かっている首長としては男女の区別はありません
一方でそれを打破していくのは、女性は適任かもしれません。長のつく職は女性に向いていると思います。毎日の暮らしのことで、細かいことが本当に多いですから。

-増えたらと思いつつ、周りでもなかなか・・・。

出てこないではなく、出ていただけるように水を向ける意識が大事ですね。この人と思う女性がいたら、皆で支えて。人生100年時代、今こそ女性も力を合わせて、しなやかにしたたかに笑顔で頑張ってまいりましょう。

-貴重なお話をありがとうございました!

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池田麻里

池田麻里。 1975年生まれ。早稲田大学在学中に代議士事務所でインターンを経験。民間企業勤務を経て枝野幸男秘書へ。2007年さいたま市議会議員に初当選。3期12年にて引退。女性を政治の場へ送り出すために活動中。

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