2024/7/14
【核のゴミと合意形成】
昨日7月14日の最後は、日本地方政治・地域政治学会北海道大会のセッションに参加。
昔、道庁職員だった時代に、「政策法務」の研究会などで、法的対話の重要性を学んだ頃の記憶が懐かしく蘇るが、逆に言うと、最近、その機会が乏しいということかもしれないと、反省を込めてこの投稿をしている。
報告者は、お二人。
お一人目は、北海道新聞新聞局川浪次長。
「なぜ、文献調査に手を挙げたのか」
それぞれの自治体の財政状況、公開された議会全員協議会(当初は秘密会)の記録から見える事実を踏まえた上で、知事も含めて、それぞれの首長の人となりや人間関係、思惑などを、現場取材の肌感含めてのお話が興味深かった。
お二人目は、九州大学の出水薫教授。
「核燃料サイクルにおける自治体『同意』の検討」
「国策民営」といういわば歪んだ構造の中で、当初は、蚊帳の外出会った自治体が「“納得”の調達」という役割を求められてきたこと。
事故が起きることによって、防災と事故対応を現実的に求められる立地基礎自治体にとって、「安全協定」への「同意」が介入手段(ある意味拒否権的)として現れてきたこと。
一方で、立地基礎自治体だけではなく、立地広域自治体が、非立地基礎自治体のリスクや不安を代弁しうる構図も生まれている。
新潟県知事、および基礎自治体首長による再稼働の「不同意」事例と、福井県の再稼働にいたった事例の比較も興味深く伺った。
もちろん、再稼働における同意の研究と、核ゴミの問題は、同様ではない。
報告の後の討論の時間の問題提起にもあったが、総論賛成、各論反対で、自治体が反対することが無責任である、文献調査に手を挙げることこそが、「責任」であるというような言説は、道議会の議論の中でも出始めている。
その議論の根底には、堀知事時代に、道議会の総意で議決した、いわゆる“脱原発”(あえてそう呼ばせていただく)条例や、核ゴミを「受け入れ難い」とした条例の重みを軽視しているように見える。
これらの条例も、泊原発3号機や幌延深地層研究センターなどを受け入れるための道議会におけるいわば「“納得”の調達」の産物であるということもできる。
しかし、私は、未来に向けて、この条例を大事にしていきたい。ただ、この条例にすがるだけではいけないが。
そもそも、この地震国、火山国日本において、海岸を中心に50以上の原子力発電所を作る科学的合理性がどこにあったのか、そこの政策判断の検証から、国民的に始めないと、責任は取りようがないと、私は思うのだ。
過去の判断の失敗を、未来世代にまで、継続させることが、政治の責任ではない。
地方自治とは、議会の役割とは、民主主義とは、政治の責任とは、何か。
それを言語化し、対話し、その対話に基づいて、実践し、必要な場合は、条例として、未来世代に遺していくのが、議会の仕事であると考える。「国策民営」という今のエネルギー政策の中での限界もあるが。。。
また、その機能が、今の北海道議会にあるのか、そう考えると自分自身の非力も含めて非常にやるせないが、少なくとも、堀知事時代に作られた条例が、未来への資源になるよう努力し続けたい。

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