2026/2/6
安倍晋三元首相殺害事件の山上徹也被告が控訴してくれた。「くれた」と書くのは、彼の事件は、彼だけの問題ではないと考えるからだ。
奈良地裁での田中伸一裁判長による判決は、明らかに不当だ。安倍氏に「落ち度は何ら見当たらない」「生い立ちが大きく影響したとは認められない。」というのは、とんでもない誤った判断だ。
もちろん、ご自分が敬愛する祖父の代からの関係でもある。しかし、それだけでなく、安倍氏は、旧統一教会を政治家として存分に利用してきた。
旧統一教会は、自らの組織の戦略として、韓国でも、日本でも、選挙支援や政治的連携等により、政治家を通して政策に影響を及ぼし、政治家との関係を自らの宣伝にも使い、お互いに利とする「WINWIN関係」をつくってきた。
人を救済するための宗教が、高額な壺を売りつけたり、多額の献金によって、本人はもちろん家族までも、相当に苦しめてきたこと、異様な合同結婚式のことなどは、すでに1980年代後半あたりから知られていた。
今回の事件によって「宗教2世」という、親の信仰によって苦しんできた子どもたちの存在が明らかになった。だからこそ、この宗教の問題は、単に山上被告だけの問題ではないのだ。政治と癒着し、宗教という名のもとに、人生をメチャクチャにされた人たちを社会としてどう判断するのかという問題でもある。
私は、何も山上被告を無罪にしろなどとは言っていない。しかし、事件に至った経緯がきちんと明らかにされ、判断され、考慮されなければならない。司法が、社会の中の司法としての機能を果たさなくてはならない。もちろん、山上被告の贖罪含めて。
加えて、宗教が全面的に金と人の動員によって、政策をも歪めているからこそ、これは山上被告だけの問題ではなく、私たち市民の問題なのだ。
人々を幸せにするために政治があるはずなのに、自分が当選するために、人々を苦しめている宗教団体から金と人を出してもらい、党も自分も、その異様な宗教団体の主張に沿うような政策にすることに平気な人間が議員になってはいけない。
自らの当選のためには、市民が苦しんでいても平気でいる人が議員であってはならない。私たち市民を代表してはならない。
人が生きていくために宗教というのは大切な人類の智慧だと思う。太古の昔から、人は生き、人は死ぬ。その死に対して、そしてその間にある様々な苦難を乗り越える支えとして、人類が生み出してきた智慧だと思う。
宗教は、時に人を慰め、人を励まし、人を包み、人に安らぎや希望を与える。宗教は、人の心に強く影響する。だからこそ、真の宗教者は、自分の影響力に対して抑制的でなければならない。
日本国憲法は、憲法20条1項で、政教分離を定めている。「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」。
旧統一教会がやってきたことを「知らない」では、済まされない。そして「知らなかった」という議員は、意図的に知ろうとしなかったのではないか。何のために?自分の当選のためにだ。
だからこそ、旧統一教会から支援してもらった候補者は、そのことについて自ら説明し、この問題に、自分の言葉で語らなければならない。その発言が納得いかない者に対して、投票することはできない。国の、県の、市の政策が、異様な宗教のために歪められてはならない。ご自分の選挙区の候補者について、Xなど、ネットできちんと調べてほしい。
だからこそ、文春が報道するように、高市首相と旧統一教会についての関係に関する事実が出てきたなら、高市首相は、きちんと説明すべきだし、そのことへの自分の考えを明らかにしなければならない。候補者もまた同じ。明確な説明が必要だ。
判断するのは、あなたである。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>上田 恵子 (ウエダ ケイコ)>山上被告の裁判は、私たちの問題でもある。自分の選挙区の候補者を確認して!