北岡 たかひろ ブログ
【市長公用車第2訴訟】昨日陳述した準備書面
2026/2/21

市長公用車第2訴訟については、昨日の第2回口頭弁論において、被告は反論しないということで、結審となりましたが、その際、提出した準備書面を以下に載せておきます。個人情報等に配慮し、若干文言を変更しています。
令和7年(行ウ)第120号 損害賠償請求事件(住民訴訟)
原告 北岡隆浩
被告 高槻市長 濱田剛史
準備書面1
令和8年2月13日
原告 北岡隆浩
第1 故A氏は市政とは無関係・無貢献の人物であり、判例からしても濱田剛史市長の公用車使用は違法であること
1 故A氏は市政とは無関係な人物であること
被告は答弁書において縷々主張するが、故A氏自身が、市政に関係した証拠は示せていないし、市政に関係したという主張もしていない。
被告は、故A氏の親族が市政に関係したということを主張するのみである。
よって、故A氏は、市政とは無関係な人物であるというほかはない。
甲5のとおり、故A氏は、市政に貢献もしていない。
市政とは無関係・無貢献の故人の葬儀に関して、市が公金を支出する合理的な理由はないから、本件の公金支出は、原告訴状記載のとおり、違法であり、市に損害を与えたというほかはない。
2 水戸地裁平成22年3月2日判決(甲7)も私的なつながりに基づくものは違法としていること
水戸地裁平成22年3月2日判決では「・・・桜川市長が本件結婚式・・・に出席したのは、桜川市長とそれらの結婚式の当事者又はその親族との間の私的なつながりに基づくものであり・・・桜川市長が担っている公的な役割、職務を積極的に果たしていると評価することはできない。そして、そのような性質を有する本件結婚式・・・に出席するため、桜川市長が本件公用車を使用した行為は、裁量権を逸脱又は濫用した違法があると言わざるを得ない。」と判示している(甲7・4頁17ないし21行目)。
本件についても、故A氏とその親族との間の私的なつながりに基づいて、濱田剛史市長は本件葬儀に参列したのであり、それは、以下に詳述する高槻市長が担っている公的な役割・職務を積極的に果たしていると評価することはできない。そのような本件葬儀に出席するために、濱田剛史市長が、市の公用車を使用した行為は、裁量権を逸脱又は濫用した違法があるといわざるをえない。
第2 葬儀の意味からすれば非常識・逆効果かつ実現不可能な被告の目的
1 葬儀の意味
葬儀は、死者をとむらい、ほうむる際の儀式である。
葬儀をする意味は、①故人様の死を悼み、死後安らかに眠れるように願うこと、②ご遺族をはじめ遺された人たちが故人様の死を受け入れ、気持ちを整理し故人様との別れを実感することの2つがあるとされている(甲16)。
2 非常識・不謹慎かつ逆効果であり実現不可能な被告の目的
被告は、濱田剛史市長の本件葬儀参列の目的を「経済関係者との友好、信頼関係の維持増進を図ること」等(以下「本件目的」という。)だと主張している(被告答弁書4頁下から7ないし6行目)。
しかし、本件目的には、①故人本人の死を悼むことや、②遺族等を慰めることに類することは一切含まれていない。
本件目的は、前項の葬儀の2つの意味からすれば、極めて非常識・不謹慎な目的であるといわざるをえない。
本件目的を達成するために、葬儀場において、経済関係者との友好等を図るための言動を被告がすれば、むしろ、友好・信頼関係においては逆効果であり、悪影響を生じさせるというべきである。
また、葬儀において、私語や雑談は控えるのがマナーである(甲17)。
本件目的のために、被告が葬儀中に発言や行動をしたのであれば、マナー違反である。よって、葬儀中に経済関係者との友好等を図るなど、一般的には実現不可能である。
3 そもそも被告は本件目的を達成しようとしていないこと
濱田剛史市長は、本件葬儀の場に15分程度滞在しただけだという(被告答弁書5頁14行目)。具体的には、原告が目撃したところでは、しんみりとした葬儀の場で、僧侶の読経の間は黙して座り、焼香をして、遺族に礼をして去っただけである。
これだけの濱田剛史市長の行動で、「・・・B氏の功績に敬意を示すとの市のメッセージを伝えること」や「親族以外の市内経済団体関係者との間でも、市との友好、信頼関係の維持増進につながる。」こと(被告答弁書7頁12ないし14行目)といった本件目的が達成できたとは到底いえない。
つまり、被告は、本件目的を達成しようとすらしていなかったのである。
第3 高槻市長が果たすべき公的な役割・職務とはいえない本件葬儀の参列
1 高槻市長が葬儀において果たすべき公的な役割・職務
市長は、①市民に直接選挙で選ばれた市の代表であり、②市政を執行する最高責任者である。
よって、市長が、公務として、式典・行事等に参列・参加する場合には、①市民の総意の代弁者として、あるいは、②市政の代表としての役割・職務を果たす義務がある。
市長が、公務として、葬儀に参列する場合には、市民の総意の代弁者・市政の代表として、故人の死を悼む役割・職務があるというべきである。
そうすると、対象となる故人は、過半数の市民が納得できる程度に市へ大きく貢献した者や、市政に関係した者に限定されるというべきである。
2 本件葬儀の参列は公的な役割・職務を果たしたものとはいえないこと
しかし、故A氏は、市へ大きく貢献した者でもなく、市政に関係した者でもないのであるから、濱田剛史市長の本件葬儀の参列は、高槻市長が担っている公的な役割・職務を果たしたものと評価することはできない。
第4 令和8年1月6日付被告答弁書「第2 請求の原因に対する認否」中、
1 「5 請求の原因『第6』部分」について
被告は、本件葬儀に参列したことに何らの違法はないとするが、第1記載等のとおり違法である。
2 「6 請求の原因『第7』部分」について
被告は、「当日の公用車による用務先は複数あり、本件用務のための走行距離は不明である。」とする。
そうであれば、その複数の用務先を、公文書をもって、明らかにされたい。
被告は運転日誌(甲6)の「行先」欄に、「市内」か「市外」としか記載しておらず、具体的な行き先・目的を隠蔽してきた。誰が乗車したのかも記載していない。
被告が用務先を明らかにしないのであれば、運転日誌の記録のとおり、濱田剛史市長は公用車を37km走行させて、本件葬儀に参列したと考えるほかはない。
被告は、「原告は、運転手の人件費相当額につき、原告による別件住民監査請求に関する甲14・7頁の記載を参照しているが、当該事案とは対象職員も違う。」と主張する。そうであれば、本件の運転手の人件費相当額を明らかにされたい。明らかにしない場合、原告は文書提出命令申立てを行う。
第5 令和8年1月6日付被告答弁書「第3 被告の主張」中、
1 「1 判断の枠組み」について
被告は、「上記判断枠組みを前提に検討するに、本件用務は、市内経済関係者との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とするものであり、かつ、社会通念上儀礼の範囲内の行為にとどまるから、高槻市の公務に含まれると判断されることはBらかである。」と主張する。
被告は、「市内経済関係者との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的」に、本件葬儀に参列したというのであるが、第2記載のとおり、葬儀は、あくまでも、故人本人の死を悼む場である。にもかかわらず、被告の主張には、故人の死を悼む態度は微塵もない。
被告が、本件目的のために、これまで葬儀に参列してきたことは、あまりにも故人に対して無礼であり、社会通念上の儀礼の範囲を大きく外れる。
被告は、故人の葬儀に、公務として「市内経済関係者との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的」に参列した旨を法廷で公言したが、その公務の遂行は、むしろ人間性を疑われ、逆に、友好・信頼関係を損なうというべきである。つまり、本件目的は矛盾を孕んでおり、実現不可能なのである。
濱田剛史市長は高槻商工会議所の顧問であり、濱田剛史市長には、本件葬儀等に参列しなくとも、高槻市と高槻商工会議所が主催する「新春年賀交歓会」など、いくらでも市内経済関係者と友好等を図る機会が存在するのであって、人間性を疑われる本件目的のために、葬儀に参列する合理的な理由もない。
また、第1記載のとおり、故A氏は、市政とは無関係・無貢献の人物であり、社会通念からすると、市長が、公務として、こうした市政と無関係・無貢献の故人の葬儀に参列するのは、不可解かつ不合理というほかはない。
したがって、濱田剛史市長が、本件葬儀のために公用車を使用し、職員を同行させた行為は、裁量権の逸脱又は濫用であって、違法である。
2 「2 事実経緯」について
被告は、「故A氏が逝去されたとの報をうけ、故A氏の親族であるB氏及びC氏による高槻市の発展及び市政への貢献に鑑み、市として弔意を示すため、高槻市長として被告は令和■年■月■日に■■・・・で行われた通夜式に参列した。」とする。
被告は、故人の親族の貢献を鑑みるだけで、故人本人については何ら鑑みてはいない。やはり、故人本人の死を悼む態度は微塵もないのである。
B氏は、約■年前に亡くなっている。その際に、B氏の貢献に関する弔意や敬意は示されていたはずであり、それを再度行う理由はない。
被告主張に基づけば、市政に貢献した者は、その親族の葬儀の度に弔意が示され、親族が多いほど何度も弔意が示されることになる。
また、被告は「⑵ 故人の親族と高槻市との関わり」として、B氏及びC氏に関して縷々説明するのであるが、故A氏に関する言及は、一切ない。つまり、やはり、被告と故A氏とは何の関係性もないのである。
3 「3 本件用務が高槻市の公務に含まれるものであること…」について
被告は、「⑴ 本件用務の目的」は、「被告が、故A氏の通夜式に出席して市として弔意を示すことは、その親族であるB氏の功績に対する敬意を表するとともに、現在も地域経済界で活動し重要な役割を果たしているC氏を含む故人親族との友好、信頼関係の維持増進を図るという意義を有する。同時に、通夜式に参列されている市内経済団体関係者にも、市内経済団体において長年活動し高槻市経済の発展及び市政へ多大な貢献をされたB氏の功績に敬意を示すとの市のメッセージを伝えることができ、親族以外の市内経済団体関係者との間でも、市との友好、信頼関係の維持増進につながる。」等だと主張する。
そもそも、葬儀は、第2記載のとおり、故人本人の死を悼み、ご遺族が気持ちを整理するためのものである。仮に、弔辞が読まれるとすれば、故人本人のことのみの内容になるのであり、故人本人に一言も触れない弔辞というのは、場違いも甚だしく、故人や遺族に大変失礼である。
ところが被告には、やはり、故人本人の死を悼む態度は微塵もなく、「故人親族以外の市内経済団体関係者との間でも、市との友好、信頼関係の維持増進につながる。」といったことまでもが目的だと主張するのである。
あまりにも葬儀の意義を蔑ろにする被告の考え方や行動に言葉を失うばかりである。行政や首長の行為として、社会通念上、許されるものではない。
被告にとって、市内経済団体関係者の親族の死は、経済団体関係者との友好等の機会のきっかけにすぎないのである。被告は、本件葬儀を、単に、経済団体関係者との友好等の維持増進の機会と捉えてきたのである。
被告は、「通夜式に参列されている市内経済団体関係者にも、市内経済団体において長年活動し高槻市経済の発展及び市政へ多大な貢献をされたB氏の功績に敬意を示すとの市のメッセージを伝えることができ、親族以外の市内経済団体関係者との間でも、市との友好、信頼関係の維持増進につながる。」と主張する。
しかし、濱田剛史市長は、本件葬儀の場に15分程度滞在しただけである。具体的には、原告が目撃したところでは、しんみりとした葬儀の場で、僧侶の読経の間は黙して座り、焼香をして、遺族に礼をして去っただけである。
これだけの濱田剛史市長の行動で、「B氏の功績に敬意を示すとの市のメッセージを伝えること」や「親族以外の市内経済団体関係者との間でも、市との友好、信頼関係の維持増進につながる。」ことができたとも到底いえない。
こうした濱田剛史市長の行動を、遺族や参列者が見ても、「濱田市長は個人的に故A氏と何らかのつきあいがあったのかな」、「市長として忙しいはずなのに、故人のために個人的に葬儀に参列するとは義理堅い政治家だ」と思われるくらいであり、上記のメッセージは伝わらないし、経済団体関係者と友好等が図れるはずもない。
参列している経済団体関係者に対し、被告が公務である旨を表明しなくては本件目的は達成できないが、濱田剛史市長らは葬儀で公務だと公言したわけでもなく、市長専用の公用車に「公用車」等と表示されているわけでもないので、一般の参列者は、本件目的のために濱田剛史市長が公務として参列したことだけではなく、濱田剛史市長が公用車を使用し来場したことすら分からなかったはずである。
被告が故人本人とはまったく関係がなく、葬儀本来の目的である故人を弔うためではなく、遺族を慰めるためでもなく、あくまでも経済団体関係者との友好等を図る目的のためだけに参列したことや、そのために濱田剛史市長が税金を使い公用車に乗ってやってきたことを、遺族や参列者が知れば、むしろ違和感や怒りを覚えるはずである。
仮に、本件葬儀の場で、約■年前に亡くなったB氏の功績を声高に語って、敬意を示すメッセージを発し、喪服で参列している経済団体関係者を回って握手し、友好を図るなどしたとすれば、極めて不謹慎な行動といわざるをえない。御仏となった故人のご遺体や、悲しみに打ちひしがれているご遺族を前にして、本気でそう考え、実行したのであれば、葬儀の意味も遺族の深い悲しみも理解できない、良心も常識も欠如した自己中心的なサイコパスというほかはないが、濱田剛史市長もそういった行動は流石にしていない。
よって、被告主張の本件目的は、虚偽といえる。
実際のところは、甲10~14のケースと同様、遺族及び参列者に対し、はまだ剛史が政治家として売名するためにだけ、故A氏外の葬儀に、公費を使って参列してきたものと考えざるをえない。
仮に被告主張のとおり、経済団体関係者と友好等を図ることが本件葬儀参列の目的だったのであれば、上記のとおり、これほど不謹慎で故人や遺族を冒涜する邪な目的はない。そうなると、濱田剛史市長の本件葬儀参列は、違法であると同時に非常識・不道徳であり、故人の尊厳や親族の感情を踏みにじるものであって、社会通念上の許容の範囲を大きく外れる。
第3記載のとおり、市長による葬儀の参列は、市民の総意の代弁者・市政の代表として、故人の死を悼むことが目的であるというべきである。そうすると、やはり、対象となる故人は、市に大きく貢献した者や市政関係者に限定されるべきである。
ところが、濱田剛史市長の葬儀参列の目的は上記のとおりであり、故人が市政と無関係・無貢献であるばかりか、故人に対する思いも微塵もないのである。故人に関する公文書も存在しないのであるから(甲5)、被告が故人への思いを抱くことができないのは当然ともいえるが、市民・市政の代表たる市長であるのに、葬儀を、経済団体関係者と友好等を図る場としか考えず、そのために公務として参列するというのは、公的に、故人や遺族、参列者を冒涜する行為といえるし、市長の役割・職務を果たしたものとも到底いえない。
被告主張によれば、このような本件目的のために、行政の長である濱田剛史市長は、公用車を使用し、公金を支出したのである。
しかし、被告のこうした考えや行為が、社会的に許容されてよいはずがないし、裁判においても、認められるべきではない。
本件葬儀参列の真の目的が、はまだ剛史の政治家としての売名である場合も同様である。
4 「4 原告のその余の主張について」中、
⑴ 「⑴」について
被告は、「市長の葬儀参列の条件は『市政に貢献した者』か『市政関係者』に限られ、それに該当しない者の葬儀参列は市長の裁量の逸脱又は濫用になるという規範は、原告独自の主張にすぎない。」と主張する。
しかし、議会でそのような答弁したのは、被告自身である(甲3及び4)。
故A氏は、被告答弁書によっても明らかになったとおり、「市政に貢献した者」でも「市政関係者」でもないのであるから、被告は議会で虚偽の答弁を行ったというほかはない。
濱田剛史市長は、運転日誌(甲6)に具体的な行き先を故意に記載してこなかったことを奇貨として、議会を欺き、公務性のない葬儀に参列するなどしてきたのである。
⑵ 「⑵」について
被告は、縷々主張するが、「役所交際費の支出の基準等に関する要領」(甲8) の「弔慰支出基準」において、香典の支出先の区分がいずれも市政関係者「本人」となっているだけでなく、第1記載のとおり、水戸地裁平成22年3月2日判決(甲7)においても私的なつながりに基づくものは違法とされているのであるから、市政関係者「本人」を対象としていなければ、たとえ地元の有力者の「親族」であっても、葬儀に関して公費は支出できないというべきである。
⑶ 「⑶」について
被告は、「・・・被告は、親族による市の発展及び市政への貢献に敬意を表するため故人の通夜式に出席したのであるから、門地による差別的取り扱いをした事実はない・・・」等と主張する。
被告主張に基づけば、市に貢献した者は、たとえ市政と無関係な親族が亡くなったとしても、市民・市政の代表たる市長の弔問を受けられるのだから、やはり、門地による差別的取り扱いがされてきたというべきである。
企業は親から子へと経営者が代替わりすることが多い。そして、ほとんどの経営者は商工業団体に所属する。商工業団体に所属すれば、被告主張の「経済団体関係者」として、市民の代表たる市長からの弔問という特別待遇を受けられるとなれば、そういった経営者の一族だけが恒久的に特別待遇を受け続けられることになる。
そういう点からしても、憲法が禁止する合理的な理由のない差別的取り扱いというほかはない。
■年■月■日に、ある現役の高槻市職員が亡くなり、その通夜と葬儀が■年■月■日及び■日に催されたが、濱田剛史市長は参列しなかった。当然、市には死亡が報告されており、職場の同僚らは参列した。濱田剛史市長がこの職員の死亡を報されていないはずがない。
濱田剛史市長は、現役の市職員が亡くなったにもかかわらず、彼の葬儀には参列せず、市政とは無関係・無貢献の故A氏の葬儀には参列したのである。
被告は、経済団体関係者と友好等を図ることが本件葬儀参列の目的だったとするが、上記のとおり、葬儀の場に15分程度無言でいただけで、友好等を図ってなどいないのであるから、実際のところは、甲10~14のケースと同様、遺族及び参列者に対し、はまだ剛史が政治家として売名するためにだけ、故A氏外の葬儀に、公費を使って参列してきたものと考えざるをえない。
政治家として「はまだ剛史」を売名する目的であっても、葬儀の意味を蔑ろにし、故人を冒涜し、遺族や参列者の感情を踏みにじる行為に変わりはない。
⑷ 「⑷」について
被告は縷々主張するが、被告自身が議会で「(故人の)市政へのご貢献に鑑み、市として弔意を示すため、公務として参列」したと答弁したので(甲3)、原告は、その文言のままに、「市長が参列した葬儀等に係る故人が市へ貢献したことが分かる文書」を情報公開請求したのである(甲5)。
ところが、故A氏ら故人が市政へ貢献した事実がなかったため、そのような公文書は存在しなかった。被告の議会答弁は、虚偽だったのである。
被告の主張は開き直りも甚だしい。
故A氏は、市へ貢献しておらず、市政に関係もしておらず、単にB氏等の「親族」だけだったということは、被告答弁書で被告も認めたのであるから、被告は原告に対して、まずは虚偽答弁について謝罪すべきである。
⑸ 「⑸」について
被告は縷々主張するが、公用車の使用や市職員の勤務状況、公金の支出について、説明責任を有しているのは被告である。被告が、公用車の行き先すら説明できないのであれば、公用車を使用する資格はない。
第6 結論
以上のとおり、濱田剛史市長は、市政と無関係・無貢献の故A氏の本件葬儀に、公用車を使用し、市職員を伴って参列した。
市政と無関係・無貢献の故人の葬儀に関して、市が公金を支出する合理的な理由はないし、第1記載のとおり、水戸地裁平成22年3月2日判決(甲7)からも、親族という私的関係に基づいて、濱田剛史市長が本件葬儀に参列したことが、違法であることは明らかである。
被告は、市内経済関係者との友好・信頼関係の維持増進を図ることのみを目的として、本件葬儀に参列したとするが、市長の公務として、そのような目的で葬儀に参列することは、第2記載の葬儀の意味からして、極めて非常識・不謹慎で、むしろ逆効果であり、故人や遺族、参列者を公的に冒涜するものである。
そもそも、濱田剛史市長は、葬儀の場に15分程度無言でいただけであり、経済団体関係者と友好等を図ってなどいないのであるから、被告の主張は虚偽というほかはない。
実際のところは、「はまだ剛史」の政治家としての売名のために、故A氏やその外の故人の葬儀に、公費を使って参列してきただけであると考えざるをえない。
よって、濱田剛史市長が、本件葬儀について、公務として参列したことは、高槻市長が担っている公的な役割・職務を果たしているとは到底評価できず、濱田剛史市長が、葬儀の意義や遺族の感情を踏みにじる目的をもって、市政と無関係・無貢献の故人の本件葬儀に参列するため、市の公用車を使用した行為は、裁量権を逸脱又は濫用した違法があるといわざるをえない。
したがって、濱田剛史市長は、上記違法行為による損害について、賠償する責任を負うべきである。
以上
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高槻ご意見番 代表 北岡隆浩(高槻市議会議員)
https://x.com/kitaokatakahiro