2025/10/22
私はかつて存在した
渡辺喜美代表が設立した保守改革政党「みんなの党」初の女性地方議員(当時は江戸川区議)です。
無所属議員から助太刀致したい!と立ち上げに参戦し、飛躍的に地方区市町村議員を300人に増やした創成期に貢献させて頂きました。
当初国会議員は5人でしたが、その後第三極の草分けとして先鞭をつけた地方議員の後を追って数を二桁台へと増やしました。
一方時を同じくして後塵を拝しながら、人気絶頂期の橋下徹氏が牽引する国政維新の会が誕生します。すると、ソワソワし始める議員と渡辺代表の理念を守り続けたい議員の溝が深まって行きます。
2013年、私が初当選した都議選があり、「みんなの党」結党理念を守り抜く我々と、維新に都議を引き連れて離党したい国会議員の溝が決定的に深まり、翌年統一地方選挙があるというのに地方議員のことなぞ度外視し、忘れもせぬ2014年11月20日解党に至りました。
私はもう、地域に一番近くいて奮迅している地方議員が国会議員や国政政局に翻弄されるのは二度と御免だと翌日「地域政党自由を守る会」を唯一無二の「みんなの党」後継地域政党として設立して今日に至っております。
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私からすれば「国政維新」は親の仇。
少なからぬ「みんな党」メンバーが次の己の選挙が不安なことを隠して渡辺代表を批判して言い訳して維新へ変遷していきました。
その急先鋒だった江田憲司氏は今や立憲民主党、柿沢未途氏は逮捕され公民権を失ってます。
私は子育て真っ最中の中家庭も後回しにして結党以来身を粉にして日本初の自由主義保守改革政党に命を賭けてたからこそ、喪失感が大きすぎてセンチメンタルなことはこれまで一切言いませんでしたし、これからも言いません。
が、
ここへきて自民維新連立となって、シノゴノ言ってる元みんなの党で維新に「転向」して衆院、参院と落選した元国会議員の「みんなの党ノスタルジー」を見るにつけ苦々しいこと極まりなし。
維新が政党なんか、なくなっても良くて大阪ファーストなのは当時からわかりきってたことです。
賛同は全くしませんが
それはそれで筋が通ってます。
政党がなくなろうとも志高い個人一人でも生き残れる政治を私は実現するために、地域政党自由を守る会を作り、今年の都議選で維新都議が消滅する中で二人も議席を確保しました。
ですので、
さすがに野暮を承知であえて一度だけ言わせて頂きたい。
解党の原因となった維新に行った奴が偉そうなこと語るな!
なら維新に行くな!
維新に行った連中が
みんなの党のことを語るな‼️
そんな人間は二度と国政に戻ってはなりません。
ならぬものはならないのでございます。

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