2025/10/28

コロナ禍のとき、病院内ではどんな対応をしていたの?
皆さんの記憶にも新しいかと思いますが2019年の年末から2020年にかけて新型コロナウイルスが大流行しました。その時、私は瀬戸町にある鳴門シーガル病院で勤務していました。院内では「ゾーニング」と呼ばれる感染対策が行われ、感染が確認された方とそうでない方のエリアを厳密に分けていました。感染者の方のケアでは、防護服やマスク、フェイスシールドなどを重ねて着用し、細心の注意を払って感染を防ぎました。夏場にかぎらず、完全防備をした状態での看護は息苦しく、暑くて過酷を極めました。
当時は全国の病院で医療従事者の感染や人手不足が報道されていましたが、鳴門シーガル病院では何とか通常通りの運営を続けることができ、スタッフ一人ひとりの献身のおかげだと感謝に尽きませんでした。
コロナ禍を通して得た学び その①
未曾有のコロナ禍で得た学びはいくつもありますが、代表的なものを2つ書きたいと思います。1つ目はこうした緊急事態にこそ、人と人を繋ぐ支え合いの文化が必要不可欠だということです。当時、医療従事者やその家族が偏見や差別、いじめの対象になるという悲しいニュースもありました。
その一方で、これまでにない結束と励ましの連帯が広がったのも事実です。例えば、イギリスでは、最前線で奮闘する医療従事者やエッセンシャルワーカーを称えるために、「Clap for Carers(クラップ・フォー・ケアラーズ)」という運動が始まり、各国に広がりました。毎週木曜日の夜に市民が一斉に拍手を送るというものですが、私もSNSでその光景を見て、勇気をいただいた一人です。
前者のような分断を煽る反応の要因として、医療現場で奮闘する人々への無理解が関係していると感じています。だからこそ、看護の現場に携わった当事者として感じた課題や現状を、市民の皆さんにわかりやすく伝えていくことで、誰もが支え合える温かい地域社会を鳴門市に広げていきたいと考えています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。次回は、コロナ禍で学んだ2つ目のことについて書きたいと思います。

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ヤマシタ ヨシコ/59歳/女
ホーム>政党・政治家>山下 よしこ (ヤマシタ ヨシコ)>【医療】看護の最前線でコロナ禍と闘う