2026/5/27
川越市大字下赤坂地内に建築された建築物、いわゆるモスクについて、市が対応状況を公表しています。
市の説明によれば、当該地は市街化調整区域であり、原則として建築物の建築が制限されている区域です。そして今回の建築物については、市の許可を受けずに建築されたものとされ、市は都市計画法に基づき、撤去を最終的な目標として是正指導を行っているとのことです。
まず大前提として、国やその土地の法律・条例を守らないことは言語道断です。
これは、モスクだから、宗教施設だから、外国人に関わる話だから、という問題ではありません。
日本で暮らす以上、日本の法律を守る。
川越市で活動する以上、川越市のルールを守る。
これは当然のことです。
「知らなかった」では済まされませんし、「建ててしまえば何とかなる」という前例をつくってはいけません。市街化調整区域において、許可を受けずに建築物が建てられてしまうことを放置すれば、土地利用の秩序そのものが崩れてしまいます。
行政には、毅然とした態度でルールを守らせることを求めます。
是正計画の内容、撤去期限、履行されなかった場合の対応などについて、市民に分かる形で説明し、実効性ある対応を取っていただきたいと思います。
一方で、私はこの問題を、単純な排除の話にはしたくありません。
日本国憲法では、信教の自由が明記されています。
どの宗教を信じるか、信じないか。どのような形で心の拠り所を持つか。それは本来、最大限尊重されるべきものです。
私自身、防衛大学校の学生時代に、カタール国へ数か月間留学した経験があります。語学習得と各国士官学生との友好を目的とした留学でした。
カタールでは、アラビア語はもちろん、現地の文化も学びました。
私から見て、彼らの文化や考え方の中心にあったのは、まさしくイスラムの教えでした。
毎日決められた時間にモスクでお祈りを捧げる。
それは特別なイベントではなく、日々の生活の中にある当たり前のルーティンでした。
アラビア語の授業が途中であっても、モスクから礼拝を知らせる音が流れれば、授業はそこで終了。皆でモスクへ向かいます。
街のいたるところにモスクがあり、外出中でもふらっと立ち寄ってお祈りができる。
そうした環境が、彼らの生活の中に自然に存在していました。
日本で同じ環境をそのまま実現することは、かなり難しいと思います。
また、日本社会において、そこまで同じ形を求める必要もないと思います。
しかし、彼らが心の拠り所としているお祈りの場や、その基盤となるモスクについて、地域社会としてどう向き合うかは考えなければなりません。
ここで大切なのは、二つのことを混同しないことです。
一つは、信教の自由を尊重すること。
もう一つは、法律や条例を守ること。
この二つは対立するものではありません。
むしろ、共に暮らすためには、両方が必要です。
信仰の自由は守られるべきです。
しかし、だからといって無許可建築が許されるわけではありません。
地域の中で礼拝の場を設けたいのであれば、正規の手続きを踏み、土地利用や建築、消防、近隣説明などのルールを守ったうえで、地域との融和を図るべきです。
念のため、繰り返します。
今回のような違反建築は絶対に認められません。
「郷に入っては郷に従え」が原則です。
日本に暮らし、川越で活動するのであれば、現地のルールをしっかり守る必要があります。
そのうえで、行政や地域社会も、宗教的自由を一方的に否定するのではなく、合法的な手続きの中で、どのように共生していくかを考える姿勢が必要です。
今回の問題で問われているのは、モスクの是非そのものではありません。
問われているのは、
法律を守ること。
行政が実効性を持って対応すること。
地域住民の不安に向き合うこと。
そして、多様な文化や信仰と、ルールに基づいて共生できる社会をつくれるかどうかです。
私は、違反には毅然と対応すべきだと考えます。
同時に、信仰や文化の違いを理由に、人を排除する社会であってはならないとも考えます。
ルールを守ることと、信教の自由を守ること。
その両立こそが、これからの川越に求められている姿勢ではないでしょうか。
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トクミヤ ユウキ/32歳/男
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