2026/3/6
児童相談所の問題は、市川市民にとっても決して他人事ではありません。
中央児童相談所、市川児童相談所に一時保護された少女たちの証言には、看過できない共通点があります。
本人が否定しているのに進む対応、十分な説明のない検査、そして報道されない実態です。
児童相談所の問題は、県の話だから、市川市とは別だと切り離して済ませてよいものではありません。
とくに、中央児童相談所や市川児童相談所に一時保護された少女たちの証言を見ると、市川市民にとっても決して他人事ではないと私は考えます。
私が今回この問題を改めて取り上げるのは、『紙の爆弾』2026年4月号に、私の寄稿「子どもたちが語った『児童相談所』の人権侵害」が掲載されたからです。『紙の爆弾』2026年4月号はAmazonのKindle版でも案内されており、楽天ブックスでも紙版も販売されています。
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この問題は、なかなか大手メディアで深く報じられません。
しかし、報じられないから小さな問題なのではありません。
むしろ、報じられにくいからこそ、私は強い危機感を持っています。
だからこそ今回、私は鹿砦社の『紙の爆弾』に寄稿しました。
私は、政府、行政、スポンサーへの忖度よりも、表に出にくい問題を掘り起こす姿勢を持つ媒体だからこそ、このテーマを載せる意味があると考えています。
鹿砦社は自社サイトで、ジャニーズ問題について1990年代後半から追及してきたことを明示しています。また鹿砦社側は、BBCによる番組化の際に情報提供も行ったと自社で説明しています。少なくとも、大手が沈黙しがちだった問題に先んじて切り込んできた媒体であることは、鹿砦社自身の公開情報から確認できます。
実際、2023年のBBCドキュメンタリーはジャニー喜多川問題を国際的に可視化する大きな契機となり、その後、日本の主要放送局が過去の沈黙について異例の謝罪を行う流れにつながりました。ReutersやAPも、BBC番組を契機に日本社会の対応が大きく動いたことを報じています。

私は、児相問題でも似た構図があると感じています。
行政の説明は出る。
しかし、子ども本人の声は後ろへ押しやられる。
現場で何が行われたのかは深掘りされにくい。
その結果、「保護」の名の下で起きた人権侵害が見えにくくなるのです。
とくに私が強い危機感を持っているのは、性的虐待を受けたとされる本人がそれを否定しているにもかかわらず、十分な説明もないまま、少女にとって一生のトラウマになりかねない婦人科での検査が、事実上強制されたという点です。
ここで問うべきなのは、感情論ではありません。
制度として、それが許されるのかという問題です。
刑事事件であれば、証拠収集や強制には厳格な法的手続があります。
しかし、児童相談所の一時保護の現場では、「保護のため」という名目の下で、子ども本人の意思、説明を受ける権利、拒否の実質的な自由が極めて弱いまま扱われてしまう危険があります。
しかも今回の問題は、犯罪の立証行為として司法の統制の下で行われたものではありません。
それにもかかわらず、少女の身体と尊厳に深く関わる検査が、本人が否定しているのに、十分な説明もないまま進められたのであれば、それは本当に少女本人の利益のためだったのかが厳しく問われなければなりません。
嫌だった。
怖かった。
納得できなかった。
そもそも自分は性的暴行を受けていないと言っているのに、なぜそんなことをされるのか分からなかった。
もし少女の側にこうした感覚が残るのであれば、その不利益は極めて深刻です。
子どもの最善の利益とは、行政の判断を補強することではありません。
後から説明しやすい記録を整えることでもありません。
子どもの身体、尊厳、心の安全を守ることです。
にもかかわらず、本人の否定よりも行政側の筋書きが先に進み、その中で身体的、心理的に重い対応が進められるのであれば、それは「保護」の名を借りた制度の暴走ではないか。
私はそう問いたいのです。
しかも、一時保護は子どもを家庭から切り離す強い措置です。
学校生活は中断し、家族との接触も制限。
子どもは極めて弱い立場に置かれます。
その状況で、十分な説明も、実質的な拒否の自由も乏しいまま、少女の身体と心に深く関わる対応が進められるなら、制度として危うすぎます。
これは、一つの出来事だけの話ではありません。
千葉県の児童相談所行政が、子どもの権利保障よりも行政判断を優先する構造になっていないか。
そこが問われています。
そして、その対象には市川市の子どもや家庭も含まれます。
だから、市川市民も決して無関係ではありません。
私は政策として、少なくとも次の見直しが必要だと考えます。
第一に、一時保護下で行われる身体検査や婦人科検査について、本人への説明義務と記録化を厳格に制度化。
何のために必要なのか。
ほかの方法はないのか。
本人はどう受け止めているのか。
誰が判断したのか。
そこを曖昧にしてはなりません。
第二に、子ども本人の立場で児童相談所の判断に異議を述べられる第三者の仕組み。
児相が説明し、児相が進め、児相の記録だけが残る。
これではチェック機能として弱すぎます。
第三に、一時保護中の医療的、身体的介入について、外部検証できる仕組み。
とくに、後から深い精神的苦痛を残し得る対応は、行政内部だけで完結させるべきではありません。
私は、児童虐待対応そのものを否定しているのではありません。
本当に危険な状況にある子どもを守ることは、行政の重要な役割です。
しかし、守るという名目で、別の人権侵害を見えにくくしてはいけない。
そこを問うことこそ、政治の役割だと思います。
報道されないから問題が小さいのではありません。
むしろ、報道されないまま進んでいるからこそ危険なのです。
今回、私が『紙の爆弾』2026年4月号に寄稿したのは、その沈黙に風穴を開けるためです。
大手が触れにくい問題でも、子どもの側から見ておかしいことは、おかしいと言わなければならない。
中央児童相談所、市川児童相談所の運用は、市川市民にとっても決して他人事ではありません。
私はこれからも、個人攻撃ではなく、制度の欠陥としてこの問題を問い続けます。
『紙の爆弾』2026年4月号に掲載された私の寄稿
「子どもたちが語った『児童相談所』の人権侵害」
は、紙版でもKindle版でも読むことができます。
Kindle版はAmazon Kindle Unlimited対象です。紙版はAmazon、楽天ブックスでも取り扱いがあります。
残念ながら書店では、取り扱いが少ないので在庫が無い場合が多いですが、取り寄せも可能です。
私、「たかさん」は、市川市から、強力に、この問題を追い続けていきます。
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