選挙ドットコム

中島としかつ メッセージ

子どもたちの純真な心、美しい心。
心から楽しく生きている子どもたち。
子どもたちの美しい心を守りたい。
そのまま、真っ直ぐに、幸せな人生を送ってほしい。
子どもたちは、私たちの希望である。
希望とは、生きていく力のことである。
子どもたちの笑顔で、私たちは生かされており、
子どもたちの笑顔が、私たちが生きる目的(行先)なのである。

中島 としかつ

ナカシマ トシカツ/61歳/男

中島 としかつ

すべての活動は、子どもたちのために。 新たな選択肢。何かをやってくれる期待感

選挙 津幡町議会議員選挙 (2027/04/29) - 票
選挙区 津幡町議会議員選挙
肩書 冠婚葬祭会社の介護事業部長を退職し政治活動を開始。
党派 参政党
サイト
その他

中島としかつ 最新活動記録

ブログ

中島としかつ YouTube・ショート動画

Youtube

中島としかつ プロフィール・略歴

パーソナルデータ

生年月日 1964年06月01日
年齢 61歳
星座 ふたご座
出身地 津幡町川尻 生まれ 現在も在住 津幡町立井上小学校卒業
好きな食べ物 好き嫌いはなし。 最近は、玄米、味噌汁、魚、野菜中心。肉もたまに食べます。 長年なじみの自家焙煎のコーヒー、米粉パン、米粉ケーキを食べに行くのが楽しみです。 りんご、みかん、かき、果物が好きかな。 食べものについては、感謝の念を忘れずにと思っています。 我々は、植物、動物の命をいただいて生きています。 植物は土の中の無数の微生物といっしょに水と光と空気で生きています。私たち生命は弱肉強食ではなく、みんなで共生しています。 その循環で命をいただいています。 加工品ではなかなか分からない感覚を大事にしないといけないと思っています。
好きな本、漫画、雑誌 「留魂録」 松浦光修 「納棺夫日記」 青木新門 「恩の経営」 奥野博 「病院で死ぬということ」 山崎章郎  「宮本武蔵」 吉川英治 「孤高の人」 アラスカ物語など 新田次郎はほとんど読みました。 「道ありき」 三浦綾子 「燃えよ剣」土方歳三 司馬遼太郎はたくさん読みました。 「苺畑の午前五時」松村雄作 椎名誠、よく読みました。 「海賊とよばれた男」百田尚樹はほとんど読みました。 村上龍「愛と幻想のファシズム」など 「沈黙の艦隊」「め組の大吾」「ドカベン」

略歴

  • 北陸郵政局、石川生活協同組合、学習塾を経て、冠婚葬祭業のオークス株式会社の介護事業部に入社。
    民間救急サービス(大型自動車二種免許取得)、訪問入浴(介護福祉士)、福祉用具販売営業、住宅改修(福祉住環境コーディネーター2級)、運動型デイサービス立上げ(リハプライド)し、現場、営業、運営に26年携わる。
    富山、金沢、能登を統括する介護事業部長をやっておりましたが、やむにやまれぬ思いが押さえきれず、地元に帰って政治活動をするため、26年間のオークス(株)を10月31日付で退職。

    地元の津幡町では生徒会長、青年団長、消防団28年、兼業農家で米作もやってきました。

政治家を志したきっかけ

なぜ私が今、ここに至っているのか。

2020年の春、世の中が新型コロナで騒ぎ始めたとき、私は茶番を確信していた。
テレビでは絶対に放送されない情報を発信しているサイトを子守唄にしていたから。
しかし、事態は急速に一方的に進む。
安倍総理、菅官房長官、加藤厚労大臣も官邸で理解したはずなのになぜ。
騒動はどんどん煽られ、10月にネットでも配信された某世界会議での
パンデミックシュミレーションそっくりに進行していく。
そしてワクチンの登場。来たか。
安全には5年以上の治験が必要なのに。
2週間で変異するのに。
ショックだったのは、YouTubeの規制。
ここまでやるのか。なるほど。
怖いという直感的恐怖が身体を突き抜けた。
なぜこんな情報統制がまかり通るのか。
これは本当に現実なのだろうか。
なぜNHKや国会で情報統制を問題にしないのか。
なぜ全部の政党が全く何も言わないだ。

なぜ反対する政治家がひとりもテレビに出てこないのか。
国会議員700人以上、全国で3万人以上の政治家がいるのに。
同じことを繰り返す専門家。
対策もいっしょ。
検証もしない。
反対側の意見が出てこない。
「みんなを守るために。」という日本人の気質を逆利用。
マスメディアの煽りに、病院、事業所の同調圧力。
これは誰がどうみてもパワハラなのに。
なぜパワハラをしていると気づかないのだろう。

不思議な光景だった。
家族も、友人も、職場も分断。
恐ろしいと思った。
なぜ周りはおかしいと思わないのだろう。
なぜ簡単に人体実験に参加するのだろう。
これまでの医療、科学、論理的思考をすべて吹き飛ばした世界。
何を言っても抹殺。
話も聞いてもらえない。
いや話ができない。
一番つらかったのは、大事な大事な部下に腹を割って伝えられないこと。
部下のために、自分の部門の経営を守りたいという一心でやってきた。
会社は従業員のもの、みんなのものだった。
今でもそう思う。
大事な部下とお客様(高齢者、障碍者)に思っていることを伝えられないのは苦しかった。
そして、子どもにまで。
生後6か月にまで。
なんで。
年に何回も注射。
同じものを。
2週間で変異するのに。
30日で抗体が落ちるのに。
いったい、どこまで暴走するのか。

命より大切なものがある。

高校時代に「鎮魂戦艦大和の最後」を読んだあたりから、そうだろうと思ってきた。
心に嘘をついて、立場を守って、人と比べて自分はうまくいっていると優越感に浸って、
青春期にバブルまで体験して、
これ以上、永らえて、いったい人生は、何のためにあるのか。
恩返しもせずに。勝ち逃げは卑怯ではないのか。
先人に申し訳が立たない。
心がこんなに汚れているままでは、死ねない。

だんだんそういう思いが募ってきたとき、
お年寄りの優しい顔や子どもの無邪気な笑顔がよく飛びこんできた。
どの子どもでも愛しく思えた。
なんでこんなに無邪気で可愛いのだろう。

私は、定年後は、田んぼで自然農業に挑戦したり、
尊敬する長崎、川棚の姿勢教室、片山賢先生の教えを学び、
後世に少しでも伝えたり、
社会的農場(障害者、大人の引きこもり、子どもいろんなひとが農作業と自然で心を整えていく)に挑戦したり。
余生をイメージしてきた。

しかし、
日本の孫のために全員が政治に出るべきだと。
日本の状況は、事態は、厳しいのだと分かった。
食糧安保で、エネルギーで、医療で、防衛で、
教育で、マスメディアで、政治で、
そして経済で完全にやられているのだ。

何よりそれに気づかないように、また、気づいても諦めてしまうような意識レベルにされてしまい、心理戦で敗北している。
もう日本という国はどうにでも詰んでしまう状態。
それでも孫のためにあきらめずに。
この時点で、すでにスイッチが入っていたのだろう。

そして春、神谷宗幣氏と出会う。
富山で話を聞き、加賀プロジェクトの合宿等に延べ5日間参加することになった。
魂が共鳴してしまった。

自分は津幡町で加賀プロジェクトをやると言った。
子どもたちの教育と自然農業のコミュニティを作りたい。
スイッチは入り運命は動き出していたのだろう。

1週間後、長崎の恩師に会いに行くことになった。
これまで九州には、行ったこともなかった。
そこで、海上特攻隊「震洋」の若者のことを知った。

昭和19年、日本が攻め込まれる危ない状態のとき、日本中から数万の若者が、この無人駅に降り立った。
そしてこの穏やかな海で最後の訓練をした。
3,500余名の若者が爆弾を積んで突っ込んでいった。
ベニヤ板のボートで。
人間魚雷となって。
泣きながら、自分の業を腑に落ちて理解した。
自分はまだまだ突っ込んでいない人間だったのだ。

長崎でまた、神谷宗幣氏に会った。
「後ろを守りますよ。」と私は言った。
しかし、本当の自分は、心の中でこう思っていた。

「前線で突っ込んで行って御大将を守りたい。」
「自分らのような老党は、次の世代につなぐ役割をするべき。」
「大将を守らないといけない。」
「大将、あなたを守りたい。」

10月に高齢者向けにワクチンのデメリット情報がなどをお伝えしたいと思ったが部下にとめられた。
いつも突っ走ろうとするのを冷静に部下が、特におばさんたちが、ずばり率直に意見をしてくれて、いつも助けてくれた。
最後にまた救われた。
感謝しかない。

10月17日、会社の心の恩師である青木新門氏(納棺夫日記)のお別れ会があった。
青木氏と会社の創業者とのご縁で私はこの会社にここまでお世話になった。

そうか。
私もここでいったんお別れして次に行くということなのだ。
感謝の思いが沸いてきて、出口で見送りする社長の前で号泣してしまった。
ありがとうございました。
自然と心の底から出てきた言葉だった。

単身赴任の富山のホテルの部屋で読んでいた吉田松陰の留魂録。
「あなたはいつまで生きるつもりなのですか。」
という一説がとても腑に落ちた。

私が命の使い方などを考えたとき、
私が今、こういうことになっているのは、とても自然で、無理がない、定めのような、楽しいような、明るい、全く不安のない思いなのです。

ご意見をお聞かせください

ぜひ公式LINEに入ってください。無料です。
https://lin.ee/KPJZell

ご意見はこちらへお願いします。
nakashima.toshi.ouendan@gmail.com

中島としかつ 活動実績

参政党の春の参院選で、ポスター貼り、ポストイン、辻立ち等経験する。

中島としかつ 政策・メッセージ

政策メッセージ

重点政策

1.子どもに一番優しい町
・近隣自治体に負けない子育て支援、若者定住政策、住民サービス
・教育の町への挑戦。星稜大学等との連携。スポーツと若者の教育で歩む町
・自分で考え、行動し、仲間を作り、未来を切り開く力をつける教育
・探求型学習をしている学校への教職員等の研修
・フリースクール、社会的農場(ソーシャルファーム)など、枠にはまらない人、障害者、不登校、引きこもりの方に自然と農業で身体と心を整える場を作りたい。
・地元生産者が作った米飯給食、安全な給食、食育の推進 
・副読本にて、経済の本質、金融、資産形成を子どもに教育
・スポーツ、武道に親しむ強く明るく優しく礼儀正しい子どもたち

2.食糧安全保障をにらんだ地産地消で農家と町民をつなぐ
 地元の農業生産者を準公務員として採用し、地元町民の食糧を確保するくらいの担い手対策に挑戦する。

3.移住者の受け入れ促進
 都会の若者に来てもらい一緒に町作りを推進

私の姿勢

1.津幡町の行政職員、政治関係者に感謝と敬意を表し、政治と行政を全力で学び、日本一の政治行政のプロフェッショナルになります。同時に、住民と政治行政とのパイプ役になります。

2.津幡町と日本と世界の最新の状況を学び、勉強会を行い、政治と私たちの生活をつなぎます。

3.特に農業の諸問題(担い手等)と子どもたちの教育は、喫緊かつ重要な課題として取り組みます。

4.日本人の心(誠実、弱いものを助ける、卑怯なことをしない、自然を愛す等)を引き継ぎ、日本の自然と社会と子どもたちを守り、世界とも調和していくために全力を尽くします。


住民の皆様へのメッセージ

地域の一人一人に政治と行政を知ってもらうことです。決して、無関係ではいられないからです。小さな町も国政や世界政治につながっています。町のことも県も国も世界もつながっています。

私たち一人一人が津幡町民であり、日本なのです。つながっているのです。いっしょに学び、勉強し、考え、話し合い、行動し、意見をまとめてみる。そういう草の根の活動を全員でやりましょう。子どもたちのために。

まずは自分の生まれ育った故郷で政治活動を開始します。しがらみなく思いっきり知らせる活動ができる幸せを感じています。

食育、給食、教育の見直し、農業、自然栽培、地産地消のコミュニティ、防災、地域起業等、世界と地域の歴史から現在までのことを勉強会をし、仲間を増やし、いろんなコミュニティをつなぎ、そして、若い人たちを発掘し、つないでいくのが私の役割と感じています。

政治は目的ではなく単なる手段です。行先は子どもたちの笑顔。
どうか宜しくご指導のほどお願い致します。

お知らせPDF

これまでの得票状況


SNSタイムライン

SNS情報

ホーム政党・政治家中島としかつ (ナカシマトシカツ )

icon_arrow_b_whiteicon_arrow_r_whiteicon_arrow_t_whiteicon_calender_grayicon_email_blueicon_fbicon_fb_whiteicon_googleicon_google_whiteicon_homeicon_homepageicon_lineicon_loginicon_login2icon_password_blueicon_posticon_rankingicon_searchicon_searchicon_searchicon_searchicon_staricon_twitter_whiteicon_youtubeicon_postcode