2025/8/16
私の曽祖母の兄 酒徳喜作は、出撃を控えた特攻隊員を受け入れる「攻空寮(せくうりょう)」を営んでいました。
去る8月13日、私は当選後はじめて先祖の地伊勢に入り、その娘 岡出とよ子さんに会ってきました。
攻空寮に特攻隊員が滞在したのは、とよ子さんが5歳のとき。
そのとよ子さんの心に残ったのは、前線に向かう特攻隊員を激励する酒宴において、毎晩のように、一人ひとりの名を呼び、湧いた喊声の迫力。そして、特攻隊員が寮を去る際に「とよ子ちゃん」と言って抱きしめられたときの痛みでした。
とよ子さんは、幾年を経てから、そのときの特攻隊員の心はなんだったのか、自問するようになったと言います。
この度、とよ子さんの記憶とともに、隊員の辞世の句の短冊の複製と、冊子『特攻兵士 魂の叫び 特攻兵士と暮らした五歳の私』を託していただきました。
ある時代の心や記憶は、決して一筋縄で説明できるものでありません。
まず、敬意をもって心や記憶を複雑のままに受け止めること。そして、深く洞察し、教訓を得ること。これらが、今を生きる私たちに課せられた務めであると痛く感じました。
辞世の句や攻空寮の物語は前掲の冊子に収められています。
橋本事務所に備え付けておりますので、ご関心のある方はぜひお越しください。(幹彦)

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