2025/1/29
こんにちは、江東区議会議員の松澤あいりです。
本日、えこっくる江東で「ゴミ戦争」含む江東区のゴミについての勉強会に参加しました。

江東区とゴミ問題は深い関わりがあり、さかのぼること1655年、幕府が町触を出し、各町が共同してごみを集めて船に積み永代浦に捨てたことから本区の埋め立ての歴史が始まったそうです。
記憶に新しいのは、1971年9月28日の都議会定例会での「ゴミ戦争」宣言です。
当時、他区から多くのゴミ収集車が江東区に押し寄せ、夢の島や若洲に次々とゴミを捨てていきました。ゴミで埋め立てられた土地は、ハエが発生し、異臭もあり、大変だったそうです。そこでゴミ戦争宣言がされるわけですが、自区内処理と迷惑負担公平の原則を求めるものでした。
それに対し、都はゴミの処分は発生地域で処理することを原則としたそうですが、そうは言っても埋め立てる土地がない地域や処分場を作ることのできない地域は不可能です。また、都は江東区内に入る車両を減らそうと、途中で大きなトラックに積み替えることを実行しようとしたのですが、一部上手くいかない地域もあり、思うようには進まなかったそうです。
その後、各区でも清掃工場を稼働させつつ、各区の負担の公平性をお金によって調整する取り組みがなされています。当初、江東区は2億円近くの調整金があったそうですが、その後に見直され、令和7年度調整額の算定結果は約1億759万2千円となっています。
しかし、江東区には、大規模の清掃工場だけでなく、不燃ごみ処理センターや埋立処分場、粗大ごみ粉砕処理施設などがあります。それらは金額には含まれていないとのことで、まだ不公平感が残る現実があります。
生活していると必ずゴミは出ます。焼却して最後に残った灰は、何かに再利用するか捨てなければなりません。焼却できないものは埋め立てなければなりません。ゴミと生活は密接な関係があり、遠い将来、完全にすべてがリサイクルできる社会にならない限り、この問題は続きます。
勉強会の最後に担当課長が言われておりましたが、江東区はごみの分別や減量を率先して行ってきました。これからもそれらを意識しつつ、江東区だけでなく東京全体で意識して実行していくことが大切だと感じます。

帰り際、えこっくる江東を見学しました。江東区のこどもたちは小学校の授業の一環でこちらに学びに来るそうです。
お読みいただきありがとうございます。

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