2023/8/8
6年ぶりに生まれ故郷の宮城県仙台市に帰らせていただきました。
6年前はまだガードレールが津波の影響で曲がったところがあり、復興半ばに感じましたが、今回は新しいまちができていると感じました。
3.11当時、陸の孤島となった荒浜小学校は残され、開放されています。
隣の名取市閖上にも復興伝承館や新たな観光地もできていました。
しかし現地で最愛の御家族や御親族、御友人を失われた方々のお気持ちを思うと、哀惜の念に堪えませんでした。
改めて、その場所で心よりご冥福をお祈りしました。
津波被害の場所まで車で五分少々の所に住んでいる祖母や伯母は、6年前に私が震災のことを知りたいと話をした際、津波動画を直視することも躊躇っているように思ったことを覚えています。
その時は、それ以上話題にはできませんでした。
しかし、今回は伯母から各所に行ってみないかと提案があり、足を運び、祖母や伯母から当時のことを直接聞きました。
新しいまちができてきたことで、少しずつ震災のことを受け入れ、悲しみを持ちつつも気持ちが未来に向かうようになってきたことが窺えました。
当時伯母は空港付近で働いており、車は液状化してしまった駐車場に放置せざるおえなくなり、先輩の車で逃げ切ることができました。あと数十分避難が遅ければ津波にのまれて間に合いませんでした。
また、荒浜小学校では『日頃から備えたほうが良いと感じることは後回しにせず準備おくと必ず有事の際に備えになる』と荒浜小学校の当時の先生が仰っていたことや、当時の生徒が『想像を超える災害はいつ起こるかわからない。日頃から家族や友達を大切にしたい』と話されていることが心に残りました。
それから、家族が帰ってくるかもと家に留まった方が亡くなられたケースもありました。予め家族で話をしておくことで家族の行動を信じて避難することも本当に大切だと思いました。
実践していきたいと思います。
仙台駅周辺は四年ぶりの七夕まつり、仙台育英高校の応援、仙台三越90周年をパルコなど近くの施設がお祝いするなど、賑わいがありました。
(余談:副鼻腔炎がなかなか治らず、病院へ行きます🙇オンラインで各所やりとりし、仕事をしていきます。)








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