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秋丸健一郎 メッセージ

出陣式

秋丸 健一郎

アキマル ケンイチロウ/49歳/男

秋丸 健一郎

上ではなく、前に立つ。 つなぐ、とどく、かがやく。 『シン』・キリシマ

選挙 霧島市長選挙 (2021/11/07) 7,809 票
選挙区 霧島市
肩書 元霧島市職員
党派 無所属
その他
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秋丸健一郎 プロフィール・略歴

パーソナルデータ

生年月日 1973年01月15日
年齢 49歳
星座 やぎ座
出身地 霧島市隼人町神宮 隼人町郷土史に「明治維新当時鹿児島神社旧社家他」として四十七家の中に曽祖父(休太郎)の名が祝太夫としてあります。 祖父、篤は上小川小校長のほか、宮内小、富隈小、牧園小で教鞭をとり、父、五郎は一級建築士で昭和50年代頭まで宮内で設計事務所をしていました。 現在は国分新町に母、妻、子(中3、小2)、猫4匹、犬1匹と住んでいます。猫は全て拾い猫。犬は隼人町小田の鹿児島県動物愛護センターの譲渡会で家族になりました。
好きな本、漫画、雑誌 【趣味】バンド活動、サッカー観戦(鹿児島ユナイテッドFC)【好きな本】「道は開ける」 D・カーネギー、「マネジメント[エッセンシャル版] 」 ピーター・F・ドラッカー、「ソーシャルワーカー: 「身近」を革命する人たち」 井手英策、「危険な思想家」呉智英、「[新訳]南洲翁遺訓 西郷隆盛が遺した「敬天愛人」の教え」松浦 光修、「スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション」 カーマイン・ガロ【好きな漫画】GIANT KILLING、アオアシ、Q.E.D.、BLUE GIANT【好きな音楽】Rainbow、Deep Purple、Whitesnake、Gary Moore、Thin Lizzy、UFO、MSG、King Crimson、EL&P、U.K.、It Bites、Peter Gabriel、Sting、Queen、Dead End、Anthem、Loudness

略歴

  • 昭和54年3月 宮内幼稚園卒園 
    昭和60年3月 鹿児島市立大龍小学校卒業 
    昭和63年3月 ラ・サール中学校卒業
    平成3年3月 ラ・サール高校卒業 
    平成9年3月 鹿児島大学法文学部法学科卒業

    平成10年4月 旧国分市役所入庁。 
    令和3年3月 霧島市役所退職

    資格等
    経済産業省 初級システムアドミニストレータ試験 合格

政治家を志したきっかけ

市役所での23年間、前例踏襲を嫌い、自分で積極的に仕事を前に進めてきました。

歳を重ねるにつれ、自分のスキルも上がり、できることは増えてきましたが、やっぱり限界は感じていましたし、自分の関わらない分野を見て、もっとうまく進められるはずなのに、というジレンマがありました。

コロナ禍で社会全体が大きく変わっていく中、行政のギアを入れ替えないと、霧島市はせっかくのポテンシャルがありながら、取り残されてしまうだろうと思い、他の誰かが声をあげるのを待つより、自分で声を上げていこうと決断しました。

ご意見をお聞かせください

応援メッセージや市政に関する皆様のご意見、その他を以下のフォームより受け付けております。遠慮なく、お便りください。

秋丸本人が確認し、1週間以内には返信致します。しばらくお待ちくださいませ。

秋丸健一郎 活動実績

在職中の主な業務成果

平成15年 パワーリハビリテーション事業の企画(国分いきいき交流センターにて実施)

平成16年〜17年 合併協議会の税務分科会取りまとめ。税条例等作成。
平成19年 霧島市統合型GISの導入
平成20年 合併後の固定資産税土地評価の統一業務の総括

平成23年 発達障害に関する相談窓口として、こども発達サポートセンターの立ち上げ
平成23年 児童虐待相談対応のため保健福祉情報共有システム企画・構築
平成23年〜28年 公立保育園の民営化の推進

平成29年 高齢者・介護相談の窓口である地域包括支援センターの人員体制強化
平成29年 地域互助の取り組みである生活支援体制整備事業の事業総括、地域のひろば推進事業の立ち上げ

平成30年 障害者の相談窓口である基幹相談支援センターの立ち上げ
令和元年 成年後見相談窓口である、成年後見センターの運営支援
令和元年 包括的相談体制窓口として、生活困窮、児童虐待、学校からの児童に関する相談、高齢者に関する相談、の4課にまたがっていた相談窓口を統合する、こども・くらし相談センターの企画立案

秋丸健一郎 政策・メッセージ

政策メッセージ

つなぐ、とどく、かがやく。
『シン』・キリシマ

<ふるさとを「つなぐ」。 子供を『伸』ばす保育・教育>

天孫降臨より脈々と次の世代へつないできた霧島の地。
このふるさとを。子や孫に引き継いでいくためには、今いる子供、今から生まれる子供たちを、人を郷土を愛するように、地域の財産として育てていくことが大事です。
子供の力を伸ばすためには、どのような体験・学びをさせるかが重要であり、多様な保育・教育が提供されるよう、現場支援を行います。


<すみずみまで「とどく」。 『心』によりそう保健・福祉>

広い霧島市。
住みなれた地域で住み続けられるように、保健・福祉は一人も見逃さない取り組みが必要です。
与えるという発想ではなく、「補う・支える」。
そして、健康寿命を延伸しながら生活の質も向上させ、助けを訴える人だけでなく、「助けて」を言えない人、我慢している人、一人一人の心に寄り添う保健福祉をとどけていきます。


<「つなげて」活かす。 『芯』の強い地域経済 >

農林水産業、観光業、製造業、サービス業等をしっかり連動させる。
作って、加工して、店に出す。いわゆる六次産業化や地域内の企業間取引の活性化、地元企業が必要とする人材を地元の教育機関で育成、自然や温泉とセットになったリモートワークやコワーキングスペース等、霧島市に既にある人と資源をつなげて、新しいビジネスチャンスを作り出し、地域経済を力強いものとします。


<「つないで」『深』める。 支え合う地域の絆>

コロナ禍で人と人が直接会う機会が制限されたことで「人と会いたい、話したい」、その思いにあらためて気づかされました。
自助・互助・公助と言われますが、核家族化・共働き化で互助が弱っていく中、互助がになっていた部分を自助にばかり押し付けるのではなく、新しい公助の形を示しつつ、人と人をつないでいく。
互助の復興に向けた地域の取り組みを支えます。


<声が「とどく」。 前に『進』む、動く行政>

「職員に親切に教えて貰った」等の声を聞く一方、「話が途中で止まった」「市役所は動かない」等と言われるのは何故でしょう。
問題は、職員が現場で受け止めた市民の思いがとどかない組織の体制にあります。情報共有の不足、意思決定のプロセスや責任の所在の曖昧さ、組織・人員配置のバランスの悪さ等々。
「前例が無い」は「断る理由」ではなく「チャレンジするチャンス」と考える組織に作り替えます。

住民の皆様へのメッセージ

二十三年間勤務した市役所を三月に退職しました。

「ふるさとのために働くことで給料が貰える。こんな素晴らしい仕事は無い」。 十九年ぶりに帰ってきた、あの日の喜びを今も覚えています。

すべての仕事において、「何に基づいて何のためにするのか」を、自分に、そして周囲 に問い続け、時には担当の枠をはみ出し、煙たがられることも臆せずに走ってきました。 前例を踏襲することを良しとせず、あらゆる業務でこれまで以上の仕事をしたいと言 う想いは、自分の物事に取り組む基本姿勢として昇華されました。

市役所生活の大半を過ごしたのは、保健・福祉部門と税部門でした。どちらも市民の 生活に密接する窓口職場。私は、訪れる市民一人ひとりの悩み、困りごとを聴き、その 方の普段の生活に思いを巡らせ、問題解決のため、努力してきました。

一方で、市政全体に目を向けると、市民の課題や願い、本当に必要なものに、「自分 であれば、もっとうまく向き合えるのに。もっと速く、もっと大胆に進められるのに」 と、歯がゆい思いをしてきました。 うぬぼれ、と言われるかも知れませんが、コロナ禍をきっかけとして生活、経済、社 会全体が大きく変わりつつある今、市政はギアを入れ替えて変わらなければ、霧島市 本当に取り残されてしまう...強い危機感を感じているのは、私だけではありません。

自分に問いました。誰かがやってくれるのを待っていていいのか。定年後の六十代で は時代とズレているのではないか。上の世代とも下の世代ともつながれる四十代の今で は無いだろうか。 後ろ盾もなく、子供たちの学校もまだこれからと言うところで安定した身分を辞める、 難しい決断でした。しかし、最後には「自分の力を、もっと霧島市のために活かしたい」 という、自らの内なる情熱が勝ちました。

現在、妻、子と一緒に母も同居しています。 私が物心ついた頃からずっと、父は心の病に苦しんで、思うように仕事ができません でした。母が父の代わりに働いてくれたおかげで、私は良い教育環境で学ぶことができ ましたが、それ以外の生活は決して恵まれてはいませんでした。父は、私が市役所に入っ て三年目に入院し、十年前に亡くなるまで、ずっと入院生活でした。 一人息子の私が市役所に勤めることで、母には心配をかけずに暮らしてもらうことが できていました。でも、母は今回の私の挑戦を認めてくれました。 「自分の生活の安定よりも大事なことなんでしょう」 亡き父の心まで背負った、やさしく強い母の愛と受け止めています。

天孫降臨から脈々と歴史をつなぐ霧島市をしっかりと子や孫に引き継いでいきたい。

特定の誰かのための政治ではなく、みんなのための政治。

生きがいを、幸せを感じながら、活発に活動し、自己実現できる。
もっと優しい、もっとワクワクする霧島市。

そこに住む一人でも多くの市民の夢が叶うこと、それが私の夢です。

その実現に向けて進みます。力をお貸しください。

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