2025/3/12
(以下は2025年3月11日22:03のXのポストです)
【注:こちらは鳩山紀一郎個人の「財政」に関する論説です。】
今の日本では、国民民主党が「(所得税の)基礎控除等の拡大」についての議論を主導したこともあり、財政に関する議論が活発になっています。
私は「積極財政(による需要の拡大)」を掲げていますが、国民生活を十分に豊かにしていくためには「生産性向上(による供給の拡大)」も必要です。
もちろん、積極財政が生産性向上につながる部分もありますが、それだけでは不十分で、生産性向上を最大化するためには、社会経済システムの合理化(シンプル化も含む)が必要なのです。
その観点では、今の日本で「財政再建必要論者(財政破綻を懸念していることが原因で、積極財政に批判的な人々)」と「積極財政万能論者(とにかく積極財政だけを実行すれば、日本は良くなると主張している人々)」の間で激しい対立が起きていて、建設的な議論ができていないという状況は、本当に必要な政策が議論すらされず、実現できないという意味で、非常に深刻と言えます。
「基礎控除等の拡大」についても、有権者の方々からは、「ぜひ実現してほしい」という支援の声だけでなく、「日本の財政は酷い状況なのだから減税などしてはいけないのではないか」という批判の声もいただいておりました。
そこで、本論説では、そのような批判の声にお答えすることも含めて、私が最も論理的に正しいと考えている「日本の財政に関する整理」を述べたいと思います。
なお、本論説の執筆にあたっては、私の政策顧問である長島令和氏にもご協力いただきました。
「基礎控除等の拡大」についての基本的整理
まず、本格的な議論に入る前に、「基礎控除等の拡大」について、「①政策的意義」と「②財政的な実行可能性」の2点から整理します。
まず、「①政策的意義」については、最も重要なのは「生活保障」です。
今の日本の生活保障のルールやシステムを前提にする場合、働くことができない方々に対する生活保護の平均支給金額がたとえば月13~15万円程度であれば、労働者に対して月13~15万円程度、つまり年150~180万円程度の所得控除(=税金がかからない収入)を一律に設定することは、基本的に公正かつ合理的と言えます。
そのような意味では、たとえば直近の与党案のような、細かい所得制限を設けるような方法では、税制がムダに複雑で非合理的になってしまい、それは国民にとって「制度としてわかりにくい」や「納税の事務コストが増える」という明確なデメリットがあります。(なお、私はそもそも今の日本の生活保障のルールやシステムは、全体として公正性や合理性に乏しいと考えているため、それについては少しずつ発信していきます。)
また、基礎控除等の一律の拡大は、低中所得者だけに限らず、インフレに苦しむ幅広い国民の手取りを増やすため、景気の活性化にもつながります。
ただ、ここからが重要です。
上記のような「①政策的意義」を踏まえても、「基礎控除等の拡大」について批判の声があるのは、「日本の財政は酷い状況なのだから減税など不可能だ」という見解に基づくものと考えられます。
これが「②財政的な実行可能性」の問題です。
しかし結論として、私は、「基礎控除等の150~180万円程度への一律拡大」は財政的に十分に実行可能であると考えています。
それは、以下の論理に基づいています。
これらを一つずつ説明していきます。
今の日本の場合、財政で回避すべきなのは「過度なインフレと円安」である
まず大前提として、「日本の財政は酷い状況なのだから減税などしてはいけない」という主張は、以下のような基本認識に基づいているはずです。
これこそが「財政再建必要論者」の基本認識ですが、これは基本的に間違っているのです。
それは、今の日本国債は「自国通貨建てのみである」および「個人や外国人の保有量が少ない」という条件を満たしているからです。
まず、今の日本国債は自国通貨建てのみであり、政府は中央銀行である日銀から柔軟に日本円を調達できるため、国債を返済できないことは基本的にあり得ません。
ただ、それでも、個人や外国人の保有量が多い場合は、個人や外国人が一定のインフレや円安のリスクを懸念して国債を売却し始めることで国債金利が上昇する時に、政府が日銀から大量の日本円を調達して国債を返済してしまうと(または日銀が国債を大量に買入れてしまうと)、個人や外国人のバランスシートの資産側において、大量の「国債」が大量の「預金(日本円)」に切り替わり、個人や外国人がその大量の日本円で一気に実物や外国通貨を買おうとすれば、それが激しいインフレや円安を引き起こすリスクがあります。
しかし、今の日本国債は、個人や外国人の保有量が少ない(全体の約10%強[紀鳩1] [紀鳩2] )ため、その問題はありません。
なお、民間で国債を主に保有している銀行・保険会社・年金基金などは、バランスシートの資産側で「国債」が「日銀当座預金や預金(日本円)」に切り替わっても、負債側(たとえば銀行の場合は顧客の預金)のほとんどが日本円ベースであるため、大量の日本円で一気に実物や外国通貨を買おうとすることはあり得ません(そんなことをしてしまったら、顧客に負債を返済できなくなるから)。
そして、これは多くの財政再建必要論者が認識していない客観的事実ですが、銀行などが国債を引き受けると、社会全体として日銀当座預金(≒マネタリーベース)や預金(≒マネーストック)は一旦減るものの、政府がその分の財政支出を実行すれば、マネタリーベースは元通りになるし、マネーストックはむしろ増えます(後述)。
つまり、銀行などが資金不足で国債を買えなくなるということはなく、一定の金利収入を得られる限り、国債を引き受けるインセンティブはあるのです。
以上をすべてまとめると、上記の「財政再建必要論者」の基本認識は間違っているという結論になります。
つまり、財政赤字が続くことも、その結果として、国債発行残高が増え続けることも、それ自体は問題ではありません。
言い換えれば、財政赤字はできるだけ減らしていくことを目的化する必要はないのです。
しかし、ここからが非常に重要です。
ここまでの議論は、「日本の財政に制約はない」ということをまったく意味していません。
結論として、政府は財政において、「過度なインフレと円安」を回避しなければなりません。
財政赤字(国債発行に基づく財政支出)は、マネーストック(国民のお金)の増加に直結します。
これは客観的事実なのですが、有識者も含めて、多くの人々が見落としてきたことであり、だからこそ今までの日本では、「高齢化で国民が貯蓄を切り崩していけば、いずれ国債を消化できなくなる」という誤解も根強くありました。
実際には、高齢世代が貯蓄を切り崩しても、そのお金は「高齢世代に財やサービスを供給した人々(主には現役世代)」に支払われるため、それによってお金が減ることはないし、先述のように、むしろ財政赤字によって社会全体としてのお金(≒マネーストック)は増えるため、国債を消化できなくなるということはありません。
しかし問題は、まさに「財政赤字がマネーストックの増加に直結すること」なのです。
お金が増えるということは、もちろん個人にとっては嬉しいことですが、社会全体にとっては必ずしも良いことばかりではありません。
それは、マネーストックの増加は、明らかにインフレと円安の圧力につながるからです。
そもそも、インフレとは「日本円の価値が財やサービスの価値に対して下がること」であり、円安とは「日本円の価値が外国通貨の価値に対して下がること」です。
つまり、インフレと円安は、どちらも「日本円の価値が下がること」を意味しています。
世の中のすべての物は、数や量が多ければ多いほど、価値は下がりやすくなります。
それと同じように、財政赤字によって日本円のマネーストックが増えれば、日本円の価値も下がりやすくなる、つまりインフレと円安の圧力が大きくなります。
ただ、ここで注意すべきは、たとえ財政赤字によってインフレと円安の圧力が大きくなるとしても、それによってインフレや円安が必ず起きるとは限らないということです。
実際に、2010年代までの日本は、対GDP比で世界最大水準の財政赤字を計上し続けて、常に「財政が破綻寸前だ」と言われてきた中でも、インフレと円安が起きていなかったどころか、むしろ低インフレ(デフレも含む)と円高に苦しんできました。
要するに、実体経済や金融市場という「複雑系」の中では、「財政赤字はマネーストックの増加に直結して、インフレと円安の圧力につながる」という客観的事実も、無数にある因果関係の一つにすぎないのです。
過度なインフレを回避することは、過度な円安を回避することにもつながる
では、過度なインフレと円安は、どのように回避すべきなのか?
これは「短期」と「中長期」で分けて議論する必要がありますが、ここでは「短期」について述べることにします(「中長期」については後述)。
まず、「過度なインフレ」を回避するためには、一定の適切な金融政策を前提として、「財政赤字を急激に増やしすぎないこと」が必要です。
これは当然の話で、財政赤字を急激に増やしてしまうと、マネーストックが急激に増加する(国民の購買力が急激に上がる)ため、過度なインフレを引き起こすリスクがあります。
問題は、「過度な円安」の方です。
為替レートは、巨大な金融市場において、無数の投資家の思惑によって決まっているのであり、短期でも非常に大きく変動することがあります。
政府には、過度な円安に対応するための手段として、為替介入もありますが、これは現実的にはほとんど効果がないということは、多くの投資家の共通見解でしょう。
実際に、直近の日本で、数十年ぶりの実質円安が起きてきた(日本と他国のインフレ差を踏まえれば、名目レートは本来、円高になりやすい(後述の購買力平価説の論理)はずなのに、現実にはかなりの円安になっている)中で、政府は何度か為替介入を行ってきましたが、有意な効果があったとは到底言えません。
特に、たとえば円安ドル高を是正するためには、政府は大量のドルを売却する必要がありますが、政府が保有しているドル(外貨準備)には限りがあるため、介入の規模をそれほど大きくすることはできません(なお、円高ドル安を是正したい場合には、自国通貨である日本円を売却するため、介入の規模をそれなりに大きくすることができます)。
つまり、残念ながら、過度な円安を短期で確実に回避する方法はないのです。
では、どうするのか?
ここで重要なのは、インフレと円安は密接な関係にあるということです。
先述のように、インフレと円安はどちらも「日本円の価値が下がること」を意味していますが、それと同時に、「インフレは円安につながり、円安はインフレにつながる」という構造もあります。
まず、「インフレは円安につながる」というのは、たとえば以下の例で理解することができます。
時点①:アメリカではハンバーガー1個=1ドル、日本ではハンバーガー1個=100円
時点②:アメリカではハンバーガー1個=1ドル、日本ではハンバーガー1個=200円
つまり、日本でインフレが起きた場合、ハンバーガー1個の価格を基準にすれば、為替レートは円安になる(たとえば「1ドル=100円」から「1ドル=200円」に変わる)ということです。
これは、為替レートの決定理論の一つである「購買力平価説」の考え方であり、少なくとも論理的には正しいと言えます(もちろん、実際の為替レートは無数の要因で決まっている)。
そして、「円安はインフレにつながる」というのは当然の話で、円安で輸入物価が上昇することはインフレの圧力につながり、日本国民が外国から財やサービスを買うのが難しくなってしまいます(海外旅行も含めて)。
つまり、インフレと円安は密接な関係にあるとともに、過度な円安を短期で確実に回避する方法がない中では、政府は過度なインフレを回避することで、過度な円安をできるだけ回避すべきということになります。
簡易的な試算では、「基礎控除等の150~180万円程度への一律拡大」を実行しても、5年後の物価の上振れは0.4%程度に留まる(過度なインフレは回避できる)
さて、ここまでの議論をすべて踏まえれば、「基礎控除等の150~180万円程度への一律拡大」が財政的に実行可能であるかどうかは、基本的には「それによってインフレのリスクがどれくらい増えるか」に依存しているということになります。
そこで、私は以下のリンクに示されている内閣府の「経済財政モデル(2018年度版)」に基づき、簡易的な試算をしてみることにしました。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/econome.html
このモデルを用いると、様々な政策が日本経済に与える影響を分析できるのですが、内閣府はそれを「主要乗数表」にまとめています。
この中で、「④個人所得税について名目GDPの1%相当を増税し、そのGDP対比で見た税収の水準を継続させる場合」では、「5年後の消費者物価」の乗数は「-0.27」とされています。
これは、「所得税を1%程度増税すると、5年後の消費者物価は0.27%程度低くなる」という想定を意味しています。
なお、本試算では、「基礎控除等の拡大」は所得税減税(マイナス増税)にあたるため、この乗数の符号を変える(-を+に変える)必要があります。
ここで、「基礎控除等の150~180万円程度への一律拡大」は、「7~8兆円の所得税減税」であると仮定します。
すると、「7~8兆円の所得税減税」の「名目GDP」に対する比率は、やはり内閣府が示している2024年の名目GDP(年率、以下のリンク)である約609兆円を用いれば、1.1~1.3%となります(7÷609≒1.1%、8÷609≒1.3%)。
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html
そして、この1.1~1.3%を、先ほどの乗数である0.27に乗じると、「5年後の消費者物価は0.3~0.4%程度高くなる」という試算結果になります(1.1×0.27≒0.30%、1.3×0.27≒0.35%)。
つまり、あくまで簡易的な試算ですが、「基礎控除等の150~180万円程度への一律拡大」を実行しても、5年後の物価の上振れは0.4%程度に留まる(過度なインフレは回避できる)ということなのです。
それならば、社会全体としての生産性向上(つまりは経済成長)を実現して、名目賃金を十分に増やすことで、実質賃金をプラスにすることも十分に可能でしょう。
ちなみに、今の日本では、たとえば減税について「財源」を問う声も非常に多いですが、そもそも「財源」は杓子定規な概念であることに注意すべきです。
たとえば、政府が新たに1兆円の財政支出を実行する時に、その財源として「1兆円の増税」や「1兆円の財政支出削減」を示すということは、説明として、まったく十分ではありません。
それは、政府が短期で回避すべきなのは過度なインフレである中で、「1兆円の増税」や「1兆円の財政支出削減」という説明だけでは、「インフレのリスクがどれくらい増えるか」を明確にできていないからです。
「1兆円の増税」や「1兆円の財政支出削減」は、その具体的内容によって、インフレへの影響は大きく変わってきます。
たとえば、同じ「1兆円の増税」でも、「1%の富裕層に対する1兆円の増税」と「すべての国民に対する1兆円の増税」では、後者の方が明らかに、インフレを抑える効果が強いと言えます。
また、たとえば、同じ「1兆円の財政支出削減」でも、「特定企業に対する1兆円の補助金の廃止」と「すべての国民に対する1兆円の給付金の廃止」では、やはり後者の方が明らかに、インフレを抑える効果が強いのです。
つまり、過度なインフレを回避することが目的である以上、本来的に問われるべきなのは、「財源」ではなく、「インフレのリスクがどれくらい増えるか」や「そのリスクをどのように抑えられるのか」だということです。
私はその問いに答えるべく、上記の簡易的な試算を実施いたしました。
ただし、中長期の観点では、やはり「力強い経済成長を成し遂げること」が重要である
最後に、「過度なインフレと円安はどのように回避すべきなのか?」について、「中長期」の観点で、極めて重要なポイントを述べたいと思います。
たとえば、直近の日本で数十年ぶりの実質円安が起きてきた背景には、何があるのか?
それを最も論理的に説明してくれる経済指標は、「マーシャルのk」というものです。
この「マーシャルのk」は、「マネーストック÷GDP」で計算される数値(倍率)であり、「対GDP比でマネーストックがどれくらい多いか」を表しています。
今の日本の「マーシャルのk」は2倍超であり、たとえば同じ先進国であるアメリカの1倍未満や、ユーロ圏の1倍超を、はるかに上回っています。
つまり、日本は他国と比較して、対GDP比でマネーストックが非常に多いのであり、その理由はもちろん、「財政赤字を計上し続けてマネーストックが増え続けてきたのに、経済成長が弱かったことが原因でGDPはあまり大きくないから」ということに尽きます。
これは言い換えれば、「日本円の量は多いのに、日本円で供給されている財やサービスの量は少ない」ということであり、結果的にインフレや円安のリスクが大きくなる(日本円の価値が下がりやすい)のは当然なのです。
もちろん、円安については「海外から消費や投資を呼び込み、産業競争力を取り戻すチャンスだ」という見方もあり、それは正しいのですが、あくまで一面的な見方にすぎません。
実際には、先述のように、円安は輸入物価の上昇を通じてインフレの圧力につながり、外国から財やサービスを買うのが難しくなる(海外旅行も含めて)という観点で、それは国民の貧困リスクを意味しています。
そして、海外から消費や投資を呼び込むということも、見方を変えれば、「日本の会社が外国人によって安く買い叩かれる」や「日本の労働者が外国人によって安く(都合よく)働かされる」という解釈にもなります。
つまり、「円安はチャンスなのだ」という単純な主張は、たとえば「テストで90点を取った人よりも、20点を取った人の方が、伸びしろが大きい」という主張と同じくらい、おかしいのです。
確かに、90点よりも20点の方が、伸びしろは大きい。
しかし当然、全体的に考えれば、90点の方が良いに決まっているのであり、たとえば90点の人は、20点の人と比較して、これから他の勉強や趣味、睡眠などに、より多くの時間を割けるはずです。
それと同じように、たとえば円高であれば、日本国民は強い日本円によって、生活に必要な財やサービスを外国から安く手に入れながら、国内外で成長産業に投資することもできるはずです。
要するに、一部の人々が主張している「日本にとって、円高は害悪でしかなく、円安は利益でしかない」という考え方は、明らかに間違っているのです。
いずれにせよ、日本は元々他国と比較して「マーシャルのk」が非常に高く、潜在的なインフレや円安のリスクが大きかった中で、世界的なインフレの流れに巻き込まれて、インフレ目標を超えるインフレが起きたことも一つの大きなきっかけになり、数十年ぶりの実質円安が起きた。
このような理解が最も論理的だと言えるでしょう。
そして、これを踏まえれば、たとえば日本の財政について一般的に言われている、「将来世代にツケを残してはいけない」という主張に対しても、適切に反論することができます。
まず、「ツケを残してはいけない」というのは、「借金返済の負担を押しつけるべきではない」という意味ですが、これはそもそも、国債についての認識として正しくないと考えられます。
先述のように、財政赤字が続くことも、その結果として国債発行残高が増え続けることも、過度なインフレと円安を回避できる限りにおいては、問題になりません。
そして、財政赤字はマネーストックの増加に直結するため、いずれ国債が消化されなくなるということもありません。
しかし、それは「今の財政赤字(やそれによる国債発行)は将来世代と無関係である」ということを意味していません。
先述のように、数十年ぶりの実質円安の背景には、「日本はマーシャルのkが高い(対GDP比でマネーストックが非常に多い)」という状況があり、その理由は「財政赤字を計上し続けてマネーストックが増え続けてきたのに、経済成長が弱かったことが原因でGDPはあまり大きくないから」ということに尽きます。
これは明らかに「負の遺産」であり、「将来世代の負担」であると言えるでしょう。
つまり、今の日本の場合、財政に関わる「将来世代の負担」というものは、国債発行残高ではなく、「マーシャルのkの高さ(対GDP比でのマネーストックの多さ)」であり、それが潜在的なインフレや円安のリスク、ひいては国民の貧困リスクにつながってしまうのです。
そして、この「マーシャルのkの高さ」という問題を解決するためには、長期的な視点とアプローチが必要だと考えられます。
たとえば、「マーシャルのk」を低くするために、分子であるマネーストックを減らすべく、大規模な増税を実行すれば、大不況が起き、多くの国民の生活が破綻してしまうリスクがありますし、そもそも大不況が原因でGDPが縮小してしまえば、結果的に、むしろ「マーシャルのk」はさらに高くなってしまうかもしれません。
そうだとすれば、私たちに与えられた合理的な選択肢は一つだけであり、それは「マーシャルのk」の分母であるGDPを大きくすること、つまり「(財政も含めた合理的な政策によって)力強い経済成長を成し遂げること」であるはずです。
だからこそ、私は先日のポストで「今の日本には、経済成長のために、『積極財政に基づく需要の拡大』と『生産性向上に基づく供給の拡大』の両方が必要だ」と主張したのです。
そして、その観点では、「積極財政万能論者」の「とにかく今の日本に必要なのは積極財政だけだ」という主張も誤りだと言えます。
もちろん、「積極財政も生産性向上につながる(需要の拡大には、潜在的な供給を引き出す効果がある)」というのは事実です。
しかし、それは「生産性向上は積極財政でしか実現できない」や「生産性向上は積極財政で実現できる範囲のみ実現すればいい」という主張を正当化するものではありません。
積極財政だけをどんどん実行していけば、それによる生産性向上の効果は次第に薄れていき、「過度なインフレと円安」のリスクだけが膨らんでしまいます。
今の日本は、積極財政を大前提として、社会経済システムの合理化(シンプル化も含む)などによって、生産性向上も実現していけば、国民生活を最大限に豊かにできるはずなのです。
政治家にはそれを主導する責任があります。
では、これからの日本が積極財政を前提として、力強い生産性向上、ひいては力強い経済成長を成し遂げていくためには、何が必要なのか?
それについては詳細かつ包括的な議論が必要であるため、本論説では割愛いたしますが、私は国会議員として、責任をもって、その政策論議を主導していきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
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