2023/3/8
2023.3.7
令和5年3月吉野川市議会定例会一般質問 最終日 私の市議としての最後の質問です。
「徳島病院の存続について」
「徳島病院存続に向けて市長の決意は」
只今、議長より登壇の機会をいただきましたので、これより質問をさせていた だきます。
徳島病院の存続について (1)徳島病院存続に向けて市長の決意は
私は、令和元年10月の吉野川市長選挙と同時に行われた市議会議員補 欠選挙に立候補し、これまで2期、3年余り、議員として活動をさせて頂 きました。
原井市長とは、まさに同じ時期にスタート台に立ち、吉野川市の行政を 「市長は理事者」、「私は議員」という立場でご一緒させて頂いたわけでご ざいます。
私たちが就任した当時の吉野川市は、市町村合併の総仕上げということ で、合併特例債と基金を主な財源とした大型プロジェクト事業である市民 プラザの建設がほぼ終了し、一方で、財政の弾力性を表すと言われている 経常収支比率は、毎年90パーセントを超え続けており、財調、減債基金 が大幅に減少するなど、厳しい財政運営を強いられる状況となっておりま した。
そうした時期に、原井市長は市政のかじ取り役となり、就任1年後の令 和2年11月にはいち早く「財政危機突破に向けた宣言」を行い、強いリ ーダーシップのもとに、令和3年度、4年度と身の丈に合った予算編成を 行いました。また、「一円一縁を大切に」をスローガンに、職員が一丸とな って懸命に行財政改革に取り組んだ結果、今議会開会日の市長所信の中で 述べられたように、「財政危機突破」の見通しがつき、今後は、持続可能な 吉野川市の行政運営を続けていくとのことでありました。
我々としても一安心ではありますが、やはり市の発展につながる事業に は、ここぞとばかり大胆に、思い切った予算を使うことも大切であると思 いますので、どうかメリハリを付けた予算の執行を切に望むところであり ます。
さて、私は、今議会が市議会議員としての最後の登壇となります。これ まで本会議、また常任委員会においては一度も欠かすことなく、すべての 機会に質問をさせて頂きました。
このことは、議員としての自信にも大きく繋がったものと自負いたして おります。これまで私の議員活動を支えてくださいました支援者の皆様を はじめ、会派、同僚議員各位に、改めてこの場をお借りし、深く感謝を申 し上げます。大変ありがとうございました。
私の市議会議員としての活動は、正確には3年4か月と、本当に短い期 間ではありましたが、これまでに1,500件を超える市民の皆さんから のご意見、ご要望をお聞かせ頂きました。
そして今日まで市民の代弁者となり、その声を、市役所をはじめ、国や 県などへ届けさせて頂き、その結果、道路の舗装や改良工事をはじめ、ご みステーションの設置など、市民生活にとって身近な課題を中心に一定の 成果を残すことができました。この間、原井市長をはじめ、職員の皆様方 には真摯にご対応を頂き、深く感謝を申し上げます。厳しい財政状況の中、 道半ばの案件も数多く残されてはおりますが、必ずや実現していただける ものと期待いたしております。
少し前置きが長くなりましたが、それでは質問に移らせて頂きます。今 回も、市政の課題について、いろいろと質問を考えておりましたが、最後 の登壇ということで、私の議員活動としての1丁目1番地とも言える行政 課題1点に絞って質問をさせて頂きます。
私事ではありますが、38年余り地方公務員として、鴨島町役場、合併 後は吉野川市役所に勤務し、平成27年に市役所を退職して以来、農業を 中心にのんびりとした生活を過ごしておりました。それまで政治には、あ まり興味はありませんでしたが、私が議員としての道を歩み始めるキッカ ケとなったのが、今から5年前の「徳島病院の移転統合の問題」です。
少し、これまでの出来事を振り返ってみますと、皆様もご承知のとおり、 独立行政法人国立病院機構徳島病院は、四国唯一の筋ジストロフィー専門
病棟があり、政策医療である筋・神経疾患の四国の基幹医療施設として、 四国のみならず中国、関西地方の人からも期待されている病院であり、徳 島県の難病診療分野別拠点病院にも指定されております。
また、今後の発生により大きな被害が想定される南海トラフ巨大地震や、 近年の豪雨災害などに見られるような自然災害の発生時において、必要不 可欠な徳島県災害医療支援病院としても位置づけられた重要な役割を担う 病院で、私たち吉野川市民はもとより、多くの人々にとって安心・安全を 支えてくれる大切な病院です。
その病院が平成30年2月に突如、新聞報道等により徳島病院を閉鎖し、 東徳島医療センターに機能移転の上、平成34年度、今で言う令和4年度 をめどに統合するとの内容が公表されたのです。
これに対して、当時の市長と議長、そして吉野川市選出の原井県議らは、 上京の上、国立病院機構本部・理事長に病院存続の要望書を提出し、また、 吉野川市議会でも全会一致で存続の意見書を可決の上、厚生労働大臣と国 立病院機構理事長に提出し、徳島病院の存続を求めました。
その後7月には、私を含む地元有志らを中心に「徳島病院を守る会」を 結成し、徳島病院の存続を求めるための活動に取り組み、最終的には5万 7,337名の署名を集めることができました。さらに守る会では、県内 24全ての市町村議会に働きかけ、徳島病院の存続を求める意見書の採択 等を実現しました。
また、県知事、県議会議長にも病院存続の要望を行い、県議会において は全会一致により徳島病院の存続を求める決議が可決され、その後、県内 の市長会、町村長会、市議会議長会、町村議会議長会においても徳島病院 存続の要望書をそれぞれ採択し、徳島病院の存続を求めました。
その結果、令和元年8月には、徳島病院長名で、「東徳島医療センター及 び当院が抱える課題を克服し、その医療機能を将来にわたって継続してい くため、最適な方法について引き続き検討しているところです。検討の結 果、具体的な事項を決定した際には、改めてお知らせいたします。引き続 き皆様の診療には最善の努力を続けてまいりますので、どうぞご理解とご協力をお願いいたします。」との周知がなされたところであります。
こうした動きを踏まえ、地元と徳島病院が一体となって病院が存続し続 けられる環境を整えようと、私たちはサポーターズクラブを結成し、徳島 病院周辺の清掃活動を定期的に行うなど、今も、その取組みを進めており ます。
しかしながら、昨年3月、徳島病院は、地元への説明のないまま、今あ る300の病床数を令和4年、5年度の2年間で計64床減らして236 床とする病床機能再編計画を県へ提出しました。
この計画も事前に私たち地元への説明なしに進められたため、再び移転 統合が動き出すのではないかとの不安の声があがり、吉野川市とも連携す る中で、県の采配で、地元への説明会が複数回持たれ、話し合いの結果、 徳島病院の病院長からは「存続」の言葉はでなかったものの、「病院事業を 今後とも継続して頑張っていく」との回答を頂いたところであります。
これまで、全国各地で国立病院機構が進めてきた病院の統廃合はすべて 計画どおり進められています。徳島病院のように、住民の意見を踏まえ、 5年間もの長きにわたり計画がストップしている案件はありません。先の 病床機能再編計画も、ある意味、病院を残していく上での選択であると受 け止めることができます。
こうしたことから、今がまさに、病院存続に向けた勝負どころかと思わ れます。徳島病院は、80年近く国立病院として、鴨島町の自然に恵まれ た環境に設立され、信頼できる医師やスタッフ、そして医療設備が整った 病院として、地域住民や市民にとって安心・安全を守ってくれる、慣れ親 しんだ病院であります。また一方では、重要な雇用の場と食料や物品の納 入などの経済面においてもなくてはならない病院となっております。
さらには、徳島県立鴨島支援学校の存続にも関わる大切な病院です。
そこで、市民の命と暮らしを守る責任ある立場にある原井市長にお伺い いたします。
今後、徳島病院の存続に向けて、市として、どのような姿勢で臨んでいくのか、改めてその決意をお聞かせください。よろしくお願いします。
市長答弁
市長の心こもった決意をお聞かせ頂き、安心いたしました。私は今議会 を最後に、市議会議員を辞することとなりますが、徳島病院が吉野川市の 地にいつまでも存続し続けられるよう、これからも誠心誠意取り組んで参 る所存であります。
また、今の飯泉県政下においては、吉野川市を起点とし、石井町を流れ る飯尾川の改修には、目を向けて頂けませんでした。この課題も、私のラ イフワークとして、今後とも、全身全霊をささげて取り組んで参ります。
これで、私の質問は終わりとなりますが、私たちの生活を一変させた新 型コロナウィルス、その対応も大きく見直されようとしております。どうか、コロナの終息を見据え、原井市長を中心に、吉野川市が今以上に元気 になり、市民の皆さんにとって、より一層暮らしやすい素晴らしい町へと 発展いたしますことをご祈念申し上げまして、私の質問を終わらせて頂き ます。
ご清聴ありがとうございました。

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