選挙ドットコム

中村 和弘

ナカムラ カズヒロ/54歳/男

中村 和弘

日本の未来を担う子供たちの目が輝き続けるために。        日本が日本であり日本人が日本人であるために。

選挙 相模原市議会議員選挙 (2019/03/29) 1,162 票
選挙区 相模原市南区
肩書・その他 日本第一党・幹事局・幹事長 / 日本第一党 公認候補予定者
党派 日本第一党
サイト

「中村 和弘」をご支援いただける方は、是非個人献金をお願い申し上げます。
みなさまの役に立てるよう、日々の活動に大切に活用させていただきます。※選挙ドットコム会員登録(無料)が必要です

献金ボタンこの政治家に献金する

中村和弘 最新活動情報

ブログ

ギャラリー

Youtube

SNS情報

中村和弘 プロフィール・略歴

パーソナルデータ

生年月日 1966年07月05日
年齢 54歳
星座 かに座
出身地 日本鉱業に努める祖父が岡山県倉敷市に在住をしていた関係から倉敷で生まれました。その後、東京で1年間暮らし2歳の時に相模原市南区東大沼に住む事となりました。

政治家を志したきっかけ

戦後教育そしてWGIPなどにより自虐史観を植えつけられ自信を失った日本、左傾化してしまった日本の中で夢と誇りを取り戻したい。日本が日本であり日本人が日本人であり続ける、未来を担う子供たちの目が輝き続ける、そんな日本を取り戻したいと決断をし政治家を志しました。

中村和弘 活動実績

日本第一党が結党以来の党員です。八王子での岡村幹夫日本第一党東京本部長の都議会銀選挙時にて選挙対策本部長を経験し、その後、設立をされました日本第一党・神奈川県本部の本部長に桜井誠党首の推薦により就任を致しました。暗中模索の中での日本第一党・神奈川県本部の船出ではございましたが多くの党員そして支持者に支えられ数々の行政交渉そして神奈川県各所での街頭演説会を成功させて参りました。まだまだ、発展途上の日本第一党ではございますが戦後最大の危機を迎えている日本を国民の手に取り戻すため頑張ってゆく所存でございます。ジャパンファーストの掛け声のもと政権与党となるべく邁進して参ります。

中村和弘 政策・メッセージ

政策メッセージ

厚生労働省の国民生活基礎調査によると、日本は米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国でありながら、日本は「貧困率」の高い国のひとつとして知られ17歳以下の子供を対象とした場合7人に1人が貧困にあえぎ、母と子のひとり親世帯では半数以上が貧困に苦しんでいます。

厚生労働省の「国民生活基礎調査」として公表されている。日本の貧困率の最新値は15.6%です。この貧困率の高さを国際的に見ると米国(16.8%、2015年、資料)に次いでG7中ワースト2位。さらに、ひとり親世帯ではOECD加盟国35カ国中ワースト1位になっております。

何故、世界第3位の経済大国である日本で貧困率が高いのでしょうか?

貧困率は、年間122万円未満の可処分所得しかない世帯を相対的貧困層、その割合が貧困率といいますが年間122万円といえば、月額にして10万円少々となり、その生活は苦しいものといわざるを得ません。実は20年前は今よりも52万円高い金額が基準でした。この様に20年前と比べ52万円(月々4万3000円)下がったという事は日本が経済成長していない事の証拠となり政府、政治の責任であるといえるものです。

日本の貧困の大きな原因として全労働者の38%を占める非正規雇用、ワーキングプアと呼ばれる労働環境の悪さが背景にあります。特にシングルマザーに関しては母親がどんなに優秀であったとしても働く機会を均等に与えず57%が非正規雇用という事が現実です。同じく非正規雇用者の増加で40代の平均所得はここ20年で1割減少しており、厚生労働省の「厚生労働白書」や総務省統計局の「全国消費実態調査」などを総合すると、所得の減少傾向は深刻の一途です。

また、GDPに占める教育機関への公的支援の割合は、OECD加盟国33カ国中日本がワースト2位となっており。貧困にあえぐ子どもに対する政府支援が十分でないことを証明しております。そして最後のセーフティネットとも言われる生活保護も緊縮財政という方針から十分に機能しておりません。

母子世帯の生活保護制度による生活扶助費は、家族構成や地域によっても異なりますが月額13万~14万円程度となっており貧困層のひとり親世帯よりも多くなっております。しかし現実には、なかなか生活保護が受けられない仕組みになっており実際に受給をするには難しい状況です。

また、現在の政府与党の方針として消費税率は上昇してゆきますが、貧困層にとっては逆進性の高い間接税などは、とても高い税負担となります。これは所得の再分配を前提とした累進税制にシフトする事が必要です。
貧困問題は、結局のところ政府の国民に対する責任の放棄であり、新自由主義による格差社会そして弱者の切り捨てです。

繰り返しとなりますが政府は緊縮財政を改め国民の生命を守る手厚い社会福祉制度、格差の少ない一億総中流といわれた国民の大威多数が豊かだった時代を目指す必要があります。

そして、日本人を貧困化させ治安を著しく乱す外国人移民政策に反対、日本を貶める国民の富を奪い続けるグローバリズムと戦います。

中村かずひろは、国民の貧困問題に光を当て、貧困問題を抜本的に解決する事を目指します。

住民の皆様へのメッセージ

皆さま、日本第一党の中村かずひろです。

私は2歳の時に相模原市に越してきて以来、大沼小学校、そして大野南中学校と相模原で育てられました。
他の政治家の方の様なきらびやかな経歴などはございませんが、相模原に対する郷土愛は負けていないと思います。

小学生、中学生の時代は一生懸命に柔道をやっておりました。
残念ながら、とても強かったなどと自慢をするには至りませんが、同じ仲間と汗を流したことは良き思い出です。

その後、神奈川県立相武台高校に進みましたが1年で中退し、16歳で一人フィリピンに渡りブレントインターナショナルスクール、バギオ大学付属高校そしてフィリピン経済大学(PSBA)と約7年間の学生生活をフィリピンで過ごしました。

私がフィリピンで過ごしていた時の忘れられない経験は、世界で初めてTV中継をされた革命といわれるピープル・パワー革命です。
これは絶対的支配者といわれていたマルコス大統領の独裁政権を倒し、アキノ大統領の民主政権を実現した民衆運動です。

もちろんこれにはフィリピン軍改革派将校のクーデターや米国政府の関与など複雑な要因はありますが、開発独裁を終わらせ大量の市民が街頭に出る事で非暴力により政変を起こす民主革命の先駆となった事も事実です。

その後は結婚、3人の子宝に恵まれましたが帰国後も海外で仕事をしたいという気持ちも強く、日本での勤務を経て米国領で仕事をしておりました。

父親の認知症の悪化、そして介護疲れの母親の交通事故などがあり日本へ帰国する事となりましたが、その後は強く政治に関心を持つこととなり自身の道を模索しておりました。

先ずはこれからの高齢化社会を迎える日本にとって大きな問題となる介護を自ら経験しようと介護職員初任者研修、実務者研修を終了し認知症対応型グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅にそれぞれ1年ずつ勤務を致しました。思えば常に家業にての仕事や起業をしていた私にとって、初めての就職でした。

その後は最後に子供に残せる事業をと不動産業を長男と開業致しました。

決して順風満帆な人生ではなく失敗の多い人生でした。
私のプロフィールなどは決して人に自慢を出来るものではありません。

しかし、多くの国民の皆さまの苦しみが分かるようには成長を致しました。どんな失敗をしたとしても人生は終わりではありません。必ずやり直しがききます。

そんな普通の人にとって何度でもチャレンジができる、何度でもやり直しができる、そういった方々を手助け応援できる政治が必要と思います。

これまでの得票状況

ホーム政党・政治家中村和弘 (ナカムラカズヒロ )

icon_arrow_b_whiteicon_arrow_r_whiteicon_arrow_t_whiteicon_calender_grayicon_email_blueicon_fbicon_fb_whiteicon_googleicon_google_whiteicon_homeicon_homepageicon_lineicon_loginicon_login2icon_password_blueicon_posticon_rankingicon_searchicon_searchicon_searchicon_searchicon_staricon_twitter_whiteicon_youtube