2023/5/13
城端曳山祭りで巡行するのは、善徳寺を中心とする南北約1kmで豪華な曳山と庵唄がゆったりと優雅に城端の町を練り歩きますが、その善徳寺で意見交換会の場の時間を頂きましたが中に入るのは初めてです。
城端別院善徳寺は、真宗大谷派に属し、室町時代に本願寺第8代蓮如上人が現在の石川県と富山県の県境にある加賀国河北郡井家の庄、砂子坂に創建され、江戸時代には加賀藩擁護のもと、越中の触頭役(頭寺)を勤め隆盛し、時には加賀藩主の子を住職として迎えることもあった様です。
又450年前に城端の智に寺基を移されて以来、一度も火災に遇ってないこともあり、山門・本堂・太鼓楼・鐘楼の4つが県の文化財に、又加賀藩から伝わる法宝物などが県指定になり、他にも古文書など約1万点以上の寺宝を所有してるとのことです。
今回、大納言の間をご案内頂きました。
城端別院の中で最も古く500年以上前のものではないかと云う説も…
過去には加賀藩2 代目藩主前田利長公が鷹狩の際この部屋に宿泊されたという古文書の記録が残っており、別院各所には牡丹や菊等の釘隠しが見られました。
また大納言の間にはウサギの形の釘隠しが使われてました。このウサギ型は前田家が江戸中期から後期にかけてよく使用したものであることから加賀藩の援助で修復が行われた可能性があるとのことでした。
さて、今回の交流会では、富山県城端地区と金沢市とのご縁と繋がりを感じさせて頂く良い交流となりました。
公民館の開館40周年の記念事業として飛ばした500個の手紙風船が偶然にも城端に届き、そして昭和63年10月に伊東喜治さんにより拾われました。
そのことがご縁で始まった額公民館と城端地区との交流です。
当時は、ビーチバレーや少年野球大会、ゲートボール、文化祭の農産物販売と続いてきた交流ですが、コロナ禍により途絶えることに・・・・・
折角、長く続いてきた交流を途絶えさせるのは先人や諸先輩方に申し訳ないとの想いで、南砺市議会との会議で協力を求める意見を述べさせて頂きました。
今回、ご尽力頂きました古軸副議長さんに感謝を申し上げると共に、今後も末永く城端地区の方とのご縁を大切に交流を続けて行きたいと思います。
意見交換会には風船を拾われた伊藤さんの息子さんが会場にお越し頂きました。
当時の額公民館の小寺館長の息子さんも副館長として参加されていました。
時代を経てそれぞれの関係者の息子さんが対面する良い機会でもありました。
この様なご縁を我々が引継ぎそしてバトンを次の世代へと渡して行かなければならないと思います。
次回の交流は額地区の番です。
しっかりとおもてなしの精神と感謝の気持ちで取り組んで行きたいと思います。
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