令和6年度 天祖神社御祭礼
2024/9/17
イケダ ユウイチ/48歳/男
としまの底力! 私が生まれ育った街「豊島区」。その豊島区が、「いつまでも元気な街であり続けたい」という熱い思いをもち、東京都と豊島区をつなぐ「縁の下の力持ち」となるべく活動して参りたいと思います。
選挙 | 豊島区議会議員選挙 (2023/04/23) [当選] 3,684 票 |
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選挙区 | 豊島区議会議員選挙 |
肩書 | 豊島区議会議員・第77代豊島区議会議長・豊島区国民健康保険運営協議会委員・豊島区ラグビー協会会長・巣鴨地蔵通り商店街振興組合副理事長・巣鴨四丁目サービス会会長・巣鴨四丁目協和睦会長・すがも太鼓組鼓友副会長・東京都宅建政治連盟豊島支部顧問・東京商工会議所豊島支部青年部第3代幹事長 |
党派 | 自由民主党 |
その他 | |
サイト |
2024/9/17
2024/8/15
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2024/6/28
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2024/5/28
2024/5/28
生年月日 | 1976年08月21日 |
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年齢 | 48歳 |
星座 | しし座 |
出身地 | 巣鴨地蔵通り商店街にて創業70年の不動産屋の3代目です。私の生い立ちから現在までをご紹介させていただきます。 1976年8月 豊島区巣鴨において、建設会社に勤める父 池田 尚弘 と 巣鴨地蔵通りの不動産屋 石井商事の次女 母 池田 則子 との間に長男として生まれました。 |
好きな食べ物 | 鶏の唐揚げです。友人知人は、私が大の「唐揚げ好き」と知っておりますので、私が頼まなくても注文してくれるぐらい好きです。 |
好きな本、漫画、雑誌 | 特にありません。 |
父が過去に豊島区議会議員をしておりました。病気をして引退となりました。私自身は当時はその気もありませんでしたので2期8年間は空白期間が続きましたが、地域の方々より「おまえしかいない」というお言葉をいただき決意しました。
平成29年10月~令和4年10月 豊島区国民健康保険運営協議会 会長
令和元年5月~令和2年5月 豊島区議会 総務委員会 委員長
令和2年5月~令和3年4月 自由民主党豊島区議団 幹事長
令和2年5月~令和3年5月 豊島区議会 議会運営委員会 委員長
令和3年5月~令和4年4月 豊島区議会 総務委員会 委員長
令和4年3月~令和5年4月 自由民主党豊島区議団副幹事長
令和5年5月~令和6年5月 第77代豊島区議会 議長
令和5年11月~ 豊島区国民健康保険運営協議会 会長
令和6年5月~ 豊島区議会 副都心開発調査特別委員会委員長
平成27年の豊島区議会議員選挙において2858票をいただき第3位で当選させていただきました。
平成27年豊島区議会 第3回定例会 一般質問に初登壇し、当選前から訴えてきた防災面からの「無電柱化の推進」と地域商店街の賑わい創出「巣鴨地域文化創造館(通称:中山道待夢)のトイレ改修」について取り上げ、巣鴨地蔵通りの無電柱化の推進と中山道待夢の改修工事を実現しました。
平成28年1月に心肺停止状態の方に対してCPR(心肺蘇生法)を商店街の方と共同で行い、無事に救急隊員に引渡しました。ご本人は社会復帰されるまでに回復する経験からAED設置の重要性と救命講習修了者の増加が必要と考えました。
平成28年豊島区議会第2回定例会の一般質問において「24時間利用可能なAEDの設置」と「救命講習修了者の登録」について取り上げ、平成29年度より24時間利用可能なAEDの設置を3か年計画ではありますが実現しました。
平成29年豊島区議会第3回定例会の一般質問において、軽度の難聴の放置から認知症が進行するという話より「軽度難聴者補聴器購入費用助成事業」について取り上げ、平成30年度より予算化されました。
平成31年の豊島区議会議員選挙において、2130票をいただき2期連続当選。
令和元年 第2回定例会の一般質問においてスマートホン対応の「手続きガイド」について提言し、令和2年度より「保育の手続きガイド」として運用開始されております。
令和2年 第2回定例会の一般質問において、コロナの影響で疲弊した商店街対策としてプレミアム付商品券事業を提言し、令和3年度よりプレミアム付地域商品券事業が始まりました。
令和3年 第1回定例会の予算特別委員会において豊島区東側地域の学校改築について旧朝日中学校を仮校舎地として活用することを提言し、令和4年2月策定の「豊島区学校施設等長寿命化計画」において旧朝日中学校を仮校舎地とする方針につなげることが出来ました。
同じく令和3年 第1回定例会の予算特別委員会において、区民ひろば清和と巣鴨第一保育園の老朽化、建替えについて、旧保健福祉部分庁舎跡地を活用して整備することを提言し、令和4年6月に報告された区民ひろば清和複合施設の改築方針へとつなげることが出来ました。
令和3年第4回定例会の一般質問において、地域の防災リーダーとなりうる「防災士」の資格取得にかかる費用について区として補助することを提言し、令和4年度より事業化されました。
令和5年の豊島区議会議員選挙において3684票をいただき、第一位にて当選させていただきました。
生まれ育った街「豊島区」。その豊島区が、「いつも元気な街であり続けたい」という熱い思いを持ち「縁の下の力持ち」となるべく活動してまいりたいと思います。
<安心安全な街づくり>
無電柱化を推進!障害のある方も暮らしやすい安心安全な街づくり!
<一人でも多くの方が助かる社会に>
AEDと救命アプリの更なる普及を行い突然の心停止でお亡くなりなる方が一人でも多く助かる豊島へ!
<高齢者支援・子育て支援>
認知症対策を推進!すべての豊島の子どもたちが健やかに暮らせる街に!
<商店街の活性化>
街の核となる地域のお店や商店街がもっと元気になるような街づくりを行います。商店街の中枢で活動していた私には、活路を見いだせるヒントを探し当てることが出来ます。
AED24時間化、救命アプリの普及などを行ってきましたが、そこには平成28年1月に私自身が救命行為を行った結果、見えてきた課題があったからであります。万一、心停止で倒れられた方がいた時に“AEDが取り出せなくて助けられなかった”そんなことは、あってはならないのです。救急車が来るまで10分以上もかかると言われている東京で救急車を待っていては突然の心停止になった方は助からない。では救急車が来る間に助けを呼ぶことは出来ないのか。そうした思いから、私は議会でも提言し、一歩一歩着実に進めてきました。
AEDの24時間化や救命アプリというもの一つ一つは小さな課題かもしれない。今すぐ関係のあるものではないかもしれない。しかしながら一つ一つの小さな課題解決を行っていくことにより安心安全な街「としま」という大きなテーマの解決につながっていくものと私は思います。
生まれ育った豊島区。その豊島区が、いつまでも住み続けたい街となるように一歩一歩ずつ着実に、区民の皆様方と共に課題を乗り越えていきたい。そしてそれを豊島区の夢と将来につなげていきたい。私は、そう思います。