1985年生まれの私は、ほぼ不景気しか知らない世代です。物心ついた頃に微かにバブルの空気に触れただけで、小学校に上がるころにはバブルは崩壊していました。子どもなので細かなことは分かりませんでしたが、外食の機会や、親が飲み会に出かける頻度が減ったのは何となく覚えています。以後、高校、大学、就職と進む中で、「失われた〇〇年」の数字だけが大きくなっていきました。
「私は」と前置きしましたが、今年40歳の私よりも若い世代は尚の事でしょう。生産年齢人口(15-64歳)の半分が停滞した経済しか知らない社会というのは、なかなか正常とは言い難いと感じます。
様々な分析がされてはいますが、バブル崩壊とほぼ時を同じくした旧東側諸国・社会主義圏の崩壊も、現在の正常ならぬ社会の一因になっているのではないかと考えています。
最後は内側から崩れたことから見ても、旧東側諸国・社会主義圏に多くの問題があったことは間違いありません。ただ、日本を含む資本主義国にとって、外側に社会主義国という存在があることで、一定の節度を持たざるを得なかったことも事実です。
労働条件も社会保障も、あまりに劣悪だと国民の不満が高まって社会主義運動に発展する可能性があります。そうさせないためのガス抜きとして、労働条件や社会保障をある程度充実させてきたという節は否定できないのではないでしょうか。
それが、旧東側諸国・社会主義圏の崩壊で、資本主義は唯一の体制となり、もはやガス抜きも必要なくなりました。社会主義国という外圧があったために一定の節度を持たざるを得なかった資本主義も、いよいよタガが外れて、労働条件も社会保障も悪化しました。
「資本主義に景気循環は付き物とは言え、節度を失わなければこれ程の長期不況には陥らなかったのではないか?社会主義というライバルとの競争に晒されていれば、もっと早く回復することもあったのではないか?」
大学2年のころには、そんなことを思うようになっていました(随分前の事なので、若干記憶違いが有るかもしれませんが)。ちょうど初めての投票権を得て、その選挙が郵政選挙という市場を重視する風潮の中で行われたことも影響したかもしれません。
当時、大学では経営学を専攻しており、「市場経済を通じ、学生の力で社会問題を解決しよう」といった趣旨の学生グループにも一時在籍していました。
しかし、格差にしても環境にしても食品ロスと飢餓の併存にしても、いずれも市場が生み出している問題であり、その問題を市場で解決するという点に大いなる矛盾を感じました。市場への忌避感から、選考の経営学にそっぽを向き、経済体制が主たる関心事となっていました。反面で、後に社会主義政党に身を置くこととなるものの、この時点では社会主義に懐疑的な思いも強くありました。
「資本主義は格差の拡大が起きるし、企業は利益優先、公共は歳出削減優先、それに伴って環境破壊も起きる。他方、社会主義は殆どの国が崩壊した事実から見ても問題が多そうだ。今現在の資本主義でもない、ソ連の様な社会主義でもない、第3の主義を作れないか・・・?」こんな事を経営学の授業のレポートに書いたこともあります(もちろん単位は落としました)。
自分の中で一定の結論として、「人類の長い歴史の中で資本主義、社会主義という制度が生み出されたのだから、全く0から『第3の主義』を模索するのは現実的でない。既存の制度に修正を加えていくのが現実的だ。資本主義に対する修正は現在進行形で様々試みられている。今後も試行錯誤が繰り返されるだろう。しかし、社会主義はソ連・東欧の崩壊で失敗した制度と認識され、あまり修正が試みられていない。平等などの理念自体は悪くないのだから、手付かずの社会主義をベースとした制度を模索しよう。」という着地点を見出しました。
それから20年近くが経過しました。未だ、第3の主義≒新しい社会主義の輪郭を描けないまま、今日に至っています。節度を失った資本主義(新自由主義)の弊害は明らかでありながら、それに変わる体制を示せない事に忸怩たる思いを抱かざるを得ません。
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20年も前の事を引っ張り出して自分語りをしましたが、思い立ったようにこんなことを書き始めたのは、真逆の立場ともいえる新自由主義のど真ん中にいた人たちが、「やはり今の経済はおかしい」という趣旨で執筆された書物が目に付くようになったためです。
もちろん疑問に思う点も無いわけではありませんが、共感できる部分も多々あります。小難しい理論でなく、現実の問題からの切り口で書かれており、特に思想信条を強く持たない中間的な層にも受け入れられるであろうと思える平易な表現が印象的です。
何より、外からの批判ではなく、内からの問題提起という点が実に興味深く、意義深いと感じます。こうした人々が一部の例外的な存在なのか、それとも氷山の一角なのか分かりませんが、行き詰まりの中で、私にはある種の希望に感じられます。