2026/3/30
日本共産党市会議員団として、3月28日憲法学習会の後に、折尾地区総合整備事業を視察しました。
折尾地区は古くから石炭輸送の要衝として栄え、鉄道により我が国の産業の近代化に貢献してきました。隣接する遠賀・中間地域を含めた行政の中心地として、北部九州有数の学園都市として発展してきましたが、鉄道による市街地の分断、踏切による交通渋滞、道路などの基盤整備の遅れ、学園都市の玄関口として商業・業務・文化施設などの不足、古くからの密集市街地の存在したいたため、折尾地区総合整備事業として、①連続立体交差②土地区画整理事業③街路事業で、莫大な予算をかけて整備を行ってきた。
確かに、鹿児島本線・筑豊本線・福北ゆたか線の3つの鉄道は素晴らしくなった。しかし、現在、マンションの建設も進んでいますが、再開発で家が撤去され現在は、更地になっていました。この更地に新たに住居ができる予定ですが、東日本大震災の際のように一面が更地になっており、どのような街に繁忙するのか想像できませんでした。
明治期の鉄道近代化遺産「なじりまんぽ」は、全国的にもめずらしいアーチ形のレンガはレンガを斜めに積む方法にはおどろいた。駅舎の後にも鉄道の跡やガラスで保存していましたがあまり実感は沸いてきません。オリオンテラスには、写真集も展示されていましたができればキチンの展示してあげればいいと感じました。






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