2025/6/18
町川ジュンコ 無所属立候補までの経緯

私は2009年から政治に関わり始めました。さまざまな課題に向き合う中で、私が特に真剣に考えるようになったのは少子化問題でした。どうすれば日本の未来を守れるのか。その答えを探す中でたどり着いたのが、ベーシックインカムという政策でした。
2021年5月、日本維新の会がベーシックインカムを打ち出したとき、「これこそが今の日本に必要な政策だ」と心から確信しました。少子化、経済、年金といった多くの課題を根本から解決するものだと信じ、私は同年10月の衆議院選挙に維新から立候補しました。それ以来、3度の国政選挙に挑み、ベーシックインカムの実現に向け全力で取り組んできました。
しかし、残念ながら維新はその後の選挙でベーシックインカムを公約に掲げることはありませんでした。
同時に私は2022年から香川県総支部の責任者も務め、党勢拡大や地方議員の発掘にも努めてきました。3名の地方議員が誕生しましたが、うち2名は「一身上の都合」で離党という結果に終わり悔しさが残りました。
私自身も3回の国政選挙に出馬するも十分な結果を得られず、努力とは裏腹に得票は減るばかりでした。特に国政選挙は「政党の風」に大きく左右されるもの。だからこそ、次に追い風が吹いたときに備え準備を続けてきました。
そして7月に迎える今年の参議院選挙、私は香川県総支部責任者として四国の比例票を回復させるため、ぜひ候補を擁立すべきだと党と掛け合いましたが、中々いい返事はもらえませんでした。
4月下旬、そんな対応にしびれが切れ、私は思い切って自ら公認申請をしました。結果は却下。理由は「党本部の資金の都合」とのことでした。
昨年12月に吉村洋文代表が就任し、党内の状況が変わる中、新しいポスターが半年たっても届かない現実を見て「やはりそうか」と納得する気持ちもありました。
それでも私は悩み迷い、最後には「自費で戦うので公認を」と提案しましたが、それも受け入れられませんでした。
そのとき気づきました。私は維新からはもう期待されていないのだと。
これまでの活動は無駄だったのか?そうは思いたくない。
今年に入ってモヤモヤしていたのは、そういうことだったのか。
選挙はそう簡単なものじゃないことは重々分かっていたから、なおのことでした。
私は4年前に決意したことがあります。2025年今回の参議院選挙まではチャレンジするということ。そんな話を何人かにしたと思います。
私は最初から「ベーシックインカムを実現したい」「香川のために力を尽くしたい」という思いで維新の門を叩きました。
その原点の気持ちが、再び強く湧き上がってきました。私にはまだやり残したことがある。
今度の選挙は無所属、すべて自分の責任で戦う選挙です。
これまで3回の選挙で得たものは、信頼できる仲間たちとの絆です。選挙を通じて多くの仲間に出会い、その友情は私の宝物となりました。
人は一人では生きていけません。力を合わせ、目標に向かえば必ず道は開ける。
私はこれからもその思いを胸に政治に向き合っていきます。
政治を変えるには、そのくらいの覚悟が必要だと信じています。
今回の私の無所属出馬を無謀だ、残念だ、という方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、これまでの経緯を知って「なるほど」と思っていただけたなら幸いです。
どんな意見であっても、私はしっかりと受け止めます。なぜなら、私の人生の選択は私自身の責任だからです。
4年前、私は「2025年の参議院選挙まで挑戦を続ける」と心に決めました。その決意を思い出し、今回の出馬を決意しました。
どうかこの思いをご理解いただき、応援していただければ幸いです。これまでの集大成として、私は全力で戦います。
町川ジュンコ オフィシャルサイト | 香川の未来を共に描く 町川ジュンコの人生「つうしんぼ」
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マチカワ ジュンコ/67歳/
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