佐倉市議会議員 高木大輔氏 インタビュー
2017/01/10
2024年から2025年にかけての選挙では、SNS上の偽情報や誤情報、生成AIでつくられた動画、切り抜き配信などが、投票行動に与える影響として注目を集めました。これを受けて現在開会中の第221回特別国会で、選挙期間中のSNS利用に新たな線引きを設ける法改正が成立する見通しとなりました。施行は2027年3月1日で、来春の統一地方選挙から適用されます。では、私たちは何をしてよく、どこからが規制の対象になるのか。本稿では、地方自治体の選挙管理委員会で選挙実務の最前線に携わってきた筆者が順に整理します。
今回は、公職選挙法と情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)の同時改正で、与野党6党の共同提出です。目的は、選挙期間中にSNS上の偽情報が選挙の公正へ与える悪影響を軽減することにあります。
なぜ二つの法律かというと、規制する相手が違うからです。公職選挙法が働きかけられるのは候補者・陣営・有権者という「人」で、投稿が拡散される「場」であるプラットフォーム事業者には届きません。しかしSNSでは、閲覧数が広告収益になるアテンション・エコノミーのもと、過激で真偽の怪しい投稿ほど拡散します。この「場」に手をつけなければ、偽情報は湧き続ける。そこで、公職選挙法が「投稿する人」を、情プラ法が「拡散させる場」を受け持つという役割分担がとられました。この切り分けが、そのまま義務の切り分けになります。
(1) 一般の有権者(利用者)――偽情報で「選挙の公正を害してはならない」
虚偽の事項や事実を歪めた情報によって「選挙の公正を害してはならない」という責務が定められました(公職選挙法第142条の7)。現行法にも、ネット利用者は選挙の公正を害さないよう適正な利用に「努めなければならない」という努力義務がありましたが、今回の改正はこれを明確な禁止に強化するものです。ただし、破ったこと自体を罰する規定(罰則)はありません。悪質な場合は、下記(2)の既存の罰則が別途かかります。
(2) 候補者・陣営――従来の罰則規定がそのまま土台に
当選させない目的で虚偽の事項を公表・歪曲する行為を罰する「虚偽事項の公表罪」(公職選挙法第235条第2項)、なりすましを罰する「氏名等の虚偽表示罪」(同第235条の5)、連絡先の表示義務(同第142条の5)などが引き続き働き、SNSでの発信にもそのまま適用されます。
(3) 生成AIの画像・動画――投稿者に表示義務
実際の撮影と誤認されるおそれのあるものを投稿する場合、投稿者にAIで生成・加工した旨の表示義務が課されます。義務を負うのは投稿者であって、事業者ではありません。
事業者に加わるのは、選挙に悪影響となる情報の流布に対応する措置を導入し、対応状況を年1回公表する義務です。ここで誤解しやすいのは、これが「削除義務」ではない点です。対応の仕組みを整え公表を求める枠組みで、自主的な対応を促す性格のもの。そのため、違法かどうかの判断が難しい情報は、対応されずに残る場合もある、という限界も指摘されます。
なお、権利を侵害する違法投稿への削除の仕組みは、2025年4月施行の情プラ法が別に定めています。XやLINEなど大規模事業者は、削除の申出を受けたら要否を調査・判断し、原則として1週間程度で結果を通知しなければなりません(情プラ法第25条ほか)。ただしこれも「必ず削除」ではなく、公表した基準に沿って事業者が判断します。
有権者の責務に罰則がないのは、表現の自由への配慮です。選挙に関わる言論を国が刑罰で直接取り締まれば、正当な批判までもが萎縮しかねません。何が「偽情報」かの線引きも難しい。そこで、まず「してはならない」という基準を示す、抑制的な設計がとられたといえます。
「罰則がないなら、やった者勝ちではないか」という疑問は当然生じ、実効性の課題は施行後に問われるでしょう。ただし、「罰則がない」ことは「リスクがない」ことではありません。悪質な投稿には既存の罰則(虚偽事項の公表罪など)がかかり、権利侵害であれば事業者の削除対応の対象にもなります。今回の責務は、単体ではなく、既存の罰則や事業者対応と組み合わさって働く想定です。実際の効き方は運用しだいで、附則の検討規定を通じて、将来的な改正の余地も残されています。
読者がいちばん気になる点でしょう。整理はこうです。
(1) 「いいね」だけで直ちに違反となるものではない
「いいね」は意見の書き込みではなく反応であり、通常は自ら虚偽を「公表した」とは評価されません。新しい責務にも罰則はありません。現行の枠組みから整理するかぎり、「いいね」だけで処罰に至るとは考えにくい、というのが現時点の見立てです。ただし、これは「何をしても安全」という保証ではありません。拡散を狙った組織的・連続的な「いいね」は選挙運動と評価される余地があり、選挙運動が一切禁止される投票日当日には特に問題となり得ます。新法下での具体的な線引きは、施行後の運用を待つ部分が残ります。
(2) リプライや拡散(リツイート・シェア)は、内容と目的しだい
応援コメントなら問題ありません。しかし虚偽の内容を自分で広めれば「頒布」に近づき、既存の罰則(虚偽事項の公表罪など)の射程に入り得ます。もっとも、これらには「当選させない目的」などの要件があり、単なる反応を超えた意図的な行為が必要です。
(3) そもそも「選挙の公正を害したか」を判断する専門の機関はない
この責務には罰則がありません。罰則がない以上、責務に違反したからといって刑事裁判にかけられることはなく、違反かどうかを認定する手続きも置かれていません。つまり、「選挙の公正を害したか」それ自体を判定する機関は、どこにも存在しないのです。この責務が実際に働くのは、裁きの場面ではなく、事業者が問題のある投稿への対応を判断する際の拠りどころとしてです。どこからが問題になるかは、施行後の運用や総務省のガイドラインを待つことになります。
今回は規制強化だけでなく、緩和も含みます。代表例が、電子メールによる選挙運動です。これまで電子メールでの選挙運動は候補者・政党等に限られ、一般の有権者は送信も転送も禁止でした(公職選挙法第142条の4)。今回、一般の有権者も、選挙期間中に限って電子メールでの投票依頼ができるようになります。じつは2013年のネット選挙解禁の際に見送られ、附則で検討課題とされていた積み残しの実現です。「強まった」だけでなく「できるようになった」面もある――この両面で捉えることが、改正を正しく読む鍵になります。
施行は2027年3月1日、統一地方選挙からの適用です。有権者は、真偽の確かめられない情報を安易に拡散しないこと、生成AIの画像・動画は表示ルールに留意することを意識しておきたいところです。候補予定者や陣営は、自らの発信に加え、支援者による投稿や第三者の切り抜き・拡散への向き合い方も含めて、方針を整えておくとよいでしょう。施行前には総務省から周知資料やガイドラインが示される見込みで、規制対象の具体的な線引きは、そこでより明確になります。
(筆者注※最終的な規制対象の範囲は、成立後の条文によって確定します。具体的な運用の線引きは、総務省が示すガイドライン等で明らかにされていく見込みです。)
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