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【宮崎県知事選挙2022】候補者が語る自信と覚悟とは? 審判を下すのはあなた | 現地レポート(畠山理仁)

2022/12/24

畠山理仁

畠山理仁

2007年のそのまんま東

筆者は知事選挙告示前の11月中旬、告示日当日を含む12月上旬、そして、選挙戦最終盤の今、現地の空気を吸うために宮崎入りして各陣営の動きを追っている。

公正を期するため、立候補届出順に候補者を紹介する。

東国原英夫が宮崎県知事選挙への出馬意思を表明したのは今年8月17日。東国原は同日、自民党宮崎県連に推薦願を提出したが、自民党県連は8月20日に現職の河野俊嗣を推薦すると決定。東国原は政党からの推薦は受けずに今回の知事選挙を戦っている。

出馬表明後は「1日平均3〜4カ所、県内各地で辻立ちや戸別訪問を続けてきた」と東国原はいう。11月中旬に後援会事務所を訪ねると、東国原の長男・加藤守も宮崎入りして父親の挑戦を手伝っていた。

筆者は東国原が初めて宮崎県知事選挙に立候補した2007年にも現地で取材している。この選挙の時の第一声の会場は、宮崎市の山形屋前。タレントから政治家への転身を図った東国原は、芸名の「そのまんま東」を通称使用して知事選を戦った。

無所属で政党の支援もない。芸人仲間の応援も受けない。高校時代の同級生が中心になって支えた選挙戦は、多くのメディアから「泡沫候補」(※私は敬愛する大川興業・大川豊総裁にならって「インディーズ候補」と呼んでいる)としての扱いを受けた。

「あのとき、第一声を取材にきた記者は4人しかいなかった」

東国原にそう言われ、あらためて当時の知事選の写真を見返すと、オレンジ色のダウンジャケットを着たそのまんま東の周りにいる聴衆はたしかにまばらだった。

その空気を変えたのは、そのまんま東の演説だ。最初は「ふざけて出ているんだろう」と冷淡に見ていた県民も、マニフェストを打ち出して真面目に政策を訴える姿に心を動かされた。派手さはなかった。しかし、宮崎弁で地道に話す姿には熱があった。県民は次第に見方を変え、終盤に近づくに連れて聴衆はどんどん増えていった。

官製談合による現職知事の逮捕から始まった選挙戦で、そのまんま東はしがらみのなさと宮崎の再生・自立を訴えた。その結果、266,807票を獲得して初当選を果たした。5人の候補者によって争われた知事選挙の投票率は64.85%。今回の知事選挙で東国原が「投票率65%」を目指しているのも、当時のことが頭にあるからにちがいない。

「過去の自分の決断」との戦い

「宮崎をどげんかせんといかん!」

2007年の知事選で当選すると、東国原は「宮崎のトップセールスマン」としてメディアに積極的に出演し、宮崎をPRした。宮崎県庁は観光名所となり、来県する観光客も増えた。マンゴーや日向夏、宮崎牛、地頭鶏など、東国原をきっかけに宮崎名物として認知されたものも少なくない。東国原知事在職中の2007年7月に地元紙・宮崎日日新聞社が行った世論調査では、驚異の支持率95.2%を記録した。

「やっぱり、あのときの盛り上がりはすごかった。もう一度宮崎を盛り上げてほしい」

今回、宮崎県内を歩くとそんな声が聞かれた。その一方で、次のような声も聞かれた。

「東国原は宮崎県知事を一期で辞めて都知事選に出た。東国原は宮崎を捨てた」

こうした声があることは東国原自身も強く認識している。告示日の第一声では、1期で辞めた理由を説明した上で、県民に対してお詫びをした。そして記者団にもこう語った。

「県内を回っていて、やっぱりそういう厳しい声をいただいております。私は争点を『現状維持か隆盛か。現状維持か変革か。現状維持か活性化か』と打ち出してきましたが、なにか県内を回っていると、『宮崎県知事を1期でやめた東国原を許すのか許さないのか』という争点になりつつあるような肌感覚があるんですね。(私の)1期4年間の県政について、文句は一切出ていません。よくやってくれた。でも、なんで1期で辞めたの。なんで宮崎を捨てたの。ここがどうも皆さんの心の中にしこりとして残っている」

実は東国原が選挙に向けて十分な準備期間を取るのは今回が初めてだ。8月17日の出馬表明から12月25日の投票日までは約4ヶ月あまり。それでもいまだに触れなければならないほど、「過去の決断」が重くのしかかっている。

私が「準備期間は十分でしたか」と聞くと、東国原は即答した。

「十分じゃありません。4ヶ月というのは非常に短かったなとは思います」

これは東国原の選挙カー側面に「今度はやめん」と大書されていることからも明らかだ。そして選挙事務所には「東国原 過去の経緯について」と題された文書も置かれている。そこには「宮崎県知事を一期で退任した理由・背景」が次のように説明されていた。

・2010年に発生した口蹄疫で、約29万頭をさっ処分したことの責任を取るため。

・また、スーパー種雄牛6頭を、さっ処分対象地域から逃したことを受け、全国の畜産関係団体から「二期目に立候補した場合は訴訟する」と通達を受けていた。訴訟された場合、復興が遅れ、宮崎の印象が悪くなると考えられたため、二期目に出ないという決断を下した。

・口蹄疫の対応で現場に張り付いていたため、県民の皆様からいただいた「まだ続けてほしい」というお声が届かなかった。今振り返ると、政治家としての判断ミスであり、本当に申し訳ないと考えている。

今回、東国原は「東国原八策」という14ページにわたる政策集も用意した。しかし、政策を読んでもらう前に「なぜ1期で辞めたのか」を何度も説明しなければならない。この呪縛は重荷だろう。また、県民がこの説明を受け入れるかどうかという問題もある。

それでも第一声を終えた後、記者から「選挙に勝てる自信は?」と聞かれると、東国原はキッパリ言い切った。

「100%勝つ自信を持っています。そうでなかったら、県民の皆さんに失礼です。私は奇跡を狙っています。奇跡です。2007年は奇跡だった。ミラクルでした。ミラクルを起こせるぐらいの天運がなければ、僕は宮崎の活性化、V字回復もままならないと思っています」

今回の選挙戦終盤の12月23日(金)夕方、東国原は宮崎市内の山形屋前で街頭演説を行った。ここには100人を超える聴衆が集まっていた。

「このまま黙って見てられないんですよ! コロナの対策、県はどうでしたか? なんか他府県より厳しくしたらしいですね。ニシタチ(繁華街)が2割廃業らしいですよ。どういうことですか。地方創生臨時交付金ってあるんですよ。全国に17兆円出たんです。その中の宮崎は800億円しかもらってないんです。『800億ももらったよねー』と県は言いましたけども、いいですか。スケール感でいうと、宮崎は全国の100分の1なんです。全国が人口1億人だったら宮崎は100万人。だいたいスケール感は100分の1。じゃあ17兆円全国であるんだったら、1700億円を宮崎に持ってこなきゃいけないんじゃないですか。1700億円あったらコロナの協力金、2倍払えるんですよ。それがパイプっていうものじゃないんですか」

宮崎のイントネーションで立て板に水のようにまくしたてる演説に聴衆から拍手が巻き起こる。身振り手振りも大きい。しかし、表に見える人の数で測れないのが選挙の面白さであり、怖さでもある。投票箱が開くまで、結果は誰にもわからない。

次ページ:「日本の民主主義を守るために」(河野俊嗣)

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畠山理仁

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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