単純な「与党対野党」ではない県知事選 新潟県知事選挙現地レポート(畠山理仁)

2022/05/28

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畠山理仁

新潟県庁

単純な「与党対野党」ではない県知事選

新潟県で「4年に一度の熱い戦い」が繰り広げられている。5月12日告示・5月29日投開票の新潟県知事選挙だ。

「現職と新人の一騎打ち」「原発再稼働が争点」「人口減少も問題」
県内を回るとそんな声が聞こえるなか、17日間の選挙戦はいよいよ最終盤を迎えている。
この知事選挙に立候補しているのは、いずれも無所属の2人だ(届出順)。

花角英世(はなずみひでよ) 64歳 現職
元海上保安庁次長、元新潟県副知事
自民党、公明党県本部、国民民主党県連が支持

片桐奈保美(かたぎりなおみ) 72歳 新人
住宅建設販売会社副社長、新潟経済同友会副代表幹事
共産党、れいわ新選組、社民党が推薦

【写真説明】新潟県知事選挙のポスター掲示場。県内9939カ所にある

国政では長らく自公政権が続いている。

しかし、今回の新潟県知事選挙は「与党対野党」のわかりやすい構図にはなっていない。自民党、公明党だけでなく、国政では野党の国民民主党も現職の花角英世氏を支持しているからだ。

また、立憲民主党や国民民主党の支持母体である「連合新潟」は、花角氏が出馬表明(2月16日)をする前の1月26日に「花角氏が再選を目指して出馬すれば支援する方針」をいち早く決めていた。

一方、新人の片桐奈保美氏が出馬表明をしたのは3月17日。

しかし、立憲民主党は3月21日に特定の候補を支持しない「自主投票」の方針を決めた。日本維新の会の県組織「新潟維新の会」も5月7日に特定の候補を支援しない方針を決めた。

どちらも独自候補を立てられなかった点では同じだが、「自主投票」の方針を決めた立憲民主党に対する有権者の見方は厳しい。

新潟維新の会は4月に発足したばかりだが、立憲民主党は新潟県で衆議院議員3人、参議院議員2人、合計5人の国会議員を抱えているからだ。そのため県民からは「立憲は不戦敗」「煮え切らない」との声も聞こえてくる。

そんな事情を聞いたからなのか、知事選告示の2日前である5月10日午前、永田町で取材を続ける大先輩の記者が私に電話をかけてきた。

「お前は新潟行くの? おれは行かないことにしたよ!」

 驚いた。この先輩は先月、「新潟県知事選にはおれも行くからお前も来い。新潟は広い。手分けして取材するぞ」と言っていた。私はその言葉を信じて宿を予約していた。

「野党第一党の立憲民主党が『自主投票』なんだから話にならないだろ! 新潟が地元の西村ちなみ幹事長も告示日に新潟に入らないっていうし。これじゃあ仕事にならない。お前は行くの? あ、そう。じゃあがんばって」

大先輩からの梯子外しには驚いた。しかし、それでも私は新潟へと向かった。選挙の現場にハズレはない。現場では必ず「面白いこと」が起きる。


私は自分が投票できない選挙でも、絶対に「何らかの学び」があると信じているからだ。

「第一声」なのに候補者不在でスタート

告示日は両候補の「第一声」から取材することにした。幸運なことに、花角氏も片桐氏も新潟駅で第一声を行うという。しかも、片桐氏は8時40分から新潟駅南口広場、花角氏は9時15分から新潟駅万代口。時間がずれているため、私一人でも両候補の演説を聞けそうだ。こんなに効率よく取材できることは滅多にない。普通は時間が丸かぶりする。

ここから先は時系列で話を進めるため、本稿での紹介順は「第一声」の開始時刻順としたい。読者に無用な混乱を招かないためにもどうかご了承いただきたい。

朝8時に新潟駅南口広場に向かうと、すでに片桐氏の支援者たちが150人ほど集まっていた。片桐陣営のイメージカラーは青と黄色のウクライナカラーである。「やっぱり危険だった原発 再稼働させません」と書かれたのぼりを持つ人が何人も集まっていた。

街宣車の前には、前新潟県知事の米山隆一衆議院議員(無所属)、立憲民主党の森ゆうこ参議院議員、黒岩宇洋前衆議院議員らが並んで待っている。ところが、肝心の候補者である片桐氏本人の姿が見当たらない。聴衆の間を挨拶に回っているのかと探しても見当たらない。

開始時間の8時40分になっても現れない。もっと驚いたのは、「第一声」の演説会が候補者不在のままスタートしたことだ。

【写真説明】片桐陣営の「第一声」。このときはまだ候補者が到着していない

「えっ? そんなのアリなの!?」

 前代未聞の事態に混乱していると、司会者の女性が候補者不在の理由を説明した。

「今、ここに片桐奈保美はおりませんが、柏崎市の荒浜で決意表明の集会をして、新幹線に乗ってこちらに向かっています。『新幹線の中で走っている』そうです(笑)」

司会者が走る様子を身振り手振りで表現すると、聴衆から笑いが起きて緊張が溶けた。気分が高揚する選挙の現場は笑いの沸点が低い。些細なことでも笑いが起きる。

この日の朝、片桐氏が柏崎市の荒浜で決意表明をしたのには理由があった。荒浜には世界最大の原子力発電所、東京電力柏崎刈羽原子力発電所があるからだ。42年以上前から反原発運動を続けてきた片桐氏は、そこで支援者とともに風船を空に飛ばしてから第一声の会場に駆けつけるのだという。

私が「なぜ風船?」と首を傾げていると、現地で取材してきた記者が教えてくれた。

「天然ゴム製の風船には返信ハガキがついているんです。もし、原発が事故を起こして放射性物質が放出された場合、どこまで届くかの目安になる。原発は柏崎だけの問題ではないことを県内外に広くアピールする狙いだそうです」

 その記者は現地で取材した後、車で高速道路を走って第一声の場に駆けつけていた。新幹線で移動した片桐氏よりも早い到着だった。

片桐氏不在のまま始まった演説会は、片桐氏の友人や知人がマイクをつないだ。片桐氏の「経営者仲間でもあり反原発仲間でもある」と名乗った三条市の男性は力強く訴えた。

「柏崎刈羽原発が安全に管理されて安全な原発であるなら、東京に持っていって動かせばいいじゃないか! 電力消費地の東京に移設して再稼働をするべきだと彼らに言いたい!」

東京電力福島第一原子力発電所事故により、福島県から新潟県に避難してきた女性も演説をした。柏崎刈羽原発も福島第一原発も首都圏の電力を支えた原発だ。

首都圏に電力を供給してきた地域の人たちは電力消費地である東京を強く意識している。
一方で、東京の人たちは原発立地地域に高い関心を抱いているとは思えない。そんな不均衡を考えさせられる演説だ。

東京の人こそ新潟県民の演説を聞くべきかもしれない。

「原発再稼働問題」は避けて通れない

森ゆうこ参議院議員(立憲民主党)、米山隆一衆議院議員(無所属)

片桐陣営の特徴は、政治的肩書を持たない市民も演説することだった。

そんななか、政治家として精力的に片桐氏を支援した人もいる。立憲民主党の森ゆうこ参議院議員と無所属の米山隆一衆議院議員だ。この2人は片桐氏の遊説に何度も帯同し、応援演説を重ねてきた。

もちろん、推薦を出している共産党の小池晃氏、れいわ新選組の山本太郎代表も応援演説に入った。選挙戦後半には菊田真紀子衆議院議員や菅直人元首相も新潟入りした。しかし、応援演説の回数では、森氏と米山氏が群を抜いている。

森氏は今夏に参議院議員選挙(新潟選挙区)を控えている。ところが、参院選で森氏を推薦する方針を決めた連合新潟は、知事選で現職の花角氏を支持している。

そのため今回の知事選では、花角氏と連合新潟の牧野会長、そして自民党から参院選新潟選挙区への出馬を表明している小林一大新潟県議会議員が同じ街宣車の上に並んで演説するシーンも見られた。

左から花角英世氏、二階堂馨新発田市長、牧野茂夫連合新潟会長、小林一大新潟県議会議員

知事選の後には、すぐに参議院議員選挙がやってくる。

「連合との関係は大丈夫なのか」と心配する周囲をよそに、森氏は片桐氏を応援する演説を続けていた。

「相手は現職の知事。そして目立った失点はない。一番難しい戦いだと思いますが、子どもたちの未来に、この新潟に原発を残すことはできないと多くの県民の皆さんが思っていらっしゃる。その皆様の思いが草の根のネットワークでつながったときに、片桐なおみ、片桐なおみ、新潟県に初めての女性の県知事を誕生させることができると思います!」

森氏に続いてマイクを握ったのは、前新潟県知事であり、衆議院議員でもある米山隆一氏だ。米山氏は新潟県知事だった4年前、女性問題を理由に任期途中で辞任した。

米山氏は「4年前に去った私が言うか、ではありますが」と前置きして会場の笑いを誘いながらも、現職の花角氏を激しく批判した。

「私は問いたいと思います! 新潟日報に比較の記事がありました。片桐さんはちゃんと『私は再稼働させません』。自分のやりたいこと、やるべきことを示しています。花角さん、『3つの検証が終わるまではわかりません』。何にも言っていない! でも、4年間あったんですよ。知事だったんですよ。やる気があれば、とっくに結論は出せる!」

これは新潟県外の人には解説が必要な演説だろう。

『3つの検証』とは、新潟県が独自に行なっている「福島第一原発の事故原因の検証」、「原発事故が健康と生活に及ぼす影響の検証」、「万一原発事故が起こった場合の安全な避難方法の検証」のことを指している。

花角氏はこの検証結果が出るまでは「(原発)再稼働の議論をしない」と明言してきた。

しかし、知事就任から4年が経った今も検証結果は出ていない。米山氏はそこを批判していた。

片桐氏を支持する人たちの中には「検証結果が出たら花角知事は再稼働するんじゃないかと強く疑っている」と言う人たちがいた。

米山氏の演説が終わる頃、ようやく“新幹線の中で走っていた”片桐氏が第一声の会場に到着した。すぐにマイクを渡された片桐氏は「ウクライナとロシアの戦争」が出馬のきっかけであることを説明した。

新人の片桐奈保美氏

「なんとしても戦争は止めなきゃなんない! ウクライナの子どもたち、市民が逃げ惑う姿を見て、いても立ってもいられなかった。柏崎刈羽原発が、もし、万が一、攻撃されて、新潟県民の皆さんが逃げ惑う姿は見たくない! そんなことになってはいけない! そのことを思って立候補することにしました!」

演説の最初には必ず原発問題を持ってくる片桐氏だが、今回の知事選で掲げる主要政策は4つある。

「原発なくして病院のこす」
「県財政をたてなおす」
「教育・子育てNo.1県へ!」
「新潟のおいしいおコメ、モノづくりの伝統を活かす」

片桐氏は出馬表明以降、相手陣営からたびたび「原発問題だけ」と批判されてきた。そうした経緯もあるため、街頭演説では経済政策にも力を込めていた。応援弁士も経営者としての片桐氏の横顔を紹介する演説をした。

片桐氏はハウスメーカーの副社長として、無借金経営で全国に70の支社を展開するまでに成長させた人物である。また、11年間、県物品等入札監視委員会の委員を務め、県財政を見てきた。

片桐氏はその経験をもとに、「県は高い買い物をしている」「特定の同じ業者さんがいい思いをしている」と入札改
革を訴えていた。

「1兆3000億円と言われている県税。私はこのムダを1割は減らせると思っています。ひょっとしたら2割減らせるかもしれない。約1割、1300億円を減らしただけで、いろんなことができます。福祉、教育、県民サービスにきちっと充てる。新潟にはいろんな産業、自然、農家の米作りも素晴らしいものがいっぱいあるわけですから、『新潟産業再生プロジェクト』を作って、中小企業・地域産業を全力で応援します!」

片桐氏は演説が終わった後、メディアからの取材にも気さくに答えた。私が「片桐さんにしかできないことは?」と聞くと「女性の活躍をどんどん進める。これは私がこれまでやってきたこと。私にしかできない」と力強く話した。実際に片桐氏の選挙戦を支える人たちも女性の比率が多かった。

【次ページ】現職、安定の第一声

現職、安定の第一声

片桐氏が第一声を終えて街宣車を出発させた後、私はすぐに新潟駅万代口に移動した。すでに応援弁士の演説は終わっていたが、現職・花角英世氏の「第一声」には間に合った

花角英世氏の第一声には約500人が集まった

集まった聴衆は約500人。スーツ姿の人たちを中心に、駅前の歩道はほとんど埋まっていた。中央分離帯に寄せて停められた大型街宣車の上から、マイクを持った花角氏がにこやかに語りかける。

「皆さん、4年前を覚えていますか? 前の知事さんの突然の辞任。県のリーダーが突然いなくなってしまいました。県政は混乱し始めました。船に例えれば新潟丸は漂流を始めたんです。覚えておられますか?」

 花角氏は元海上保安庁次長の経歴を持つ。そうした経験と重ね合わせたのか、新潟県を「船」にたとえる演説だ。

「この船がどこに行くかわからない。私は手を挙げました。私に新潟丸の舵取りをお任せいただきたいと手を挙げました。船を安定させ、安全安心で暮らしやすい新潟にしていきます。経済に活力があって力強い元気な新潟にしていきます。そのお約束をいたしました」

 聴衆がうんうんと頷く。花角氏は反応を確かめながら、落ち着いた調子で演説を続ける。

「どうでしょう。この4年間、船は安定して進んできたと認めていただけますでしょうか?」

その問いかけに、聴衆が素早く拍手で応える。花角氏が強く訴えたのは4年間の実績だ。

「私は県内の市町村長のみなさんとしっかり息を合わせ、また、国ともしっかり連携をし、一緒になって課題の解決に取り組む。乗り越えていく、そういう船になるように心がけてきたつもりでございます」

 駅前のため車通りは多い。バスも通る。それでも演説が聞き取れる。音が反響することも計算し、花角氏はゆっくりと話をする。非常に演説慣れしていることがわかる。

「どうでしょう? 活力も生まれ始めています。新しい風が、この新潟にも吹き始めています。この新潟駅の周辺にはIT関係の企業も続々と集まり始めています。企業創業、新しいことに挑戦する方々もどんどん増えています。この2年間で90あまりの起業家が新潟県内に誕生しました。園芸など、農業分野でも新しい挑戦が始まっています。このままこの新潟丸、順調に前へ進めていきたい!」

もちろん聴衆も選挙慣れしている。だから拍手のタイミングが絶妙だ。花角氏の選挙事務所には800を超える団体からの推薦状が届いていた。そのことからもわかるとおり、組織的な支援を受けている無所属候補の組織型選挙だった。

今回の知事選で花角氏が訴えるのは「7つの約束」だ。
1 安全・安心に住み続けられる地域を作ります
2 原発は県民の安全最優先で3つの検証をしっかり進めます
3 持続可能で質の高い医療と「健康立県」を実現します
4 県民一人ひとりが輝く社会をつくります
5 挑戦を後押しして活力ある産業を育てます
6 磨き上げた「新潟ブランド」を大いに活かします
7 行財政改革を進め、県民目線の行政サービスをお届けします

花角氏はそれぞれについて丁寧な説明を加えると、最後に力強く訴えた。

「この新潟には間違いなく潜在的な力がある! 可能性がある! 大きく飛躍できる可能性がある! それをみなさんと一緒に花開かせていきたい! この新潟に住んでいることを誇りに思い、この新潟に魅力を感じて多くの方が訪ねてきていただける。『住んでよし、訪れてよし』の新潟県を目指してまいりたいと思います!」

 国との連携、自治体との連携、そして各種団体からの支援。現職・花角氏本人の演説はまったく危なげのない「安定の演説」だった。

現職の花角英世氏

応援弁士の演説は激しい

選挙は一人の候補者を追いかけるだけでも面白い。しかし、すべての候補者の演説を見て比較すると、もっと面白くなる。そこには多彩な応援弁士の存在があるからだ。

一般に、候補者自身はそれほど激しい言葉を使わない。しかし、応援弁士の演説はかなり熱い。そうした人たちの演説を聞くことで、選挙戦の激しさが浮き彫りになる。候補者が言いたくても言えないことを代弁するのが応援弁士たちの仕事だからだ。

たとえば花角陣営が新発田市で行った街頭演説会では、自由民主党の石井修県議会議員がこんな演説を展開した。

「知事選の争点は原発です! 女性の候補は原発反対! 原発賛成の人なんて、誰もいませんよ! いますか? ウクライナ見ればわかるじゃないですか。国を滅ぼすことになるんでしょ?」

石井修新潟県議会議員

 石井県議は大型街宣車の上から聴衆に呼びかけると、さらに力を込めて続けた。

「今、YouTube見てください! 『原発再稼働しろ』って話なんですよ。それは原発のない県の人たちです。特に東京の人です。柏崎は今止まっていますけど、あれは東京電力の電気ですよ! 県民は使っていないんだから! それがなんだか、新潟県では原発の問題が全ての政治、国会議員選挙から県会議員選挙、市町村長の選挙、県知事の選挙、市町村会議の選挙まで原発なんですよ!」

新潟の原発問題は首都圏の問題でもある。これは片桐陣営でも聞かれた問題提起だが、東京の人たちにその意識は薄い。そのため東京では新潟県知事選挙の話題が盛り上がらない。花角陣営、片桐陣営の話を聞いていると、新潟県民の苛立ちが感じ取れる。

「私どもは原発に頼らない再生可能エネルギーに取り組んでいます!」

石井県議は新潟東港で進む年間30万キロワットのバイオマス発電計画や、県内200カ所を目標とする小水力発電を紹介した。そして、片桐陣営を批判することも忘れなかった。

「新潟県は保守王国でした。20年前から、なぜか変わってきています。なにか。原発です。またぞろ原発じゃないですか! 対案のない批判をしているだけ! 批判をしたかったら、自分たちでアイデア出さなきゃダメでしょ! 対案のない政治はダメ! 批判だけ、対案のない批判だけ! そういうのは『卑怯者の戯言』っていうんですよ!」

石井県議のまくしたてるような演説に会場からは「そうだそうだ!」の声が上がった。ともすれば楽勝ムードが流れがちな現職候補の陣営に、石井県議は檄を飛ばしたのだ。

しかし、石井県議の演説途中で現地に到着した花角氏はいたって冷静だった。相手陣営の批判をすることなく、ここでも丁寧に「7つの約束」を話した。「金持ちけんかせず」という言葉がふさわしい。
原発再稼働については「3つの検証が出るまでは再稼働の議論はいたしません。将来は原発に頼らない社会を目指します」と従来の主張を展開した。

聴衆は熱くもなり、冷静にもなる。この温度差も街頭演説の醍醐味だ。

選挙演説の現場で起きるハプニング

選挙の面白いところは、全てが予定通りにならないことだ。選挙結果が最後までわからないように、演説会場でも何が起きるかわからない。

告示日に新発田市での街頭演説を終えた後、花角氏が街宣車に乗り込もうとした時にも異変が起きた。東京から取材に来たフリージャーナリストの横田一氏が、大きな声で花角氏に呼びかけたのだ。

「原発再稼働ありきじゃないですか!?」

この光景は4年前にも見たことがある。横田氏は4年前の新潟県知事選でも演説終了後の花角氏に声がけを行っていた。花角氏は当時、短くても声かけに応じていた。私も4年前は声がけをしたが、花角氏は短いながらもコメントを残していた。

ところが今回は違った。

花角氏に声かけをする横田一氏

横田氏の声に素早く反応したスタッフが花角氏と横田氏の間に体を入れる。花角氏は横田氏の問いかけに応えず、車に乗り込む。そして横田氏とは目を合わせず、聴衆に手を振りながら次の遊説先へ向かって車を出発させた。

「原発再稼働ありきじゃないですか!? 検証進んでないんじゃないですか!?」

横田氏が声を上げながら車を追いかけると、今度は別の男性が横田氏の前に立ちはだかった。そして、横田氏を押し返すようにして叫んだ。

「何を言ってるんだ! 勉強しろ、勉強!」

なんと、さきほど街宣車の上で「争点は原発」と訴えていた石井県議だ。石井県議が横田氏の右腕をつかみながらにじり寄っていくと、横田氏が言葉で応戦した。

「なんで再稼働しないって言わないんですか!」

 石井県議も負けていない。

「結果が出ねえんだもん、結果が! 検証が終わるまでしないって言ったじゃないか」

「再稼働しないって、なんで言わないんですか。隠れ原発推進じゃないですか!?」

「検証終わるまでしないって言ってるじゃないか! お前みたいに先読んでアホな話なんか……。おれは原発反対だぞ!」

「なんで言わないんですか」

「言ったじゃねえか!」

「なんで知事は言わないんですか」

「お前……、本人に聞いてこい!」

石井修県議が横田氏ににじり寄る

横田氏は花角氏の街宣車を追いかけていたため、会場への到着が遅れていた。つまり、石井氏の演説をすべては聞けていない。そのため2人の議論は平行線で交わらなかった。

石井県議はスタッフになだめられるようにして車に乗り込むと次の会場に向かった。現職陣営は厳しいツッコミを受けながら戦っていた。

【次ページ】どこへいっても目立つ人数差

どこへいっても目立つ人数差

花角英世氏の個人演説会
片桐奈保美氏の街頭演説

両陣営の演説を見てわかる明らかな違いは聴衆の数だ。花角氏の街頭演説会場には確実に100人以上が集まる。もちろん、片桐氏の演説会場にも「再稼働ゆるさない」などのプラカードを持った熱心な聴衆が集まる。しかし、人数では常に花角陣営が上回っていた。

ちなみに告示日に新発田市で行われた街頭演説では、二階堂馨新発田市長が花角陣営の街宣車に上ってこんな演説をしている。

「さっき、市長室から、相手方候補の第一声を某事務所の前でやっていたのを見ました。集まった人たちが30人!」

300人近く集まった聴衆から「オー!」という驚きの声が上がる。圧倒的な人数の差に顔をほころばせる人たちを見て、すかさず二階堂市長が注意を促した。

「気をつけてくださいよ! もしかすると、相手方の作戦かもしんねえよ! 『少なくやって、実は……』っていうことがあるからね! 今回の選挙のいちばん大事な点、油断大敵。これが一番怖いんです。ぜひ、相手の作戦に乗らないで、粛々と花角候補をもり立てて下さい!」

この演説を現場で聞いた私は「さすがに30人は少なく見積もりすぎではないか」と違和感を覚えた。そこで片桐陣営を訪ねて正確な数字を確認してもらうと、事務局長が次のように答えてくれた。

「30人はないです(笑)。100人は集まりました。これは現地の人間がちゃんと数えていますから、間違いありません」

市長室からは見えない場所に人が集まっていたのかもしれない。

二階堂馨・新発田市長

このように、両陣営から話を聞くことで冷静な判断ができることもある。有権者がそうした目を持てば、候補者も応援者も緊張感を保てる。

つまり、選挙において嘘はつけなくなる。かりに自分が応援している陣営の発言であったとしても、常に批判的な目を忘れないことは自分のためになる。

また、同じ人が演説しても、毎回、同じ内容を話すわけではない。花角氏の応援に立った連合新潟の牧野茂夫会長は「相手候補を完全にぶちのめすくらいの票で勝とうではありませんか!」と呼びかけるときもあれば「3倍ぐらいの差をつけて頑張ろうじゃありませんか!」と具体的な数値をあげるときもあった。この微妙な違いも面白い。

また、登壇者と聴衆とのやり取りにも面白みがある。国民民主党新潟県総支部連合会の上杉知之代表が花角氏の応援演説をしたときには、聴衆から絶妙なツッコミが入った。

「おい、上杉! いいこと言った! もう自民党にこい!」

この呼びかけに上杉氏も笑い、会場からも笑いが起きた。

その一方で、自民党の人たちが「ここに連合さんがいるのもちょっと慣れない感じですが……」と笑いながら困っている姿も見られた。知事選の後に行われる参議院議員選挙では、お互い別陣営にわかれてガチンコ勝負をすることになるからだ。

選挙の現場には小さな笑いのきっかけがあふれている。聴衆からのヤジも含めた「ライブ」の楽しさ、そこでしか見られない面白さがあることを改めて感じた。

新潟県知事選挙は5月29日投開票

「現職対新人」の争いでは、新人は現職を激しく批判する。

現職は4年間の実績を強調することに力を注ぐ。

これは今回の新潟県知事選挙でも変わらない。片桐氏を応援する森ゆうこ参議院議員は、現職・花角氏への厳しい批判を展開した。

「4年前の県知事選、最後の最後に『脱原発』って広告出したのは花角さんですよ! どっちなんですか? 原発再稼働させるんですか? しないんですか? もう曖昧なことをするのは、やめていただきたい!」

この発言の下敷きになっているのは、4年前の知事選挙の際、投票日当日に地元紙・新潟日報に掲載された全面広告だ。
この意見広告に花角氏の名前や写真は出ていないものの、花角氏を想起させる「元新潟県副知事」「前海上保安庁次長」「佐渡市生まれ新潟市育ち」との文言があった。

そして、最も目立つ場所には次のような言葉があった。

「脱原発の社会をめざします 新潟県の3つの検証が終わるまで再稼働の議論はしません! 再稼働の是非は、県民に信を問います!」

森氏はこの広告が、接戦だった前回知事選の結果に影響を与えたのではないか、と強い疑義を呈した。4年前はこの広告が「違法ではないか」との議論も巻き起こった。

選挙に立候補した候補者は、メディアや有権者から数々のツッコミを受ける。有権者はその反応も見て、誰を支持するかを決める。正しいツッコミを受けて、候補者の態度が変わることもある。絶大な支持が候補者をより勇気づけることもある。これも選挙が持っている大切な機能の一つである。

4年前の新潟県知事選挙の投票率は58.25%だった。新潟県選挙管理委員会によると、5月11日現在の県内の有権者数は187万419人。投票日1週間前となる5月22日までに期日前投票を済ませた人は14万1261人になった。これは前回の同時期を0.81ポイント上回る数字になっている。

今回の新潟県知事選挙の投開票日5月29日。有権者の動きに注目したい。

新潟県庁

新潟県知事選挙は2022年05月29日投票です。投票に行きましょう!

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畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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