加藤紘一氏が死去されました。
また旧世代の方が1人去られました。
私が今でも印象に残っているのは、防衛庁長官(1984年11月1日~1986年7月22日在任)のとき、国会答弁で「防衛機密に関することでありお答えできません」と一言、答えただけでさっさと大臣席に戻ってしまった姿です。
当時は、私は大学生に成り立ての頃だったと思いますが、ふてぶてしいという印象で見ていました。
しかし、その加藤紘一氏も憲法9条については一字一句変えてはならない、という見解を持ち、それが平和を守っているんだという認識を示していたことはとても感慨深いものがあります。
加藤紘一さんの葬儀に参列、献花しました。故人の人柄を偲ばせる温かい会でした。山崎拓さんが、弔辞で、加藤さんと最後に話したとき、加藤さんが、「9条は一言一句たりとも変えてはならない」と述べていたというエピソードを語られたのが、たいへん印象的でした。どうか安らかにお休みください。
— 志位和夫 (@shiikazuo) 2016年9月15日
後藤田正晴氏や野中広務氏からも憲法9条への思いが伝わってきていました。
戦中に育った人たちの平和に対する思いは、自民党であろうと共通のものであり、一部の戦前体質をそのまま引きずってきた極右層はともかく、憲法9条と平和は日本国民の共通認識でした。
こういった自民党の中の戦中世代が憲法「改正」による9条の変更を党内で抑えてきました。
憲法9条こそ日本の平和を守ってきたのです。
「憲法9条こそ守らなければならい 侵略されたどうする?」
未だに自民党東京都連最高顧問を名乗って極右思想をばらまいている人がいますが。
「民進党蓮舫氏が代表選を制す 二重国籍はまるで非国民扱い 日本社会から差別意識を一掃しよう」
しかし、自民党が下野し、その間、長老が次々と引退する中で自民党は変質していきました。
憲法改正草案が作成されたのは、この時期です。
反動的、復古的な憲法改正案として登場し、党是としてきた自主憲法がこれですかという極めて危ない内容のものでした。
「改めて自民党の憲法改正草案をみてみる」
第一次世界大戦が始まったとき、各国の若者は沸き立って志願し戦地に行きました。当時の欧州は40年間、戦争から遠ざかっており、戦争の記憶は既に風化していました。
これが遠い過去の出来事のようには思えません。
当時との違いは、第一次世界大戦の時の若者は自ら志願していきましたが(その結果は悲惨です)、現代の若者は政治にも平和にも無関心ということです。
「投票率の低下と18歳選挙権 民主主義の劣化の一面も見る思い」
一部の極右勢力が政治を牛耳る中で、国民の無関心が増えていくことこそ、時代の繰り返しになるのです。
※本記事は「弁護士 猪野 亨のブログ」の9月16日の記事の転載となります。オリジナル記事をご覧になりたい方はこちらからご確認ください。
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