
週が開けて、永田町を歩いていると必ず衆参ダブル選挙の話題になる。先週末に、ある自民党の幹部が派閥の仲間に衆参ダブル選挙は確実だから、すぐに準備をするようにと指令を出したと聞かされた。
心配なので選挙支援の会社の社長に電話をして、宣伝カーはありますかと尋ねると、何人もの与野党の事務所からの問い合わせがあって、てんやわんやだという。「衆参ダブルにされるとうちは困るんだ。別々のほうが2度儲けることが出来るからね」と社長は本音をポロリ。「ところで、本当にあるんですかね?」と真剣に問いかけて来た。
本考察の1、2を読んでくれているようだが、なかなか得心がいかないというのだ。「衆議院の任期は平均して3年なのに、2年以内に2度続けて行うのは酷すぎる。」確かにその通りなのだが、「私のこれまでの経験では半年解散がありましたよ、大平内閣の時ですが、青天の霹靂とはこのことで、しかし選挙戦の最中に総理が亡くなって、自民党が大勝したのを鮮明に記憶している。」と答えておいた。
政治は一寸先が闇で、何があるか分からない。理屈では歴史は動かないのだ。その事を感受できない学者や評論家の憶測はいつも見事に外れ、マスコミは何かがあると、民主主義の危機や権力の横暴と批判して来たのだが、その頃から衆議院の解散には大義もヘチマもない。そして政策が争点になったためしもない。それがそもそも日本の政治風土なのだと認識を繰り返して来た。
だから選挙は勝てる時にやるものなのだと、当たり前のように思っている。だいたい、安倍内閣ほど高支持率を維持している政権は珍しいし、それは評価を別にしてたくさんの仕事をやり遂げていることは事実で、とりわけ前政権に比べると安定感を国民の多くが感じているからだと理解している。あるお世話になった大物政治家は「政治は矛盾と不条理を飲み込む世界なんだ」と私に言った。「観念に拘り過ぎると政治が見えなくなる。そこが君の弱さだ」とまで言われて、反発を覚えたことを懐かしく思い出すが、今では若い人に同じことを話している自分がいる。
日本人の7割が保守だ。そしてますます国際社会が厳しくなると、人々はナショナリストになるもので、そこを民進党は読み違っている。ただ安保反対だけを言うのではなく、我々ならかくこの国を守るという代案をしっかりと提示しない限り無責任だと批判を受けることになり、共産党との共闘によってさらに保守が離れることになるんだと、自民党の幹部は語ってくれた。民進党はもっともっとしっかりとした安心メッセージを発信する必要があることは言うまでもないと私も感じて来た。

私は30年来の二大政党論者だ。それだけに民進党の社会党化を懸念するものである。自民党は参議院選挙での野党共闘を、衆議院の解散によって形骸化させてくるに違いないと、友人の民進党選対関係者は強く言っていたが、確かにどう考えてみてもダブル選挙を否定する理由が見つからないのである。いよいよ、サミット後のオバマ大統領による広島訪問を受けて、30日に閣議、6月1日には党首討論を野党に申し入れているというニュースが流れてきた。これはもう解散総選挙への手順としか思えないのである。
明らかにダブル選挙の風は吹き始めた! しかし、議員会館にいる与野党の衆議院議員や秘書たちは、出来れば解散がないことを願っているのがありありと分かる。問題は消費増税の扱いである。選挙に大義はないと言っても、一応大義らしきものを装わなくてはならない。私はいつのタイミングでその決定をするのかと考えて来たが、野党4党が内閣不信任案を提出することを決めたと聞いて、ならば国民に信を問おうと、安倍政権が解散に踏み切ることが出来ると思った。
泣いても笑っても、6月1日にはそのことがつまびらかになる。はたして安倍総理の胸中はいかに! 相談を受ける度に、あると思って準備を進めたほうが良いと、言い続けて来たものとしては、いよいよ決着がつくのが待ち遠しいほどだ。繰り返すが、私は30年来の二大政党論者である。だからこそ一強多弱の体制は決して好ましい体制であるとは思っていない。しかし現状のままでは大きな変化が起きるとはなかなか想像出来ず、共産党だけが躍進する結果に終わるのではないかと予想している。
それでも私は衆参ダブル選挙を断行すべきだと思っている。何故なら、安保法案やTPP、原発再稼働、そしてアベノミクスや憲法改正などについて、この時点での民意を聞くことは大変重要かつ意義のあることであり、安倍政権を信任するか否かの投票でもあると言えるからだ。選挙は民主主義の基本。投票しない人は 消極的に安倍政権を支持していることに繋がる訳で、この機会に自分のことだけではなく、祖国日本の行く末を真剣に考える夏になって欲しいものだと心から願うものである。
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