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西尾 憲一 ブログ

保守本流をもう一度(56)

2020/9/22

古賀誠

 古賀誠元自民党幹事長は、2歳の時に父は福岡の乾物商だったが出征先のフィリピンのレイテ島で戦死した戦没者遺族であり、国会議員になった後は靖国神社総代を経験し、2002年からは日本遺族会会長として戦没者遺族の救済活動をしています。だからこそ、反戦を強く訴える野中広務に惹かれたのであろうと言われています。

 古賀氏が頭角を現したのは、2000年の11月に自民党を激震させた「加藤の乱」が契機です。当時の森喜朗内閣は、森首相の「神の国」発言や「寝てくれ」発言、官房長官の愛人スキャンダルなどで、支持率が急落。そのため、野党は内閣不信任案を出す動きがあった。そんな時、宏池会会長の加藤紘一が、盟友の山崎拓らと組み、野党に同調して倒閣をにおわす動きを見せた。

 しかし、野中広務幹事長が加藤を猛批判して切り崩しの先頭に立ち、それと並行して、古賀氏が加藤派の大半を反加藤でまとめ上げ、クーデターは未遂に終わった。その後幹事長を退いた野中が、後継指名したのが古賀氏で、党内で存在感を発揮していきました。

 2003年、イラク特措法の採決がなされようとしたとき、イラク戦争には大義がない、自衛隊に米軍を手伝わせるべきではないとして、議場から退席したのは、野中広務と古賀誠、亀井静香だったとのこと。3人は共に戦争を経験しており、戦争の悲惨さと平和の尊さを骨身に沁みて知っていたからだと思います。

 昨年の9月、古賀氏は「憲法9条は世界遺産」という本を出版しました。自分の母も含め無数の戦争未亡人をつくったこの歴史を二度と繰り返したくないということで、最初の立候補の時から9条護憲を訴えたとのこと。また、自衛隊を海外に出す法律には処分覚悟で反対しています。

 私も、スケールは異なりますが、最初の市議選の時からずっと、幟旗は青地に白抜きの羽ばたく平和の象徴である鳩がデザインされています。平和こそが、私が政治家を志した原点であり、究極の目標なのだと改めて再認識しています。

 

 

                                                            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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著者

西尾 憲一

西尾 憲一

選挙 千葉県議会議員選挙 (2019/03/29) [当選] 15,917 票
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船橋市選挙区

肩書・その他 「平和の党」代表 千葉県議会議員
党派・会派 無所属

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