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熊谷 俊人 ブログ

【首長と職員とのあるべき関係とは?『千の葉をつなぐ幹となれ』抜粋連載企画 行財政改革①】

2020/10/23

【首長と職員とのあるべき関係とは? 『千の葉をつなぐ幹となれ』抜粋連載企画 行財政改革①】

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■変革と継続

 行政において最も重要なのは職員の意識改革です。市長一人が孤軍奮闘しても、組織・職員が呼応してくれなければ何も実現しません。

 私が市長に就任して驚いたのは市長のスケジュールが真っ白だということです。市政の重要な意思決定は「助役会議」という2人の助役(今は副市長に名称が変わっています)をトップとする政策会議で協議・決定され、市長は会議終了後に局長から会議の結果を聞き、「諾」か「否」かを言う、これが千葉市の意思決定の実態でした。
 また、当日飛び込みの市長レク(レクチャー、施策説明のこと)は許されず、市長室に入ることができるのは課長以上と信じられないありさま。また、レクをする局長や部長は私の前で読み原稿を読み上げるだけの人も少なくなく、突っ込んで質問をしても答えるのは全て課長、と典型的な役所体質で、「これは変革のし甲斐のある組織だな」と感じました。

 市長と職員の距離があまりにも開きすぎ、市政が何を目指すのか、市長の方針や価値観はどこにあるのかが伝わらず、セクショナリズム、内向きの思考、庁内政治がはびこる要因が至るところに散見されました。

 私は就任してすぐに、市長をトップとする政策会議によって市政の重要な意思決定を行うこと、当日であろうと市長に伺いを立てるべき案件があればいつでも市長室に来ること、課長未満の役職でも責任を持って説明できる職員であれば誰でも市長室に入ってよいこと、局長や部長は庁内会議においては読み原稿に頼らず自分自身で政策を説明すること、等々、仕事本位の組織風土を作るために一つ一つ改善するところから私の仕事は始まりました。

 また、区役所はもちろん、土木事務所や水道事業事務所、市立病院など、様々な現場に足を運び、職員と意見交換したり、交流を重ねてきました。市施設への訪問は100回以上になります。「歴代市長が来るのは初めて」と多くの職員から言われました。

 昼も夜の時間も無駄にはできません。若手職員とは日々ランチミーティングという形で、昼食をとりながら彼らの業務内容、課題、市長に聞きたいこと等についてざっくばらんに意見交換を重ねたほか、局長・部長・課長とはそれぞれお酒も酌み交わしながら、彼らの仕事に対する思いを聞き、私自身の課題認識や価値観を伝えました。

 研修においても部長研修、課長研修、課長補佐研修、主査研修、新規採用職員(職員、消防職員、教職員)でも講義をして、千葉市の方向性や職員に意識してほしいことを伝え、研修後の懇親会ではそれぞれの思いやプライベートの話も聞かせてもらっています。

 職員との交流や信頼関係の構築は非常に重要です。一方で、職員と仲良くなること、好かれることが目的となってはいけません。
 市長は職員とともに仕事をしますが、市役所組織の中でただ一人、有権者に選ばれ、市民の感覚で市役所組織を運営する責任を持っている人間です。市役所組織、職員が市民の期待や感覚とずれている部分があれば、嫌われてでも指摘し、改善させる責務があります。
 私は常にそのバランスを意識してきました。そのために必要なのは良き補佐役です。
 常に変えるべき点を指摘し、将来予測の下で今やらなければならない課題を与えてくるトップが、職員にとって初めて市役所組織以外から来た民間出身の市長で、しかも自分の息子のような年齢です。面白くないと思う職員がいて当然ですし、私がどんなに努力しても埋められない溝もあるでしょう。

 私は市長に就任するにあたり、全国の事例を自分なりに調べました。若くして市長になった者、既存の体制を打ち破って当選した者、財政再建を進めた者。その多くが長く続かず、道半ばにして去っていました。なぜ失敗したのか、その失敗の理由などを紐解く中で、補佐役つまり副市長の存在が重要だということが分かりました。
 市長と職員をつなぎ、市長の考えを職員に伝え、時には職員の思いを市長に直言する、変革期には特に副市長の存在は重要です。私はこの点において本当に恵まれていました。

 千葉市の副市長は2人体制で、一人は市長選に立候補して辞めており、残るもう一人は藤代謙二さんでした。藤代さんは市職員出身の副市長で、職員からの信頼も厚く、人間力に富み、私と職員をつなぐ存在として非常に貴重な存在でした。
 藤代さん本人は辞めるつもりでした。というより「辞めざるを得ない」というところでしょう。前市長に仕え、同僚の元副市長を応援していたのです。仮に慰留に応じれば、そちらの勢力からの批判は避けられません。

 藤代さんまで辞めてしまうと、副市長がいなくなってしまいます。新たに副市長を選任しようとしても、副市長人事は議会の承認が必要で、私が選んだ人物を議会が否決するリスクがありました。
 当時の市議会の過半数は、私の相手候補の元副市長を応援していたので、承認されない可能性があったのです。仮に副市長が決まらなければ、職員に不安が走り、求心力がなくなりかねません。

 私にとって最初の関門は藤代さんに留任してもらうことでした。
 「あなたが必要なのでぜひ残って下さい。あなたにとって楽な道ではないと分かっていますが、市役所や職員、市政のために残って下さい」と重ねて説得しました。
 しばらくは保留という形でしたが、ある時に「市長、私、残ることにしました」と藤代さんから言われた時は、本当に嬉しかったですね。

 就任当時は民主党政権誕生前夜といった時期で、民主党は政権を取ったら幹部を総入れ替えというような政策を打ち出していたこともあって、職員も不安に思っていました。
 「主流派、反主流派に分けるような強権的な人事はしない」
 藤代さんが残ってくれたことは、職員にとって大きなメッセージになったと思います。選挙が終わり新たな体制が決まった以上、これからはその体制の下で全職員が、全ての関係者が千葉市の課題克服に取り組むことが一番大事だと、就任早々から全職員に訴えることができるようになったのです。

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職員の回想 ~就任時の総務部長(志村 隆氏)~

 私は2009年の熊谷市長初当選以来8年間仕えさせていただきました。この8年間は自分の千葉市職員人生の中で最も濃い8年間だったと思います。
 それまでの千葉市の意思決定は、どちらかというとボトムアップ型で、堅実だが先進性がない、またスピード感がないものでした。それが熊谷市政になってトップダウン型になり、先進的、スピードが求められるものに変わったのが一番大きかったのではないでしょうか。
 根本的な仕組みが大きく変わったため、初期の頃は幹部職員の中に不平不満が多くあり、人的マネジメントを担当する総務部が市長を支えなければ組織がガタガタになってしまうという危機感がありました。ありがたいことに藤代前副市長に残っていただき、多方面で橋渡し役となっていただいたことで、大きな混乱がなく対応できたものと考えます。

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著者

熊谷 俊人

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