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中妻 じょうた ブログ

「総理の番記者のバンキシャ」が見た「山岸一生」

2019/7/20






2019年参院選も、残り30分となりました。




今回の参院選、東京選挙区は大激戦。
どうか皆様、当落線上にある「山岸一生」への投票をお願いします。




ご承知のとおり、山岸一生さんは朝日新聞の政治記者として、総理大臣の番記者などをやってきました。
最初に担当したのは、菅直人さんだったそうです。
(その菅直人さんに選対本部長をやらせ、街宣の司会までやらせるんだから、タダモノではありません^^;)




そして今回、私はこの「総理の番記者」の「バンキシャ」として、山岸一生さんに張り付いて追ってきました。
その私の目から見た「山岸一生像」を紹介し、選挙戦最後のお願いとしたいと思います。




私の目から見た山岸一生という人物は、「政治家を志した人物の中で、かつて見たことがないタイプの人物」でした。








山岸一生は「新聞記者」という仕事を、心から愛していた




山岸一生さんは、ほとんど毎回のように街宣で言っていました。




「大好きだった新聞記者という仕事」
「一生続けたいと思っていた仕事」




新聞記者という仕事を心から愛していたのだなぁ、と、つくづくわかりました。




そして、その仕事を捨てて、すべてを捨てて立候補してきたのです。




その覚悟、その決意は、どこから来たものなのでしょうか?








「怖い」を理由に政治家を志す人物




山岸一生さんは、政治家を志す動機を「怖いから」だと訴えていました。




「サラリーマンの仕事を辞めるのは、怖い。
しかし、今の政治がこのまま続くのは、もっと怖い」




「怖い」を動機に政治家を志す人物など、かつて見たことがありません。




それほど怖い「今の政治」とは、彼の目にはどのようなものなのでしょうか?








「お母様の病気」と「今の政治」がつながった




山岸一生さんが政治家をめざすことを決断させたのは、個人的な体験でした。




4月に、72歳になるお母様が病気で倒れました。
幸いにして回復されたそうですが、目を覚ましたお母様はまず




「ごめんね。迷惑かけて」




とおっしゃったそうです。




なぜ謝るの?
治ったんだから、ラッキーだったじゃないか。
と問うた山岸一生さんに、お母様はこう答えたそうです。




「違うのよ。
私みたいなおばあさんは、とにかくまず謝っておくのよ。
そうすればいじめられないから。
ずっとそうしてきたのよ」




これを聞いた山岸一生さんは、とても悲しく思うと同時に、なんだか今こんな話をたくさん聞くぞ、と感じたそうです。




高齢まで生きて、貯金が2000万円ないから老後が厳しい。
それは自分の選択。自己責任。
ごめんね。




就職しようとしたが、非正規の仕事しかなかった。
だから収入が少なく、結婚もできない。
それも自分の選択。自己責任。
ごめんね。




…いや、待て。
それは本当に、自分の責任なのか?




困ったときにまず助けるのが、政治の役割じゃないのか?




これが、山岸一生さんを決断させたものです。








山岸一生は、信頼できる人物です。




ぜひ皆様、明日の投票日、東京選挙区では「山岸一生」とお書きください!!

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