2026/5/21
お元気ですか?荒川区議の大月です。

最近、SNSや動画配信を通じて、「既存メディアは信用できない」という声を耳にする機会が増えました。兵庫県知事選やアメリカ政治を巡る議論の中でも、メディアと政治、そしてSNSの関係が大きなテーマになっています。
今回の議論では、アメリカのDonald Trump大統領と、日本で強い発信力を持つ人物たちの共通点についても触れていました。「既存メディアと戦う構図」をつくり、支持を集める手法です。「既得権益と闘う」の構図も同じですね。
確かに、メディアに対する不信感は世界中で広がっています。日本でも、「質問が事前に調整された会見」「踏み込んだ追及が少ない報道」などに対して、尾形さんは疑問の声を上げています。記者会見が本来の意味での“対話”ではなく、予定調和の場になってしまえば、違和感を覚えるのは自然なことかもしれません。
一方で、SNS時代には別の難しさもあります。刺激的な言葉や断定的な情報ほど拡散されやすく、事実確認が追いつかないまま、多くの人に届いてしまう現実です。誤情報やデマが広がるスピードは速く、冷静な説明ほど埋もれやすい構造があります。
だからこそ、私たち一人ひとりに求められるのは、「自分で考える力」ではないでしょうか。
誰かを全面的に信じるのではなく、複数の情報を比較し、「本当にそうなのか」と立ち止まって考える姿勢です。
議論の中でも印象的だったのは、「批判すること自体が悪ではない」という指摘でした。本来、健全な批判は社会を良くするために必要なものです。政治でも、行政でも、メディアでも、お互いを検証し合うことで透明性が保たれます。
また、兵庫県政を巡る問題では、公益通報や情報公開、記者会見の在り方など、多くの論点が浮かび上がりました。行政トップがどのように説明責任を果たすのか、そしてメディアがどこまで独立して検証できるのか。これは兵庫県だけの問題ではなく、日本社会全体に関わるテーマだと思います。
既存メディアにも、SNSにも、それぞれ役割があると考えています。大切なのは、「どちらかだけを絶対視しない」ことです。メディアも間違えることがありますし、SNSにも偏った情報があります。だからこそ、市民側の情報リテラシーがますます重要になります。
民主主義は、一度完成すれば終わりではありません。日々の議論や検証、そして市民の関心によって支えられています。
感情的な対立ではなく、事実に基づいた冷静な議論が広がる社会であってほしい。今回の議論を通じて、改めてその大切さを感じました。
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ホーム>政党・政治家>大月 たけひろ (オオツキ タケヒロ)>【視察】③ 上智大奥山先生の「兵庫県告発文書問題」出版記念「メディア不信」と民主主義を考える