2026/1/17
| 小森さだゆき|参政党所属/高槻市議会議員
戦争教育というと、多くの場合は年表や条約、犠牲者数といった「説明」から始まります。それらは確かに重要ですが、知識として理解しただけで終わってしまうことも少なくありません。戦争が人の生活をどう壊し、判断をどう歪め、人間性そのものをどこまで追い詰めるのか。そこまで実感を伴って伝えることは、教科書だけでは難しいのが現実です。
『This War of Mine』は、戦争を兵士や英雄の視点では描きません。プレイヤーが操作するのは、武器も権力も持たない一般市民です。爆撃で壊れた家に身を寄せ、食料や薬を探し、寒さと病気に耐えながら、ただ生き延びようとします。
このゲームの雰囲気や世界観は、以下の紹介動画(プレイ動画)を見ると直感的に伝わります。
This War of Mine ゲーム紹介動画(YouTube)
この作品では、戦争は勝ち負けの物語ではありません。日常が静かに、しかし確実に壊れていく過程そのものが描かれます。戦争とは何かを説明する前に、戦争の中に放り込まれる設計になっています。
このゲームの核心は、常に「選択」を迫られる点にあります。食料が足りないとき、他人の家から盗むのか。助けを求める人に薬を渡すのか、それとも仲間のために取っておくのか。どの選択にも正解はなく、選ばなければ先に進めません。
しかも、その結果は単なる数値の増減では表現されません。盗みを働けば、キャラクターは罪悪感に苦しみ、眠れなくなり、やがて心を壊していきます。生き延びることと、人として壊れていくことが同時に進行する点が、このゲームを特別な教材にしています。
欧州では『This War of Mine』が実際に中学・高校・大学の授業で使われています。倫理学、平和学、社会学の分野で、プレイ後に「なぜその選択をしたのか」「他の選択肢はあったのか」を議論する素材として活用されています。
ここで重視されるのは、ゲームが上手かったかどうかではありません。自分が何を感じ、どこで迷い、何を優先したのか。その思考と感情を言葉にすること自体が学びになります。戦争を知識ではなく判断として考えさせる点が、教育的価値として高く評価されています。
日本では、戦争体験の継承が年々難しくなっています。その結果、「戦争は悲惨だった」という結論だけが共有されがちです。しかし、なぜ人は極限状態で他人を傷つけてしまうのか。なぜ悪いと分かっていても選ばざるを得ない状況が生まれるのか。そうした問いに向き合わなければ、戦争は過去の出来事として遠ざかってしまいます。
『This War of Mine』は、戦争を美化せず、英雄を作らず、明確な勝利条件すら提示しません。ただ市民の生活が壊れていく現実を淡々と描きます。だからこそ、平和や人権を考える教材として現代的な意味を持つのだと感じています。
戦争を忘れないために必要なのは、出来事を暗記することではありません。自分だったらどうするかを考え続けることです。『This War of Mine』は、その問いをプレイヤー一人ひとりに突きつけます。
戦争を教えるのではなく、戦争を考えさせる。このゲームが教育や平和学習で使われている理由は、そこにあります。
| 小森さだゆき|参政党所属/高槻市議会議員
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