2026/1/16
兵庫県 川西市議会議員(薬剤師) #長田たくや です。
最近、アメリカで「DEI(多様性・公平性・包摂性)」の撤廃が話題になりました。
一見すると後退のようにも見えるこの動きですが、その背景には制度と現実の深いズレがあります。

過去ブログでもDEIについて書いていました。
それでも必要だという論説が未だに多いのが日本です。その内容から考えてみました。
当ブログ参照:DEIの理想と現実 【数値目標が良くないのでは?】
■ DEIとは
Diversity(ダイバーシティ・多様性)
Equity(エクイティ・公平性)
Inclusion(インクルージョン・包括性・受容性)
これらの頭文字を取った言葉です。
大手企業に勤めていれば、耳にする機会も多い言葉かもしれませんね。

今回、まとまっているなぁと感じた論説を参考に考えてみました。
参照:DEIとは?なぜ必要なのか具体例と問題点から考える阻害要因・反対理由・ポリコレとの違いをわかりやすく解説
それによれば、DEIは「多様性を尊重し、公平性を追求し、誰もが受け入れられる包括的な組織や社会を実現しようとする取り組みを指す」とあります。
字面だけみたら素晴らしい概念ですよね。どの国、どの人種にも受け入れられるものです。
■ アメリカでの廃止!?
一方、「米国のドナルド・トランプ大統領は2025年1月20日、連邦職員の業績評価を含む連邦雇用慣行は個人の積極性や技能、業績、勤勉度に基づくべきだとし、連邦政府の多様性、公平性、包摂性(DEI)プログラムを終了する大統領令に署名した。」とあります。
参照:JETRO
この 業績評価 がポイントになると思います。この後、各企業でDEI撤廃などが報じられました。
■ アメリカでの訴訟
DEIに関する訴訟問題について取り上げます。
ミズーリ州はセントルイス連邦裁判所に提出した訴状の中で、スターバックスが役員報酬を、人種や性別に基づく採用ノルマの達成と結び付けている と非難した。
参照:Starbucks sued by Missouri over DEI, race and gender bias
連邦民事陪審は、インクスター警察署(米ミシガン州)のヒスパニック系の警部補に対し、黒人ではないことを理由に差別されたとして、25万4000ドルの賠償金支払いを命じた。
参照:reverse discrimination lawyers
オハイオ州の最高裁は、異性愛者(生物学的にフツウ)であるという理由で仕事に就けず、さらに降格されたと主張する女性に有利な判決を下し、いわゆる逆差別に対する訴訟提起を容易にした。これまで白人や 異性愛者を含む多数派グループが差別訴訟を起こす場合、裁判所のハードルを高く設定していた20州 とコロンビア特別区の訴訟に影響を与える結果となった。
参照:Supreme Court makes it easier to claim ‘reverse discrimination’ in employment, in a case from Ohio
DEIという美しい理念の裏では、このように公然と 逆差別 が横行していたのです。
■ なぜDEIが必要なのか
参考資料によれば、
DEIは、歴史的な不平等や構造的な格差を是正し、多様な視点を組織に取り入れるための重要な取り組みです。多様な人材の活躍はイノベーションや競争力向上にもつながります。
とありました。
そもそも、多様性がプラスとなる分野・業種もあれば、そうでないものもあるのではないでしょうか。「DEI=すべて良し」こそが、多様性を否定し、画一的な思考へ誘っているように私には写ります。
そしてあるあるなのが、「地球規模の問題へと昇華する謎理論」。
近年、地球温暖化や人権問題など、サステナビリティ(持続可能性)に関わる課題が世界中で深刻化しています。これらの課題は、企業にとっても無視できないリスクであり、長期的な成長を阻害する要因になる可能性もあります。
それとDEIがリンクするのが理解できん…。

■ 古い考え方を捨てよ
この言葉自体は個人的には嫌いではありません。慣習が時代や技術にそぐわないのでならば、変えていくのが”進化”というものです。しかし、参考資料による評価の項に関しては異論があります。
従来の評価制度は、画一的な基準で従業員を評価する傾向があります。しかし、多様な個の特性を活かすためには、画一的な評価制度ではなく、個々の能力やスキルに合わせた評価制度が必要です。
この評価がどの規模までできるかなのです。現実的に1万人の人を評価するとなった場合、どうしても「ふるい」にかける工程がありますよね。それが試験であったり、学歴や職歴であったりするわけですが、いずれにしろ 画一的な評価 というスキームは残り続ける、つまり思考から消え去ることはないのです。

では、小規模なチーム内での評価ではどうでしょうか。それならば可能でしょう。そもそも、小規模のチームであれば、お互いのプライベートなども知る機会が多くなり、必然的に評価も多様な指標が生まれてくるでしょう。一方、評価するのに 人種・性別・性的指向・宗教 などの「画一的な要素」があれば、それこそが 逆差別 につながるのでないでしょうか。
■ 日本ではまだ問題となっていない
アメリカのように日本ではDEIに関する裁判例などは発生していません。しかし、欧米のロジックでDEIを表面上の理由で導入していけば、同じようなルートをたどる可能性があるのではないでしょうか。
求められる職場・職種がDEIを必要とすれば導入するし、そうでなければ別にいらない。例えば、フレックスタイムやテレワークが可能なA社と禁止しているB社。どちらも同じ業種、待遇であればA社を選ぶ確率が高くなるでしょう。優秀な人も集まり業績も伸びる。となれば、自然にB社も条件をそろえるはずです。

このようにある程度は自然発生的に、技術の進歩や考え方の変化でフレキシブルに対応を変えていく企業こそが勝ち残っていくだけのことで、DEIを紹介すれども、国が推し進める必要性はないと感じます。
DEIとは別に 障害者雇用 は、少し別の話かなとは思います。
これはある程度の強制力が必要というのも理解ができますし、社会とのつながりというものは重要ですね。
DEIの説明や推進をするサイトでは、「サステナビリティ」と「気候変動(地球温暖化)」というワードをよく目にします。地球規模の問題にしたがるのは、DEIそのものを反対しづらくさせるためのレトリックなのかな~と思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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