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大阪ロマンボーイズ  その14  銭湯と渡世人

2026/2/12

 大学に入学した直後の半年ほどは西宮のおんぼろアパートに下宿した。JR西宮駅の北側の当時は物騒な雰囲気がしたエリアだ。近くにはコンビニ以外の店がほとんどない薄暗い地域である。アパートは竹の荘という木造二階建ての文化住宅で6畳間と台所と和式便所があるだけで風呂は無かった。当時のJR西宮駅の北側には商店などはなく荒地が広がり粗大ごみの不法投棄が目立っていた。そういえばアパートの周辺は警察や消防や市営団地や集会所など公共施設ばかりが集まっている。時計が止まったような音のないエリアという印象が強かった。

 アパートから自転車で東に少し行ったところに市営の芦乃湯という銭湯があった。今では銭湯も発達しレジャー施設化しているが、当時の芦乃湯はまさしく共同浴場だったので生活感が滲み出ていた。かぐや姫の歌う〝神田川″の世界そのままである。俺はそこに毎日のように通っていた。銭湯の利用者には全身に和彫りの刺青が入った者も多くいた。毎日のように通っていると馴染みとなり、そんな刺青さんとも徐々に仲良くなってしまう。最初は目を背けていたが毎日のように同じ刺青を見せられていると慣れてしまうのだ。

「おい、兄ちゃん、今日も野球か」

「はい、まぁ」

「ええのぉ、プロ野球選手は」

「違いますよ、へなちょこ草野球ですよ」

「野球やっているだけで飯が食えるんやったらプロ野球選手みたいなもんやんけ」

「いえいえ、本業は学生ですから」

「何言うとんねん、どうせ勉強より野球の方が熱心なんやろ」

「それはまあそうですが」

「せやったらプロ野球選手で間違いないやんけ」

「むむむ、お好きにどうぞ」

「ところで、どのプロ野球チームなんじゃ」

「甲南です」

「オロナインか」

「それは軟膏ですから」

 万事がこの調子であったが、刺青連中は比較的やさしく友好的な人が多い。東映のやくざ映画に出てくるような渋い輩はなかなかお目に掛かれない。全身余すことなく芸術的な刺青を纏っている者から遠山の金さんのように両肩だけに彫っている者もいる。中には単色で筋彫りだけの未完成の者もいる。当時はバブル景気の最中であったにも関わらず未完成とは財政難だったのだろうか。

刺青連中の中に珍しく無口で強面な老人がいた。齢、80歳前後になっていると思われるその老人も全身に刺青が施されていた。施されていたにはいたが若干の問題が発生していた。年を取って痩せたり背が縮んだりしたのか、刺青の模様が原型を留めていないのだ。肩や肩甲骨あたりに掘った牡丹の刺青の色が抜けたり、歪な楕円に変形したりしてしまっている。そのことからその老人は仲間たちから〝キャベツ″とか〝レタス″などと呼ばれてしまっていた。長生きをする自信のある奴は老後の塩梅を考慮して刺青の図案を選考しないといけない、とこれから刺青を彫る者たちに強くお伝えしたい。併せて、老人になるまでには〝キャベツ″とか〝レタス″などという仇名で呼ばれないように出世しておきたいものだ。というか、時代が昭和から平成へと変わり日本経済が栄華を極めていたその頃に大勢の渡世人が連れだって銭湯に通っているのだから任侠の世界も甘くはないということだ。千里の道も一歩よりというから、何ごともどの世界でも努力を絶やしてはいけないということであろう。

(坂本雅彦)


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著者

坂本 雅彦

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肩書 作家 学者 参議院議員政策担当秘書
党派・会派 無所属
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