2025/5/17
無所属連合の存在意義
既存の政党政治が機能していないことは明らかである。その最大の理由として、党利党略などの組織の論理が罷り通り、民主主義の基盤である自由闊達な議論が制限されるからだ。背景には、公認を受けないと当選しにくい選挙制度があり、一部の執行部に権力が集中し、多くの政治家は保身のためにそれに従う。
この構造は、実は日本の構造そのものとも言える。多くの組織が集団主義に走り、公益よりも組織の利益を優先し、個人が保身のために忖度や隠蔽に加担する。かくして集団が個人を支配し、自由を侵害する全体主義的な空気が醸成され、支配と依存の構造が社会中に蔓延する。
無所属連合はこの構造を自ら打破しようとする実験的なプラットフォームだ。それは自由な個人たちの集まりであり、それぞれが自らの信念に従って自由に政治活動をする場だ。党利党略もなく、党議拘束もしない。思想も政策もバラバラでいいというスタンスだ。
これは、従来の政党政治の考え方からすると、常識外れかもしれない。しかし、その常識が思想統制を生み、争いを作り出し、個人の自由と権利を侵害して来たとすれば、その常識も捨てる時期が来ている。
そもそも、人はみな違う。生きてきた環境も体験も、今みている世界も。だから正しさも一つではない。それを巡って争うのか、違いを超えて共存するか。
もし共存する道を選ぶなら、政党自らがそういう存在である必要がある。自分の正しさを押し付けることなく、違いを容認し、共存し、混ざり合う。政党がそれをできなければ、その政党が多数を取っても、その正しさが押し付けられるだけで、自由な社会とは程遠い。
無所属連合の存在意義とは、正にその真に自由な社会の縮図を内部に作りだし、そのあり方を世に問うことである。正しさを巡って争ってきた政党政治に投じる一石であり、壮大な社会実験だ。多くの人がそんな社会を望み、多くの数が集まって来れば、そんな社会が実現する。コンセプトから変わっているので、最初は抵抗感があるかもしれない。だが、心配しなくてもいい。我々が多数を取ったとしても、正しさを押し付けることはしないのだから。







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