2026/1/15
「常在戦場」
「常に戦場にいるという緊張感を持ち、いつ何が起きても対処できるよう準備を怠るな」を意味する「常在戦場」
この4文字は、長岡藩士にとっての精神規範でした。
牧野家は三河国牛久保(現愛知県牛久保町)の城主から江戸時代には長岡藩(現新潟県長岡市)の藩主になり「常在戦場」も長岡藩の藩訓になります。
幕末の新政府軍と旧幕府軍の戦い戊辰戦争で長岡藩は旧幕府軍につき闘い、戦に敗れ藩は焼け野が原になり、藩に仕えた藩士たちの家族も食うや食わずの生活が続きました。
その折、親戚藩の三根山藩から御見舞いの米が百表届きます。藩士たちはその米が配分され家族で米が食べられると喜びます、しかし藩の大家老小林虎三郎はその米を配分せずこの米を資金に「学校を設立する」と通達します。藩士たちは敗戦で哀れな空腹の現況を訴え「配分せねば切る」と迫ります。その時小林虎三郎は「この掛け軸を見てもそう思うなら切れ」と掛け軸を藩士たちに見せるのです。
藩士たちが子どものころから目にしてきたこの文字「常在戦場」を前に「米を分ければ2日か3日で食い終わる。今この藩を再興するためには人間をつくる学校が必要だ」と説きます。この文字を見て藩士たちは「学校建設」に心を一つにするのです。
この「常在戦場」は国を興すためには人間をつくる学校が大切であると言っているのです。もう一つの思いは、常に自分と戦う。戦いの敵は自分です。常に自分の甘い考え狡い考えと戦って、克つ戦場にいつもいるのだという思いです。
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ミチバタ トシヒコ/62歳/男
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