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田中 紀子 ブログ

現在に至るまでの豊島の壮絶な住民運動 ②

2019/8/22


香川県の事業者なのに、なぜ、香川県警ではなく兵庫県警の摘発だったのか
その理由を知るとそこには、現在に至るまでの豊島の壮絶な住民運動があった。

シュレッダーダスト(自動車の廃材をシュレッダーにしたもの 壁面に展示してあった)
当時、関東では1tあたり10000円で産廃業者は買い取った。
ところが、関西では、6000円だった。そして、豊島の事業者のMは1700円(S52年、国の通達により、ごみではなく、原材料といいはり、300円/t 、ただし、運送費2000/t)だった。
なぜ、こんなに安いのか、事業者Mは廃棄物処理の価格破壊をおこしていた。

事業者Mは、廃棄物処理の認可を受けていなかった。
金属回収業として、香川県の公安委員会が認めていた。ということは、知事を取り締まねばならない。県警が他県の知事を取り締まることはなかなかできるものではない。

兵庫県警は、シュレッダーダストに関しては取り締まらなかった。
ごみは、排出した者が責任を負う決まりだ。だから、姫路の港からごみを積んだ船がどこへ行くのか、あとを追ったら、豊島だった。というわけ。当時の県警の本部長があの国松さんだった。

事業者Mは、廃棄物処理ではなく、「無害限定4品目」を「1万㎡」に「みみず養殖による土壌処理」をするという許可を得ていた。
野焼きをしていたが、違法
うめたてていたが、違法
香川県は、ごみじゃないと言っていた。
この埋め立ては、土砂採集のあと始まった。
公害防止協定が成立する頃には、豊島の3自治会から1億6千万円を拠出したが
調停委員会にかけ、
事業者Mにシュレッダーダストを売った業者は100社ほど、名前がわかったのは、30社。
香川県は知っていて、見過ごしたものの、責任はないという。
排出事業者も責任
ないという全面闘争。
調停委員会は、第三者の立場なのだが、なかなか進まない。
当時、香川県は調査するといったものの、その値は問題なし。
一方、兵庫県警がしらべたものは、有害物質が検出されるという矛盾。
いろいろ、調停の裏話は、著書にあるというので購入。

今後、それ以上の排出者責任は負いたくないので、30社は、ごみを出した排出金ということで戻してもらった。
そのお金を自治会に返さず、貸してくれと頼み、基金にし、そこから取り崩し、弁護士や科学者を雇って、住民運動を専門的な知識も取り入れ、行うことができた。

よくもそんなに自治会がお金を出した
年間事業費を中止し、たとえば、敬老祝カットとか、また、基本財産も取り崩した。島には当時1400人いたが、
産廃から遠い方角の自治会は、自分たちには関係ないと渋ったが、豊島から外にでれば、
豊島の住民であり、当事者とみられてしまったので、取り組んだ。
住民運動の労力は、島へ8割 、県との戦いに2割
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こうして
豊島の住民は、香川県を監視することになった。
豊島は、国立公園であり、その砂浜は珪藻土があり、ガラスの材料となった。
S30年代に砂浜がなくなり、その後、事業者Mは、売るものがなくなり、広い土地に有害廃棄物をコンクリートで固め、海に捨てることを考えた。当時はこれは合法。
しかし、島では、大反対。
自然公園法違反
縄文弥生時代の文化財も掘り起こしてしまい、文化財保護法違反
この事業者Mには許可を出さないようにとしていたのに、出してしまった。
1976年には、ドラム缶1800の事件
敷地内の中国電力の電柱もじゃまだと勝手にブルドーザーで動かしてしまうほど。
事業者Mは、県庁に布団を持ち込んで居座り、直談判で知事に嘆願。
1977年香川県が許可してしまった。
3つの自治会は、「みみず養殖」はうけいれることにした。しかし、監視はすると。
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長引く住民運動になるであろうと、数年交代の自治会役員に、若い人を永久役員とさせた。
事業者Mは、はじめは、定期便の船で運んでいたが、とうとう、専用の船を用意した。
すると、一回で1000tにもなり、シュレッダーダストが急激にふえた。
シュレッダーダストは、自動車の廃プラも液体もまじっていて、時々野焼きし、異様な匂いを住民は感じていた。
漁師は、この煙がでていると、トンビが落ち、次にからすが落ちていくのを目撃し、ますくが常用となり、喘息の発症率は、全国平均より10倍もあった。

1984年 県に公開質問書を出す
県は、金属回収であり、合法。
住民はみみず養殖だけ監視するのだったから、金属回収の土地にはいって
ならないと香川県は拒否。

事業者Mと香川県を呼んで、住民説明会開催。

結局、事業者Mは、罰金50万円のみ。当時のマックスの処罰。
その後、事件の証拠書類、膨大な量をすべて住民で検証した。

住民運動は、県内の自治体を歩いて回るとか、
東京でデモをして、国会での審議にのせるようにとおこなったり、
100万人キャンペーンを住民が語るのだが、
誹謗中傷もあり、科学者の書いた原本読み合わせ会を始めた。
これにより、自分の言葉で語れるようになった。

四国新聞の豊島バッシングが1999.1に掲載されたが、
豊島住民は、学んで育っていった。
現世に利益は回さない、住民たちは、どれだけ損をしたかを自慢するようになった。

この本を購入。語りつくせなかったことがこの中にはびっしり。
圧巻の住民運動だ。

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