リモートアクセスによる捜査ができない場合、現状では捜査共助等を利用することになるが、それで果たして迅速かつ適切な捜査は可能なのだろうか。
以下の表は、法務省の「犯罪白書(平成30年版)」[12]に掲載されている捜査共助等件数の推移である。依頼数、受託数とも年によってばらつきがあるものの、緩やかに増加傾向であるようである。
この数字だけでは捜査共助等による対応が限界であるとまでは断定はできないが、サイバー犯罪に係る捜査共助の依頼件数は主要国では膨大な数になっており、捜査共助は申請から相当の期間(約10ヶ月程度)を要するとも言われる。捜査力が逼迫している諸外国は、外国からの共助依頼に容易に応じることができない状況に陥っているのが現実であるとも指摘されている。また、先に述べた文書送付嘱託書(Letters Rogatory)は、裁判所が他国の裁判所に証拠の保全と開示等を依頼するものであるが、これも必ずしも実効性が高いものではないと言われている[13][14]。
さらに、捜査共助を含む国際司法共助一般においては、伝統的に「双罰性(双方可罰性)」の存在が要件とされている。つまり、ある行為が共助の請求国と被請求国の双方において犯罪であることが司法共助の要件となっているのである[15]。この双罰性の有無の検討は、共助の請求国にとっても、被請求国にとっても、多大な時間と労力を要する作業である。結果として、双罰性を満たさない場合、捜査共助等を利用することはできないことになる(例えば、上記大阪高裁平成30年9月11日判決の事案は、対象となった犯罪が性表現物に関するものであり、双罰性要件を満たしていない[16])。
このような事情に加え、国際的なネットワーク犯罪については捜査の迅速性が特に要求されることも踏まえると、司法共助等による対応には限界があり、日本においても、国際司法共助等に頼ることなく外国に所在するデータへのアクセスを捜査機関に認める法的手当てが必要であることは明らかであろう。その方法についても、米国のクラウド法のような立法によるのか、各国との条約や協定を整備するのか、具体的な議論がなされることが必要である。
2004年7月のサイバー犯罪条約の発効(日本では2012年11月1日に効力発生)[17]から15年以上が経過し、様々な新たな問題が発生してきている。世間の耳目を集めた暗号資産(仮想通貨)の流出事件などはその典型例であろう。各国とも対応の必要性を認識し、同条約の追加議定書をしていくことが正式に決定している[18]。
国際的な条約や協定による対応の推進ももちろん必要な作業である。しかし、他国が国内法での立法していく動きを見せる中、日本国内の法整備やその運用が他国から遅れてしまうことは避けなけばならない。サイバー犯罪は場所を選ばない犯罪であり、捜査・執行が諸外国と比べ十分にできないことになれば、日本が犯罪の標的になる可能性も高まるであろう。
政府は、時代に合わせるだけでなく、時代の先を読むサイバー犯罪捜査の枠組みを、国内、国外において整備することに今以上に尽力すべきであろう。
[1] U.S,Congress「H.R.1625-Consolidated Appropriations ACT – DIVISION V–CLOUD ACT」<https://www.congress.gov/115/bills/hr1625/BILLS-115hr1625enr.pdf#page=866>
[2] Stored Communications Act, 18 U.S.c, §§ 2701-2712
[3] United States v. Microsoft Corp., 584 U.S._ (2018).<https://www.supremecourt.gov/opinions/17pdf/17-2_1824.pdf>
[4] 松平浩一衆議院議員提出「米クラウド法と個人情報保護法上の対応に関する質問に対する答弁書」内閣衆質198第227号<http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b198227.pdf/$File/b198227.pdf>
[5] Stephen P. Mulligan「Cross-Border Data Sharing Under theCLOUD Act」2018.4.23.<https://fas.org/sgp/crs/misc/R45173.pdf>
[6] 佐藤智晶「データ利用に関する契約の周辺ー海外同行、特に米国の連邦トレード・シークレット保護法とCLOUD.Actを中心にー」『青山法学論集』60(3),2018.12
[7] 令和元年5月31日衆議院法務委員会における松平浩一衆議院議員に対する小山政府参考人答弁。
[8] 川出敏裕「コンピュータ・ネットワークと越境捜査」酒巻匡,大澤裕,川出敏裕編著『井上正仁先生古希祝賀論文集』有斐閣.2019.2
[9] 山内由光「判例研究 検証許可状に基づき押収済みのパソコンから海外メールサーバに接続した捜査に重大な違法があるとして証拠が排除された事例」『研修』832,2017.10
[10] 「サイバー犯罪に関する条約(訳文)」<https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_4a.pdf>
[11] 四方光「刑事裁判例批評(372) 押収済みのパソコンから検証許可状に基づき海外メールサーバにリモートアクセスを行った操作に重大な違法があるとして証拠排除した事例」『刑事法ジャーナル』No.58,2018.11
[12] 『平成30年版 犯罪白書』(第2編/第6章/第3節)
<http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/65/nfm/n65_2_2_6_3_1.html>
[13] 前掲四方
[14] 前掲佐藤
[15] 洪恵子「国際協力における双方可罰性の現代的意義について㈠」『三重大学法経論叢』第18巻第1号,2000.9
[16] 指宿信「海外サーバからの電磁的記録媒体の差押え等の適法性が争われた事例」(大阪高裁平成30.9.11)『新・判例解説 Watch』2018.12.21.(TKCローライブラリー)
[17] 外務省HP「国際組織犯罪に対する国際社会と日本の取組」<https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/soshiki/cyber/index.html>
[18] 前掲山内
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