–選挙ドットコム
ネット選挙解禁から6年で、政党や候補者の活用は発展していますが、その一方で投票への効果(投票率の向上)、というのがマスコミ等の報道ではよく問われます。これはどう思われますか?
–西田氏
そうですね、2013年のネット選挙解禁のときには「ネット選挙解禁で投票率が上がる」ということがまことしやかに言われていました。ただ結局はネット選挙が解禁された2013年の参院選も過去2番目くらいに低い投票率でしたし、一番最初に適用された福岡県中間市の選挙のときも過去最低の投票率だったと記憶しています。(48.64%で前回より約2%下がり、過去最低)
いずれにせよ、投票率を押し上げるという効果は直接的には観察されていないと思います。今回の参院選についても投票率は低くなるのでは?ということが言われていると思います。色々な情報がありますがNHKでは52%程度との予想で期日前投票も前回を下回っているようですね。
>>投票率、ズバリ当てます! 参院選 | 特集記事 | NHK政治マガジン
政治への関心を引き上げる、という点でインターネットの直接的な効果があるのかどうかというのは「今のところよくわからない」と言わざるをえないのではないでしょうか。
ただ、インターネットメディアからしか情報を得ない世代が増えていくと、ネット上のコミュニケーションくらいしか情報を得る手段がなくなってきます。その中でインターネットが果たしていく役割は今後ますます増していくのではないかと思っています。
–選挙ドットコム
「これだけネット選挙などの手を打っているのに若い人の投票率は上がらない、これはネット投票をしないからだ」という声もあります。これについてはどのようにお考えでしょうか?
–西田氏
僕はネット投票に対しては否定的です。ネット投票は「カウチポテト」的な投票を増長させてしまうことになるのではないのかな、と。
編集部注:カウチポテト:余暇にソファに寝そべってテレビばかり観ている人のことを指すアメリカの俗語表現couch potato。転じて物質的に豊かでも怠惰で不健康な様子。 |
今の選挙制度がどうなっているのかというと、実質的には「有権者が投票所に足を運び、その間に『一瞬』公のことを考える」という仕組みですよね。オンライン投票だと家で投票をしろと言われたからなんとなく一番先に出てきた候補に投票する、というようにまさしくカウチポテトを増長させてしまって公に対する想像につながらなくなるだろうと思います。
加えて不正の温床となり、秘密投票の原則を維持することが難しくなってしまうのではないかと考えています。スマホで投票するのであれば、投票している様子を横で監視して「横で見ているので○○に投票してください」ということができてしまうわけです。宗教団体然り、お年寄りや意思表示能力が低下している方を集めて特定の候補者に投票を誘導することができてしまいます。エストニア方式であれば後から修正できるとはいえ、締切の1分前に投じた票は結局修正できませんよね。
更にはシステムの堅牢性にも懸念があります。ずいぶん前の話になりますが機械式投票を実施した2003年の岐阜県可児市議会議員選挙では、機械不調などで投票の中断も生じ、最終的に選挙無効でやり直しになりました。機械式投票ですら堅牢なシステムを作れなかったと。かなり制限された期間の間に有権者がアクセスする、というときに絶対にダウンしないシステムを本当に作れるのかどうか、現在はハッキング対策という観点も必要なので疑問はぬぐえません。
–選挙ドットコム
なるほど。参院選後に在外投票でのネット投票に関しては実証実験も行われますが、こうした課題やリスクがあることも含めて議論を深めていかなければなりませんね。
–選挙ドットコム
選挙割に代表されるように、ネット上での投票啓発や「投票に行こう!」という呼びかけやキャンペーンも多くみられます。選挙ドットコムも今回の参院選では、Twitterのフォロー&選挙ドットコムの「投票に行こう!」ツイートのRTで3万円分のAmazonギフト券が抽選で33人に当たる、というキャンペーンを行っています。
#投票へ行こう 総額99万円分が当たる投票率向上キャンペーン!7月4日 #参院選 が公示されました。5日から21日の投開票日まで、毎日Amazonギフト券 3万円分が当たる!@go2senkyoをフォロー&リツイートして、投票へ行こう!#選挙ドットコム #参院選2019https://t.co/6gkA2Ig5R0 pic.twitter.com/lwE5yGMmT8
— 選挙ドットコム@7月21日は参院選投票日! (@go2senkyo) 2019年7月4日
–西田氏
「選挙割」の類にはあまり意味がないなと僕は思っていましたが、3万円というのはインパクトが大きいですね、これは投票に行くかも(笑)
一方で投票率が上がらない、というときに問題とされるのは投票に行く人が少ない、ということですね。選挙割の特典に釣られて投票する人が増えたというとき選挙の正当性を信頼していいのか、という疑問もあります。
確かに投票率が低いと選挙結果に疑義が残るかもしれません。しかし日本では投票に行かないことも権利として相対的には強く認められているわけですよね。投票を義務化している国もありますからそういった国と比べると権利的性質は強いわけです。投票率が低いことにも疑義はある一方で、様々なキャンペーンにつられて適当に投票する人が出てくる可能性も否定できません。
そういったキャンペーンだけで、選挙結果に影響を及ぼすほどに投票率が上がるとは思いませんが、先ほど紹介したネット投票で適当に投票するようになるかもしれない、という話と同じく、特典欲しさに一番先に目に入った候補者・政党に適当に投票する等の安易な投票促進につながることは懸念されます。
–選挙ドットコム
西田先生が著書等でも仰られている「候補者・政党の『ビジュアル』が先行してしまうことへの懸念」についてここで改めて伺ってもよろしいでしょうか。
–西田氏
最近はInstagramやTikTokといったサービスの活用が増えていますね。官邸もアカウントを持っていますし、2018年の自民党総裁選では、安倍晋三氏も石破茂氏もInstagramを利用した初の「Instagramを使った自民党総裁選」だったんです。
この流れの中にある問題は、コミュニケーションの中心が「加工されたイメージによる競争」になっていることだと思うんですね。加工されたイメージというのは曲者で、従来の誠実にありのままを伝える、という姿勢とは真逆のものですよね。もちろんこれまでも素の声が届いていたわけではありませんが。
良く見えるように加工したり、BGMやテロップ、画像のフィルター等で文字通り「印象操作」を行ったりしています。当然これは見ている側、有権者側の脊髄反射的な反応を誘発します。こういった性質は、映像や静止画の方がテキストによるイメージよりもはるかに強いと思います。
–選挙ドットコム
しっかり情報を精査して投票先を選ぶような、いわゆる「投票の質」という観点からはやはりよくないことなんでしょうか。
–西田氏
僕はこの手のものを含めて、直ちに否定されるべきとは思わないですね。逆に、豊かな政治コミュニケーション・選挙を巡るコミュニケーションとはどういう状態なのかを考えてみるといいと思うんです。豊かな政治コミュニケーションとは、政策論争もあれば政治参加を促すようなカジュアルな、今申し上げたようなInstagramを使ったイメージ広告であったり、政治広告であったり、そういったものが何でもあるという状況を各政党が取り揃えていて、その上で有権者がどの政党がいいか、どの候補者がいいかを選べる、という環境が豊かな政治コミュニケーションの場だと思うんですね。そのように考えてみると、直ちにInstagramで政治広告をするのがダメだ、ということではないと思うのです。
「ViVi」の件を例にしてみますと、自民党に対して「イメージ先行だ」「関心が乏しい人たちだけに訴求している」と言われます。しかし公約集をいち早く公開していたのは自民党です。立憲民主党にせよ国民民主党にせよ、自民党に遅れをとり、経済政策だけ先行して出し、後になってから政策集・マニフェストを公開しました。こうした点からも、自民党に対して「政策論争をしていない」という批判を向けることは、あまり正しくはないと思っています。少なくとも事実には反しています。
併せて、実際政策論争は重要だと思っています。僕も「年金問題」「アベノミクスの是非」といった論点がずらっと並んでいるほうがいいと半分は思っています。しかし政策に詳しくない有権者が事実上多数ですから、小難しい言葉や数字が大量に並んだ情報は好まれないわけですよ。単純なメッセージばかりが好まれる傾向にあるわけで、政策集だけ出していては、かえって有権者の政治離れを招来しかねないんじゃないかと思います。とくにただでさえ、若い世代は政治を「難しすぎる」とみなしているように見えます。
そのため繰り返しになりますが、政策に関する主張と、政治広告を含むカジュアルな政治活動とが色々ある状態が好ましいと思うわけです。なので、政治広告やInstagram、TikTokなどを用いた政治活動・選挙運動を規制すべきとは思っていません。
–選挙ドットコム
「立憲民主党は残念ながらテレビCMに予算を使うことができません。」という枝野さんのツイートがバズるなど政党の資金力の違いも度々話題になります。政党だけでなく候補者ごとにも資金力の差がありますが、政党は多額の政党助成金を受け取っていますから、「れいわ新選組」のように個人献金で資金を集めるところから始めるべきという声もありますね。それについてはいかがでしょうか。
–西田氏
資金力も含めて競争ではないでしょうか。政治的な選択には多様な観点があります。よく批判される政党助成法による政党交付金ですが、議席数による配分と直近の選挙での得票率、この2つをベースに配分されます。それぞれが民意に基づいていることを考えると、これはこれで公平と言えるのではないでしょうか。もし仮に全政党に同額分配する、となると今度は議席が多い政党に不利になりますよね。人数が多いのに同じ額しか分配されないのはおかしいじゃないかと。今の政党助成制度というのは、それなりによく考えられていると思います。さらに言えば、選挙において確かにお金も重要ですが、お金だけで決まるものではないですよね。潤沢な資金があっても必ず選挙に勝てるわけではありませんから。
–選挙ドットコム
選挙カーや選挙ポスターなどの印刷物には公費負担制度があります。今後はネット選挙運動(ホームページ制作や選挙運動用の広告)にも一定の公費負担を認めれば、候補者のネット選挙もより充実し、若年層の政治への関心を高めることにもつながらないでしょうか。
–西田氏
今の公選法では、ポスターやビラの枚数には制限があり、枚数制限を担保するために「証紙」を貼るというルールがあるのに、Twitterは何回更新してもいいわけですよね。大量の証紙を貼らないといけないから、組織がないと選挙ができない状況になり、やはり政党の候補者のほうが圧倒的に有利になると。公平な条件で各候補・各政党が競争できるような環境をつくっていく必要があり、その点からおっしゃるような公費負担制度の活用も一つだと思いますが、こういった様々な課題は棚卸しして、ちゃんと考えていくべき時期にきているのではないでしょうか。それは単に、資金力のある政党に有利だから政治広告は規制すべき、という問題ではないと思います。
–選挙ドットコム
最後に伺いたいのですが、有権者がネット選挙において気を付けること、どのように関わるべきなのか、といった点についてご意見をいただけますか?
–西田氏
これはメディア・ジャーナリズムの問題だと思います。政党は彼ら自身のモチベーション・目的に基づいて行動します。政党・政治家がどういう存在かというと、自分たちの理念や政策を、わかりやすく・広く周知してそれによって政治的影響力を確保し、信念や政策を実現していくというものです。
それに比べると、有権者の側ははっきり言って無力です。日本の場合は世界的に見ても選挙期間が短く、国政選挙の場合だと2週間前後の間だけ、メディアの報道量も増加し、有権者は政治的関心を持つようになってしまっています。この期間に急に政治に対する関心を高めようとか、政党の情報発信に注意しようとか、基本的には難しいのではないでしょうか。だとすれば、これはメディアやジャーナリズムがきちんと読み解いていく、ということが重要だと思います。そのためにメディアやジャーナリズムはあるわけですからきちんとイノベーションして政治に対抗してもらわないと困ります。
僕の議論や本の中で繰り返し言っていることは何かというと、政党や政治家のイノベーションに対してジャーナリズムやメディアのイノベーションが圧倒的に遅れていて、そのことによって有権者のリテラシーの改善が遅れ、不均衡な状況が生じています。今の状況が健全であるとは僕も思いません。様々な意味で政治優位な状況があります。ぼくは「規範のジャーナリズム」から「機能のジャーナリズム」へ転換すべきといっていますが、現状は明らかに機能不全です。
先にも申し上げましたが、公選法、政治資金規正法、政党助成法、放送法など、政治や選挙に関連する諸制度を棚卸しして、現在の選挙運動やメディアの状況に照らしてどうしていくのか、どうするべきかを議論をしていくことが必要になっているのではないでしょうか。
–選挙ドットコム
選挙ドットコムも日本最大の選挙メディアとして、こうした議論を提起していきたいと思います。今日は長時間、ありがとうございました。
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