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把瑠都はエストニアで選挙に立候補。「サッカーの神様」ペレ、バースにロマーリオも。 政治家として活躍する元スーパースターがこんなにもいた

2018/5/4

選挙ドットコム編集部

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4月29日に放送された日本テレビ系「さんま転職DE天職7」で、大相撲元大関の把瑠都氏が母国エストニアに帰国し、国会議員を目指すことを述べました。

把瑠都氏のほか、今年1月には元ブラジル代表のサッカー選手・ロナウジーニョ氏がブラジル共和党に入党し連邦区の地方上院議員に立候補する可能性が報道されました。ロナウジーニョ氏は「政党に入ることはない」と否定していますが、把瑠都氏のように引退後に政治家に転身した選手は大勢います。

スポーツ選手から政治家に転身した海外のスーパースター達。「サッカーの神様」ペレ

元ブラジル代表のサッカー選手・ジト氏は「ペレは別格だった。完璧な人間や選手は、この世に存在しないが、殆どのプレーを完璧にこなし、相手の意表をつくことも出来た」と、ペレ氏を評しています。ペレ (本名:エドソン・アランテス・ド・ナシメント) 氏は1956年に15歳でサントスクラブに入団し1977年に引退するまで、通算1363試合に出場し1281得点を記録。FIFAワールドカップは4回連続出場して3度優勝し、1969年には1000点目のゴールを決めるなど、「20世紀最高のサッカー選手」と呼ばれました。

政治家としては、1995年にカルドーゾ大統領の下で、ブラジル史上初の黒人閣僚として初代スポーツ大臣に就任しています。各地方政府と協力してスポーツ施設を建設する「オリンピック・ヴィレッジ」という公共事業や「ペレ法」の制定に尽力。ペレ法とは、選手のクラブ契約による拘束から自由移籍を可能にした法律で、1998年4月29日に可決、2001年3月26日から施行されました。大臣職を離れてからも男性機能不全治療の啓発運動に関わり、日本でもテレビCMに登場していたのは記憶に新しいところではないでしょうか。

日本でもお馴染み。ランディ・バース

ランディ・バース氏は日本でも活躍した元プロ野球選手です。アメリカ・メジャーリーグでは、1977年にミネソタ・ツインズ、1978年にカンザスシティ・ロイヤルズ、1979年にモントリオール・エクスポズ、1980~82年にサンディエゴ・パドレス、1982年にテキサス・レンジャーズとそれぞれ在籍。

日本球界では1983~88年まで阪神タイガースに在籍し、1985年には掛布雅之選手、岡田彰布選手とクリーンナップを形成。同年、三冠王に輝き、阪神の21年ぶりのリーグ優勝・初の日本一に貢献しました。シーズン打率の日本記録保持者で、2度の三冠王を獲得しています。

政治家としては、2001年に故郷・ロートンの市議会議員を1期務めました。2004年のオクラホマ州議会上院議員選挙では、地元第32区から民主党の候補者指名を受け立候補し、9,809票を得て初当選しています。2006年には再選。2010年と2014年は対立候補がおらず無投票当選しています。

元バルセロナのスター。ロマーリオ

元ブラジルのサッカー選手・ロマーリオ・ジ・ソウザ・ファリア氏は、1980年代後半から1990年代を代表するストライカーの一人です。オランダの名門チームPSVアイントホーフェンで1988年からプレーし、所属5シーズンで167試合出場165得点を記録。スペインのFCバルセロナでは1993年からリーガ・エスパニョーラ4連覇など数々の偉業を達成したヨハン・クライフ監督率いる「エル・ドリーム・チーム」の一員としてプレーしました。キャリア通算1000ゴールを達成。2008年に現役引退を表明しています。

政治家としては、2010年のブラジル下院議員選挙でリオデジャネイロ州選挙区から立候補し、146,000票を得て初当選しています。当選後は、2014年のブラジル・ワールドカップに関する汚職やマネー・ロンダリングを追及しました。2014年のブラジル上院議員選挙では、リオ州で最多得票を得て初当選しました。

フィギュアスケート界の皇帝。プルシェンコ

ロシアのフィギュアスケート選手エフゲニー・プルシェンコ氏は、男子シングルで華々しい実績を残しています。2006年のトリノ五輪で金メダル、2002年のソルトレークシティー五輪と2010年のバンクーバー五輪では銀メダル、2014年のソチ五輪の団体戦では金メダルを獲得。その他、世界選手権では優勝3回、欧州選手権では優勝7回、グランプリファイナルでは優勝4回と歴史に残る成績をおさめています。

政治家としては、2007年のサンクトペテルブルク立法議会選挙で、第4党公正ロシア・祖国・年金・生活党から立候補し初当選します。しかし競技生活との両立が難しく、2011年には公正ロシア党と政治からの離脱を正式に表明しました。

スポーツ選手から政治家に転身した日本人アスリート

スポーツ界から政界へ転じ活躍しているのは、海外のスーパースターだけではありません。日本人のアスリート達も多数、引退後に政治家となっています。その中でも今回は大臣・副大臣を経験した2名をご紹介します。

五輪メダリスト 橋本聖子氏

橋本聖子氏はオリンピック日本代表として、スピードスケートと自転車競技で冬季・夏季大会に出場しています。アルベールビル五輪では、スピードスケート女子1500mで銅メダルを獲得。

政治家としては、1995年の第17回参議院議員選挙で、比例区から自民党の公認候補として立候補し初当選します。その後、参議院議員として当選を重ね現在4期目。2008年の麻生内閣では外務副大臣に就任。2016年には、自民党参議院議員会長に就任しました。

元プロレスラー 馳浩氏

馳浩氏は高校の国語教師を経て1984年のロサンゼルス五輪レスリング代表として活躍し、後にプロレスラーに転向。新日本プロレス・全日本プロレスなどで活躍しました。2006年にはプロレスを引退しています。

政治家としては、1995年の第17回参議院議員選挙で、石川県選挙区から無所属(自民党推薦)で立候補し初当選します。2000年の第42回衆議院議員選挙では、石川1区から立候補し初当選。以後衆議院議員として現在まで7期連続当選を重ねています。2015年には安倍内閣で文部科学大臣に就任。ライフワークであるフリースクールや夜間中学の支援に関わる政策の実現に尽力しました。

今回、スポーツ選手から転身した政治家を調べてみましたが、有名な方が多いのには驚きました。誰もが知っている海外のスーパースターや、日本の五輪代表選手・プロスポーツ選手など、ご紹介したのは一部です。

現役時代に華々しい活躍をし、ファンの熱い視線を釘づけにしたアスリート達は、現役生活を終えた後の「セカンドキャリア」でも、政治家というステージで輝き続けるのでしょうか?

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