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選挙 9勝0敗(復活あり)の強さを誇る、民進党新代表の前原誠司の戦績



宮原ジェフリー
宮原ジェフリー

9月1日に開票された民進党代表選挙の結果、枝野幸男氏を破り、前原誠司氏が当選しました。2005~2006年に民主党代表をつとめて以来の代表の椅子を手にしました。

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ここで、前原新代表の政治家デビューから現在に至るまでの選挙のデータをもとにこれまでの歩みを振り返ってみます。
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1991年 京都府議選〜最年少府議、デビュー



元外務大臣の玄葉光一郎氏、参議院議員の徳永久志氏らと同期の松下政経塾に8期生として入塾した前原氏は、卒塾後まもなく京都府議選(左京区選挙区)に無所属として出馬しました。

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共産党が強い土地柄ながら、共産党の新人候補や社会党の現職を破り、京都府議会議員として史上最年少(当時)で当選を果たしました。

前原氏が票を集めた背景には、大学が多く若い有権者が多い京都市左京区で、組織にとらわれない無所属新人でフレッシュな存在が共感を集めたものと思われます。





1993年 衆院選〜新党ブームの風に乗って



府議会議員在任中の1992年に細川護煕氏が立ち上げた日本新党に所属した前原氏は、翌1993年に任期途中で府議を辞職し、衆院選に旧京都1区から出馬しました。

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日本新党ブームもあり、社会党前職候補らを下し、2位で当選。

ちなみに初当選同期には同選挙区の共産党穀田恵二氏のほか、自民党からは現首相の安倍晋三氏、岸田文雄氏、野田聖子氏、公明党の太田昭宏氏、共産党志位和夫氏、日本新党から枝野幸男氏、小池百合子氏、河村たかし氏、野田佳彦氏といった、現在の日本政治のキーパーソンとなる顔ぶれが並んでいます。





1996年 衆院選〜比例復活の辛酸



日本新党が解散し、政権は自社さきがけ連立の橋本政権のもとに行われた選挙で、前原氏は民主党から出馬しました。なお、この選挙は公職選挙法が改正され、小選挙区比例代表並立制が導入された最初の選挙となり、前原氏は京都2区から出馬しました。

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京都市議、府議を歴任し、現職の文部大臣にして衆議院当選5回の自民党大物議員の奥田幹生氏と、強力な組織を有する共産党井上氏(現参議院議員)の前に完敗するも、小選挙区制と同時に導入された比例代表制により、民主党5枠のうち4枠目に滑り込んで議席を守ることができました。





2000年 衆院選〜確固とした地盤に



自民党の大物議員、奥田氏の引退に伴い、自民党は後継者として京都2区に山科区選出の府議会議員、山本直彦氏を指名しました。この時期、自民党は当時の森喜朗首相の「神の国」発言などの失策で議席を減らした一方、小党乱立を経て新たなスタートを切った民主党の次世代のリーダーと目され力をつけてきた前原氏に人気が集まり、小選挙区での当選を果たしました。

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以降、2003年の選挙でも山本直彦氏に大差をつけて大勝、次の2005年の郵政解散では松下政経塾の後輩、山本朋広氏に復活当選を許しますが、小選挙区は譲らず当選。

その後、民主党代表をつとめ、辞任するなど紆余曲折があったものの、民主党が大勝して政権を取った2009年の選挙でも当選を重ねました。さらには民主党が大敗して自民党が政権を取り戻した2012年の選挙でも一貫して前原氏が小選挙区で勝利し、自民党候補らに復活当選も許さず、確固とした地盤を築き上げました。



現在の政治でも見られる政治塾ブーム、新党ブームからキャリアをスタートさせた前原氏ですが、その後運も味方につけながら、堅実な活動で着実に永田町での存在感を高め、55歳にして2度目の野党第1党の代表の座を掴むに至りました。世襲議員ではない政治家の新しいキャリアモデルとしての前原氏のこれからに引き続き注目です。
宮原ジェフリー

宮原ジェフリー

選挙ウォッチャー、キュレーター(現代美術)。 1983年東京都出身。中学生時代から衆参の選挙の度に全選挙区の当落予想を続ける。ポスターデザイン、インディーズ候補、政見放送、選挙公報、街頭演説など選挙に関わること一切が関心領域。

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