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【民進党代表選】落選となった枝野幸男(えだの ゆきお)氏の人柄・学歴・経歴は?



選挙ドットコム編集部
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本日行われた民進党の臨時党大会にて、民進党の新たな代表を決める代表選が行われました。投開票の結果、前原誠司氏が民進党の代表に就任し、枝野幸男氏は落選となりました。
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東北大学法学部卒業後、弁護士に



枝野幸男氏は1964年5月31日栃木県宇都宮市生まれで現在53歳です。宇都宮市立峰小学校、宇都宮市立陽東中学校、栃木県立宇都宮高等学校を卒業後、東北大学法学部に進学。1988年東北大学卒業後、24歳で司法試験に合格。弁護士として登録します。

また中学・高校時代には合唱部に所属。中学校時代に2年連続でNHK全国学校音楽コンクールにおいて全国優勝したといった一面もあります。





公募による候補として政界入り



枝野氏は、1993年日本新党の候補者公募に応募し、第40回衆議院議員選挙に旧埼玉5区選挙区から日本新党公認候補として出馬し、初当選を果たします。1994年の村山内閣発足を機に、新党さきがけに合流し政策調査会副会長に就任。1996年には旧民主党結成に加わります。

1996年の第41回衆議院議員選挙では小選挙区で落選し、比例北関東ブロックから比例復活で再選を果たしました。旧民主党政調会長、政策調査会筆頭副会長を経て、2000年の第42回衆議院議員選挙でも当選を重ねました。2003年の第43回衆議院議員選挙では、得票数95,626票を得て当選します。

さらに、2005年の第44回衆議院議員選挙では得票数103,014票を、2009年の第45回衆議院議員選挙では得票数130,920票を得て、それぞれ当選しています。





民主党への政権交代



2009年に、政権は自民党から民主党に交代しました。この際、鳩山内閣で枝野氏は行政刷新会議の事業仕分けチームの統括役に就任。行政刷新担当大臣も務めます。2010年菅内閣発足後は、民主党幹事長に就任。改造内閣後退任となるも、幹事長代理に就任しました。2011年の内閣改造により、内閣官房長官に就任。後に行政刷新担当大臣を兼務しました。

2011年の東日本大震災時の福島第一原子力発電所事故では、スポークスマンとして対応に追われました。2011年の野田内閣発足に伴い、内閣官房長官を退任。後に経済産業大臣に就任します。

2012年の第46回衆議院議員選挙では、得票数93,585票を得て当選。2014年には民主党幹事長に就任します。2014年の第47回衆議院議員選挙では、得票数90,030票を得て8期目の当選を果たしました。

現在は民進党憲法調査会長、民進党埼玉県第5区総支部長、民進党埼玉県総支部連合会常任顧問などの要職に就いています。





スローガンは「多様性を認め合い、困ったときに寄り添い、お互いさまに支え合う。」



民進党代表選の出馬にあたって、枝野氏は「多様性を認め合い、困ったときに寄り添い、お互いさまに支え合う。」をスローガンに掲げ、重点政策として
1.医療、介護、子育て、教育を支援し、賃金底上げで可処分所得を押し上げ、消費を拡大、経済再生にもつなげます。

2.一日も早い原発ゼロを目指します。再稼働は、その前提条件が満たされておらず、認めることはできません。

3.専守防衛を逸脱した集団的自衛権は認めません。これを前提とした憲法9条の改悪と、徹底して戦います。

を掲げていました。
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