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元都知事から見た政治家像とは? 悪文が引き立てる|石原慎太郎「天才」書評



若林良
若林良

83歳を迎えた石原慎太郎氏による、田中角栄氏を題材とした新作小説です。
石原氏は東京都知事、運輸大臣、日本維新の会代表など「政治家」としての印象が強いかもしれませんが、(とくに『選挙ドットコム』のメイン読者である若い世代にとってはそうでしょうが)、言うまでもなく芥川賞受賞作『太陽の季節』、実弟の石原裕次郎をモデルにした『弟』など、作家としても多数の実績を残しています。また、芥川賞の選考委員を20年近くにわたって務めるなど、文壇にも長きにわたり、影響を持ち続ける存在です。

政敵石原慎太郎があえて田中角栄を選んだ


しかしながら、石原が新作の題材として「今太閤」田中角栄を選んだことには、作家としての興味のほかに、「政治家としての自分自身」を見つめ直す意味もあったことも、また容易に想像することができるでしょう。
実際に石原自身も、本作についてのインタビューで「これまで政治家であることで自分の文学に申し訳ないことをしてきたと思っていたけど、これは政治家を経験しなければ書けなかった」と語っています。なぜなら、本作中でも軽く言及されていますが、田中氏の首相在任中、その“金権政治”批判の急先鋒として知られていたのが、当時衆議院議員であった石原氏であり、いわば石原氏自身が、田中の人生の「主要登場人物」のひとりでもあったからです。

本作は「俺」という、田中氏自身のモノローグとして全編が構成されていますが、この「俺」には、「もうひとりの田中角栄」としての石原氏自身もまた、色濃く含まれているのではないかと読み取れます。本作の読み手としては、「俺」の中にどれだけ政治家・石原慎太郎を感じることができるかが、興味のひとつの主眼となってあらわれています。

田中角栄の視点から石原慎太郎が見える


結論から言えば、本作は石原氏自身の主観はほとんど抑えられ、また田中角栄氏の視点としても、その内面にさほど深く切り込むものとはなっていません。初心者向けに田中角栄氏の人生をさらっと解説してみた、という程度の印象です。
前提となる田中角栄の人生が波乱万丈で面白いので、本作も退屈するものとはなっていませんが、「それ以上のもの」となると、なかなか見えてこないもどかしさがあるのが正直なところです。
強いて言えば、
「政治家には先の見通し、先見性こそが何よりも大切なので、未開の土地、あるいは傾きかけている業界、企業に目をつけ、その将来の可能性を見越して政治の力でそれに梃子入れし、それを育て再生もさせるという仕事こそ政治の本分なのだ」(pp.47-48)

という一文が田中氏の、また書き手である石原氏の政治観なのかとも思わせますが、この言葉にしても田中氏、または石原氏がそれまでの経験の蓄積の中で、もがきながら生みだした主義や思想とはあまり思えず、ぽんと出てきて、のちの伏線になることもないままに終わってしまう印象です。
また幼少期のドモリのエピソードが、話の最終盤になってふたたび現われますが、これにしても話のつなぎとしては弱いように思われます。全体として、臨終を前にした田中が昔見た映画を思い出す場面など若干の部分を除けば、文献に書かれているようなことを、ただ羅列しただけであるようにも感じられてしまいます。

はっきり言って、文章は悪文としか言えない


本作にあらわれる“石原慎太郎らしさ”とは、文章の質でしょうか。たとえば、青年期のエピソードについて書かれた一文を引用してみましょう。

それは若い頃土方をして稼いでいた時、仲間内に面白い年寄りがいて、土方の仕事ほど人間社会にとって大切なものはないのだ、見てみろ、大西洋を太平洋に繋いだパナマ運河も、地中海をインド洋に繋いだスエズ運河もみんな人間の手足を使って出来上がったのだと嘯いていたのがひどく印象的だったものだった。(p.32)

はっきり言って、悪文です。
作文教室で採点をされるとしても、あまりいい点数はつけられないでしょう。「それは」のあとは理由を述べている箇所であるのですから、結びの言葉は「からだった」が自然であることは、ある程度文章を書き慣れた人間なら普通に理解するであろうし、「大西洋を太平洋に繋いだ」などといった表現もあまりピンとくるものではありません。さらには、文章自体が長くてぎこちない印象です。こうした「そもそも日本語がおかしいのでは?」といった箇所は、作中のいたるところに見られ、それぞれ、容易に指摘することが可能です。

 

悪文がかえって美点として作用している


石原氏のこうした「悪文」はいまに始まったことではなく、作家としてのキャリアの当初期からみられるものではあるのですが、本作の場合、逆に美点として作用している部分もあります。

モノローグとしての田中氏の言葉は、内容がべつだん変わっているわけでもなく、「~だった」「~だ」など表現に工夫があるわけでもないですが、読み進めるうちに、そうした“荒っぽさ”が逆に、身一本で首相にまで登りつめた田中氏の生き方に合致するように感じられるようにもなります。
最初はそのぎこちない文体に辟易しながらも、次第に「俺」としての田中角栄氏の存在が説得性を帯びてくるのでしょうから、文学というものの不思議さを改めて認識させられます。もちろん、これは石原氏自身が意図したことではないでしょうが、言葉のもつ「書き手自身を裏切るようなしたたかさ」が、ここでは確かな意味を帯びてきます。

内容そのものは「石原慎太郎氏にしか書けない」作品ではないですが、「石原慎太郎氏の色が出た」作品とは言うことができます。普通に読めば2時間程度で読み終わるので、石原慎太郎の作家としての側面に触れたいという読者には、一読をおすすめできる作品です。

元都知事から見た政治家像とは? 悪文が引き立てる|石原慎太郎「天才」書評

 
若林良

若林良

1990年神奈川県生まれ。映画批評・現代日本文学批評。 ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。雑誌『週刊朝日』『NOBODY』『映画芸術』、映画サイト『IndieTokyo』(http://indietokyo.com/)などに執筆。専門は太平洋戦争を題材とした日本映画、またジャンルを問わず「社会派」作品全般。

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