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政府はダメでも町長ならできる「原発はいらない」



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竹内謙
2011年4月20日


「原子力発電の今後」を尋ねる新聞各社の世論調査には少々驚かされる。どこも大きな違いはないので、朝日新聞社が4月16、17日に実施した調査結果の数字を紹介すれば、「増やす方がよい」5%(07年の調査では13%)、「現状程度にとどめる」51%(53%)、「減らす方がよい」30%(21%)、「やめるべきだ」11%(7%)と、やや「増やす」から「減らす」に移行はしたものの、このとんでもない福島原発事故を目の当たりにしてもなお、以前と基本的には変わっていないのだ。

私は「やめるべきだ」の少数派に属する。理由は至極単純だ。原発の技術は危険すぎる。事故が起これば放射性物質を撒き散らす。人々は逃げ惑わなければならない。その危険性は前々から指摘されてきた。しかも、廃棄物の処理技術もできていない。処理に何万年掛かるかもわからない危険なゴミを後の世代に遺すべきではない。その経費を計算に入れれば、決して安いエネルギーではない。ただ、政府と電力会社の走狗となってきた大学や研究機関の御用学者、マスコミの癒着記者が「安全」「経済的」と言って国民を騙してきただけのことだ。こんなことはもう止めなければならない。

この1週間に、2つの注目すべきニュースがあった。1つは、ドイツのメルケル首相が15日、すべての原発を廃止する「脱原発」への政策転換を表明したことだ。野党の社会民主党(SPD)を含む国内16州の州首相とエネルギー政策の見直しについて協議したあと、「われわれはできるだけ早く原発を廃止して再生可能エネルギーに移行したい」と述べ、風力発電など再生可能エネルギーの拡大、エネルギーロスの少ない高圧送電網の整備、核廃棄物処理場の点検などエネルギー転換の包括的な政策を早急に準備し、再び各州首相と協議したあと、関連法案を6月上旬に閣議決定、同月中旬までに連邦議会(下院)と連邦参議院(上院)での可決成立を目指すという。

保守へVS革新へ~大震災が動かした民意の対照」(2011年3月30日)にも書いた通り、メルケル政権の原発政策は福島原発の事故を受けて揺れ動いた。稼働中の17基については昨年9月に決めたばかりの稼働延長計画を慌てて「3カ月間凍結」、1980年以前に運転開始した原発7基については一時停止したが、脱原発の世論はそんな弥縫策を認めなかった。メルケル首相の率いるキリスト教民主同盟(CDU)は、保守の牙城であったバーデン・ビュルテンベルク州議会選挙に敗れ(3月27日)、58年間独占してきた州首相の座を環境政党「緑の党」に初めて明け渡すことになった。

この選挙の敗北が「脱原発」へ政策転換する直接の引き金になった。連立与党の自由民主党(FDP)が選挙後に脱原発に急転換したことも大きかった。電力供給の20%余りを担う原発の廃止が経済に及ぼす影響は少なくない。再生可能エネルギーへの転換は膨大な予算を必要とする。それだけに、CDU内には異論もあるが、選挙で示された民意や選挙に勝った野党の意見を取り入れて素早く政策転換したメルケル首相の決断力は評価すべきであろう。残念ながら、わが宰相には、そこが欠けている。

もう1つのニュースは、米国の有力な環境問題シンクタンク「ワールドウォッチ研究所」が12日発表した世界の原子力産業の現状に関する報告書「ポスト福島の世界の核エネルギー~チェルノブイリから25年を経て」。この中で、2010年の世界の累計発電設備容量は、風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーが381GW(ギガワット、3億8100万KW)に達し、375GWに留まった原子力を史上初めて上回ったというトピックスを伝えている。

報告書によると、再生可能エネルギーの内訳は、風力193GW、小水力80GW、バイオマス・廃棄物65GW、ソーラー43GW。風力が09年→10年にちょっと減少した例外を除いては、この15年間毎年大幅な拡大を続けてきた。

一方の原発は今年4月1日現在、世界で運転中のものが30カ国で437基。運転開始からの平均年数は26年、このうち145基が2020年までに40年を迎える。建設中のものは中国など14カ国で64基。1980年代後半から安全規制の厳格化や建設費用の増加で伸び悩んでおり、最近では老朽化による運転停止や廃炉の速度が新規の増加分を上回っていたという。そこに起こった福島原発の事故で、40年を超えての運転は限定的になることは確実で、新建設分を見込んでも、再生可能エネルギーとの差はますます開くとみている。

原発をめぐる世界の情勢はこの2つのニュースによく顕れているが、なぜ、日本の世論はかくも浮世離れしているのだろう。マスコミが国民の反原発、脱原発の意見を伝えようとしない姿勢に大きな原因があることは間違いないが、「卒業式自粛」「花見自粛」といわれれば素直に従う従順な国民性が、政府や電力会社の言うことに逆らっても何も変わらないという「お上任せ」の諦めに繋がってはいないだろうか。

「諦め」が間違いであることはドイツの例からも明らかだ。ドイツの最近の世論調査結果は国民の76%が国内17基すべての原子炉の閉鎖を求めている。やはりこれが政府に政策転換を促した原動力だ。世論がなければ、政治は動かない。

日本でも「反原発」を成し遂げた政治がなかったわけではない。東北電力が新潟県西蒲原郡巻町(現在は新潟市西蒲区)に巻原子力発電所の建設を計画したのは1971年。20年余り準備に費やされていた計画が94年に動き出すと、反対派住民は住民投票条例の制定を求める運動から着手した。95年の町議選で条例賛成派が過半数(定数22のうち12人当選)を獲得し条例はできた。ところが、原発推進派の町長は住民投票を実施しようとしない。そこで今度は町長のリコール運動を展開、この町長を辞職に追い込んだ。直後の町長選(96年1月)では原発推進派は候補者を擁立できず、原発反対派の笹口孝明町長が誕生した。

笹口町長のもとで行われた原発建設の是非を問う住民投票(1996年8月)は反対61%、賛成39%で、反対派が圧勝した。ところが、住民投票を終えても、国や電力会社の原発推進攻勢は激しさを増し、99年4月の町議選では原発推進派が巻き返して過半数を占めた。そこで笹口町長は伝家の宝刀を抜いた。99年8月、原発建設予定地内にある町有地740m2を反対派住民23人に売却、所有権を移転してしまったのだ。推進派の町議らは所有権移転登記の抹消を求める訴訟を起こしたが、地裁、高裁、最高裁といずれも推進派の請求を認めず、東北電力は2003年12月、計画の撤回を発表した。

一連の経緯をみると、住民は地方自治法に規定される住民の権利を正当に行使したに過ぎない。住民の意思に誠実に応える町長がいさえすれば「反原発」といえども難しいことではない。これが中央政府や中央政党にはなかなかできない「地域主権」の醍醐味であろう。私も鎌倉市長時代に市街化区域の緑地を保全する政策に笹口孝明町長の手法を大いに参考にさせてもらったことを思い出す。

巻町ばかりでなく、中国電力が山口県豊北町に建設を計画した豊北原発も反対派町長の誕生によって中止に追い込まれた(1979年)。経済力、財政力の弱い過疎地が原発に狙われやすいだけに、町長がカギを握るケースが多いのだろう。

統一地方選は24日、市区町村を対象にした後半戦の投票日を迎える。もっとも身近な、もっとも住民の意思を反映しやすい、つまり「地域主権」を実現する、もっとも大事な選挙である。
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